【3】『消せない花火』 ー 止まっていた時間シリーズ ー
そこに、父の姿はなかった。
今日の勝負は、私が勝っちゃった……。
「いらっしゃいませ。お待ち合わせですか?」
「あ、はい。まだ、来てないみたいです。」
今日は、父と花火大会に行く予定。
待ち合わせは、18時30分。
今は17時50分。
浴衣を着ているので、ちょうど良かった。
下駄を履いて長い時間歩き回るのは、足が痛くなっちゃうから。
ゆっくり、待っていよう。
いつも待ち合わせをしている喫茶店ではなく、
会場に近い場所にある、広めの落ち着いた雰囲気のお店。
周りを見渡すと、3組のお客さん。
窓際の角に座っている大学生くらいの男性は、
分厚い本をめくりながら、パソコンを開いている。
本とパソコンの画面を交互に見比べながら、キーボードを叩いている。
お店のカウンター近くのテーブル席に座っているのは、
買い物帰りのお母さんと、小学生くらいの男の子。
ぐったりと肩を落としながら、優しくて少し疲れた顔で、
一生懸命ジュースを飲んでいる男の子を、見守っているお母さん。
入り口の近くのテーブル席には、スーツ姿の男女が座っていた。
男性が何か説明している。それをゆっくり頷きながら、考え込んでいる女性。
ふと、私のグラスを見ると、まだ半分以上ジュースが残っている。
お店の中が涼しいせいなのかな。
……喉、渇かないな。
私は、巾着バッグの中からスマホの時間を確認すると、
18時20分だった。
カラン、カラーン。
お店の入り口で、重いガラスのドアが、ベルを鳴らしながら開く音。
体が反応するように、入り口に目をやると、父ではなかった。
「いらっしゃいませー。」
元気な店員の声が、店の中に響いている。
私は、そんな光景を何度も見送った。
今は19時25分。
花火大会が、始まる。
少し鼻のあたりがツンとして、詰まるような感じがした。
ふぅっ……と、小さく息をついて、
私が肩を落とした瞬間だった。
ブーブー、ブーブー。
スマホが鳴った。
画面を見ると、父からだった。
急いで店員に断りを入れ、店の外で電話をとる。
「もしもし?パパ、今どこ?」
「ごめんなぁ。今日、急に打ち合わせが入っちゃって、今終わったとこなんだよ。」
「そう、だったんだ。……びっくりしちゃった。」
「それでなぁ、もう間に合いそうにないんだよ。
ほんっとにごめん。ごめんなぁ……。
かわりに美味しいものでも食べに行かない?
もう待てない?」
「わかった。待ってるよ。待ち合わせの喫茶店にずっといるのは悪いから、
少しぶらぶらしたり、時間潰すから。近くに着いたら、連絡して。」
「オッケー。今日は、車だからどこでも行けるからな。」
「うん、気をつけてね。」
私は一度お店を出て、ショッピングモールを歩いた。
それでも、花火の音が鳴り響いた時には、足が止まってしまった。
あまり人のいない、広い通路の真ん中で空を見上げると、空は暗かった。
生暖かい空気なのに、風がふくと少し涼しい。
浴衣を着て、花火の聞こえる場所で、ウィンドウショッピングしてる。
——変なの。
私たちは無事に合流して、少し高そうなお店でしゃぶしゃぶを食べた。
「パパが遅刻したのに、なんでパパの好きなしゃぶしゃぶ食べてんのぉ。」
「いいじゃーん。美味しいじゃん。たくさん食べなぁ。」
「うん。」
いつもと変わらない父が、美味しそうに食べている。
美味しいね、パパ。
食事が終わり車に戻ると、父が言った。
「明日は、才華も学校休みだよね?」
「うん。何かあるの?」
「じゃあ、ちょっと遅くなっても大丈夫だな。今から海の近くに行って、
花火しようか。」
「え、したい!したいよ。いいの?」
「パパも好きだから、いいの。」
「うん、行く。」
窓の外に目をやると、真っ暗な海に月の光があたって、
キラキラと揺れていた。
私たちは、コンビニで花火をたっぷり買って、
海辺に向かう。
潮の香りと波の音。
髪が顔に張り付くような、ジメジメした空気に、
夏の夜を感じる。
パチパチッ
花火の音が響いて、綺麗な音に聞こえた。
「パパ、今日はありがとう。」
「パパが遅刻しちゃったからね。」
「許す。もう許してあげるよ。」
「写真撮ろうか。二人で写ってるやつを。」
「え?パパあんまり写真好きじゃないじゃん。私は嬉しいけど。」
「パパの遅刻しちゃった記念の写真だよ。」
「何それ、最低の記念日なんだけど。」
「いいから、いいからぁ。撮ろう。」
「うん。危ないから、線香花火にしよっか。」
「はいっ、撮るぞー、チーズっ」
パシャッ
「いいね!それ、私にも送ってね。」
「オッケー。」
私たちは、花火の後の余韻を感じながら片付けを済ませて、
車に戻った。
「帰るか。」
「うん。」
自分の部屋に戻った後、ベッドに座り、スマホを開いてみる。
私の中に残った、消えない花火。
そのまま横たわると、まだ、髪に潮の香りが残っていた。
スマホを握りしめながら、目を閉じる。
少し眠たくて、波の音が聞こえてくるみたいだった。
花火、またしようね。
〜 エピローグ 〜
食後、店を出る前の出来事。
「はぁ……ごちそうさまでした。」
「美味かったなぁ。お腹いっぱいになった?」
「……うん。」
父が、時計の時間を確認する。
「いい時間だなぁ。」
「そうだね……。」
「どうしたの?食べ過ぎたか、気持ち悪い?」
「パパ、一つ、わがまま言ってもいい?」
「なんだよぉ。欲しいものでもできた?」
「……デザート、食べてもいい?」
「……そんなことか、いいんだよぉ。お前、考えすぎ。
子供なんだから、好きなものを食べたいときに、食べたいって言っていいの。
パパを見てみろよぉ、いっつも勝手に好きなもの食べてるじゃん。
そんなのわがままって言わないよ。」
「……そっか。じゃあ、食べる。」
「はいはい、食え食え。パパは何にしようかなぁ。」
「うん。パパも食べるんだね。」
「もっちろん。食べたら、少しドライブしながら、遠回りして帰ろうか。」
「うん!」
——言ってみて、よかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
才華にとって、父との待ち合わせは特別。
父の姿がないことに戸惑いながらも受け止められたのは、
今まで積み重ねた時間があった。それが支えになってくれた——。
二人は、花火大会に行くことはできなかったけれど、
代わりにもっと深く心に残る、幸せな思い出を残すことができたと思います。
「あと少しだけ、一緒にいたい」、そんなふうに思えることは、
才華にとって、とても大切な気持ち。
彼女はまた一歩、前進することができたのかもしれません。




