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『止まっていた時間』シリーズ

【3】『消せない花火』 ー 止まっていた時間シリーズ ー 

作者:
掲載日:2025/11/18


そこに、父の姿はなかった。


今日の勝負は、私が勝っちゃった……。


「いらっしゃいませ。お待ち合わせですか?」


「あ、はい。まだ、来てないみたいです。」


今日は、父と花火大会に行く予定。


待ち合わせは、18時30分。

今は17時50分。


浴衣を着ているので、ちょうど良かった。

下駄を履いて長い時間歩き回るのは、足が痛くなっちゃうから。


ゆっくり、待っていよう。


いつも待ち合わせをしている喫茶店ではなく、

会場に近い場所にある、広めの落ち着いた雰囲気のお店。


周りを見渡すと、3組のお客さん。


窓際の角に座っている大学生くらいの男性は、

分厚い本をめくりながら、パソコンを開いている。

本とパソコンの画面を交互に見比べながら、キーボードを叩いている。


お店のカウンター近くのテーブル席に座っているのは、

買い物帰りのお母さんと、小学生くらいの男の子。

ぐったりと肩を落としながら、優しくて少し疲れた顔で、

一生懸命ジュースを飲んでいる男の子を、見守っているお母さん。


入り口の近くのテーブル席には、スーツ姿の男女が座っていた。

男性が何か説明している。それをゆっくり頷きながら、考え込んでいる女性。


ふと、私のグラスを見ると、まだ半分以上ジュースが残っている。

お店の中が涼しいせいなのかな。


……喉、渇かないな。


私は、巾着バッグの中からスマホの時間を確認すると、

18時20分だった。


カラン、カラーン。

お店の入り口で、重いガラスのドアが、ベルを鳴らしながら開く音。


体が反応するように、入り口に目をやると、父ではなかった。


「いらっしゃいませー。」


元気な店員の声が、店の中に響いている。


私は、そんな光景を何度も見送った。


今は19時25分。


花火大会が、始まる。


少し鼻のあたりがツンとして、詰まるような感じがした。


ふぅっ……と、小さく息をついて、

私が肩を落とした瞬間だった。


ブーブー、ブーブー。


スマホが鳴った。


画面を見ると、父からだった。


急いで店員に断りを入れ、店の外で電話をとる。


「もしもし?パパ、今どこ?」


「ごめんなぁ。今日、急に打ち合わせが入っちゃって、今終わったとこなんだよ。」


「そう、だったんだ。……びっくりしちゃった。」


「それでなぁ、もう間に合いそうにないんだよ。

ほんっとにごめん。ごめんなぁ……。


かわりに美味しいものでも食べに行かない?

もう待てない?」


「わかった。待ってるよ。待ち合わせの喫茶店にずっといるのは悪いから、

少しぶらぶらしたり、時間潰すから。近くに着いたら、連絡して。」


「オッケー。今日は、車だからどこでも行けるからな。」

「うん、気をつけてね。」


私は一度お店を出て、ショッピングモールを歩いた。


それでも、花火の音が鳴り響いた時には、足が止まってしまった。


あまり人のいない、広い通路の真ん中で空を見上げると、空は暗かった。


生暖かい空気なのに、風がふくと少し涼しい。


浴衣を着て、花火の聞こえる場所で、ウィンドウショッピングしてる。


——変なの。


私たちは無事に合流して、少し高そうなお店でしゃぶしゃぶを食べた。


「パパが遅刻したのに、なんでパパの好きなしゃぶしゃぶ食べてんのぉ。」


「いいじゃーん。美味しいじゃん。たくさん食べなぁ。」


「うん。」


いつもと変わらない父が、美味しそうに食べている。

美味しいね、パパ。


食事が終わり車に戻ると、父が言った。


「明日は、才華も学校休みだよね?」


「うん。何かあるの?」


「じゃあ、ちょっと遅くなっても大丈夫だな。今から海の近くに行って、

花火しようか。」


「え、したい!したいよ。いいの?」


「パパも好きだから、いいの。」


「うん、行く。」


窓の外に目をやると、真っ暗な海に月の光があたって、

キラキラと揺れていた。


私たちは、コンビニで花火をたっぷり買って、

海辺に向かう。


潮の香りと波の音。


髪が顔に張り付くような、ジメジメした空気に、

夏の夜を感じる。


パチパチッ


花火の音が響いて、綺麗な音に聞こえた。


「パパ、今日はありがとう。」


「パパが遅刻しちゃったからね。」


「許す。もう許してあげるよ。」



「写真撮ろうか。二人で写ってるやつを。」


「え?パパあんまり写真好きじゃないじゃん。私は嬉しいけど。」


「パパの遅刻しちゃった記念の写真だよ。」


「何それ、最低の記念日なんだけど。」


「いいから、いいからぁ。撮ろう。」


「うん。危ないから、線香花火にしよっか。」


「はいっ、撮るぞー、チーズっ」


パシャッ


「いいね!それ、私にも送ってね。」


「オッケー。」


私たちは、花火の後の余韻を感じながら片付けを済ませて、

車に戻った。


「帰るか。」


「うん。」


自分の部屋に戻った後、ベッドに座り、スマホを開いてみる。


私の中に残った、消えない花火。


そのまま横たわると、まだ、髪に潮の香りが残っていた。


スマホを握りしめながら、目を閉じる。


少し眠たくて、波の音が聞こえてくるみたいだった。


花火、またしようね。




〜 エピローグ 〜


食後、店を出る前の出来事。


「はぁ……ごちそうさまでした。」


「美味かったなぁ。お腹いっぱいになった?」


「……うん。」


父が、時計の時間を確認する。


「いい時間だなぁ。」


「そうだね……。」


「どうしたの?食べ過ぎたか、気持ち悪い?」


「パパ、一つ、わがまま言ってもいい?」


「なんだよぉ。欲しいものでもできた?」


「……デザート、食べてもいい?」


「……そんなことか、いいんだよぉ。お前、考えすぎ。

子供なんだから、好きなものを食べたいときに、食べたいって言っていいの。


パパを見てみろよぉ、いっつも勝手に好きなもの食べてるじゃん。

そんなのわがままって言わないよ。」


「……そっか。じゃあ、食べる。」


「はいはい、食え食え。パパは何にしようかなぁ。」

「うん。パパも食べるんだね。」


「もっちろん。食べたら、少しドライブしながら、遠回りして帰ろうか。」


「うん!」


——言ってみて、よかった。







最後までお読みいただき、ありがとうございました。


才華にとって、父との待ち合わせは特別。


父の姿がないことに戸惑いながらも受け止められたのは、

今まで積み重ねた時間があった。それが支えになってくれた——。


二人は、花火大会に行くことはできなかったけれど、

代わりにもっと深く心に残る、幸せな思い出を残すことができたと思います。


「あと少しだけ、一緒にいたい」、そんなふうに思えることは、

才華にとって、とても大切な気持ち。


彼女はまた一歩、前進することができたのかもしれません。




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