待ち伏せ
「進もう。ダーツ、先導を頼む」
ダーツはバードウォッチングを趣味にしており、その影響か方向感覚に優れている。ヤマトのわずかな合図にも即座に反応し、隊の先頭を進んでいた。
隊列は、ダーツ、ヤマト、フレア、ギガン、そしてトリアの順。五人は音を殺し、息を合わせるようにして森の中を進んでいく。足音を極力抑え、わずかな物音さえ敵に察知されぬよう慎重に――その静寂が、かえって緊張を際立たせていた。
二十分ほど経った頃、ダーツが突然立ち止まった。手を軽くかざし、このあたりが目的地だと示す。だが、あたりを見回しても焚火や灯りの気配は一切ない。鬱蒼とした木々が闇に沈むばかりだった。
警戒を一段と強めながら、一歩、また一歩と先へ進む。息遣いさえも互いに感じられるほどだった。そして不意に、ダーツが音もなくしゃがみ込む。仲間たちが息を呑んで視線を追うと、そこには――地面に残る黒ずんだ跡。完全に消された火の痕跡があった。
「ガサッ・・・」
前方で草木が擦れる音がした。握りしめる槍に自然と力がこもる。
「ガサッ・・・」「ガサッ・・・」「ガサッ・・・」
今度は別方向。音は次々と広がり、見えぬ数の敵が取り囲んでいることを知らせていた。
「……囲まれている」
トリアが低く呟いた瞬間、鋭い風切り音。矢が飛来し、ダーツの腕を掠めた。
「逃げるぞ!」
ヤマトの声に全員が反射的に駆け出す。背後には枝の裂ける音、重い足音。追っ手との距離が縮まっていくのが肌でわかる。ヤマトは咄嗟に振り返り、槍を闇に向けて放った。
「ぐはっ!」
確かな手応え。彼の指示を受けて仲間も次々と槍を投げ放つ。その一瞬、追撃の勢いが鈍った。わずかな隙をつき、一行は川岸へと辿り着く。
「飛び込め!」
叫ぶや否や、ヤマトは水面へ身を投げた。冷水が全身に叩きつけられる。背後からは断末魔のような叫び声が響いたが、振り返る余裕はなかった。
必死に泳ぎ、ようやく対岸へ到着。川辺に集まったのはヤマト、ダーツ、ギガン、そしてトリア。しかし――。
「……フレアは!?」
振り返った先、視界に飛び込んできたのは恐ろしい光景だった。森の闇へと引きずられていくフレアの姿。足には深々と矢が突き刺さっている。彼女の体は声にならぬ呻きを漏らしながら、容赦なく闇へ呑まれていった。
ヤマトは歯を食いしばり、咄嗟に川を飛び出そうと身を翻した。
「フレアが……! 置いていけるかよ!」
必死に岸へ戻ろうとする彼の腕を、トリアが全力で掴み止める。
「無茶だ! 武器もないんだぞ!」
水飛沫を浴びながら、トリアの瞳は必死に訴えていた。
「このままじゃフレアが……!」
ヤマトの声は掠れて震えていた。握る拳には何もない。さっき投げ尽くした槍の感触すら残っていない。
「戻ったって皆殺しにされるだけだ! 今は耐えるしかない……!」
トリアの言葉が鋭く突き刺さる。ギガンとダーツも必死にヤマトを押さえ込む。
ヤマトの視線の先では、暗い森が音もなく口を閉ざしていた。引きずられたフレアの姿も、もう見えない。
胸を切り裂くような悔しさが渦を巻く。だが、この場で暴発するにはあまりにも無力だった。
「……フレア……絶対に助け出す……!」
ヤマトは押し殺すように呻き、爪が食い込むほど拳を握りしめた。