追放
翌朝――。
「干し肉がなくなってる!」
キャンプの一角から叫び声があがった。皆が駆けつけると、ザルツが青い顔をして荷物を何度も確認していた。
「お前らの誰かが取ったんだろう!」
ザルツは皆を睨みつけた。そこにヤマトが割ってはいる。
「一旦落ち着け。とりあえず皆の荷物を調べてみよう。」
急いで全員の荷物が調べられる。すると――。
「おい、これを見ろ!」
ザルツが叫んだ。カランのカバンの隅から、噛み跡のついた干し肉の食べかすが見つかったのだ。
場が一斉に騒然となる。
「カラン、これはどういうことだ!」
カランは真っ青になり、必死に首を振った。
「ち、違う!俺は食べてない!そんなことするはずない!」
だが言葉は火に油を注いだだけだった。実際に証拠が出た以上、疑う声は止められない。
カランへの非難の声は増すばかりであった。多勢の声はヤマトの「待て」という声を押し流していった。
「仲間の食料を盗む者は生かしておけない」
「追放だ!」「殺してしまえ!」
口々に罵声が飛び交う。疲労と空腹で荒んだ心は冷静さを欠き、決定はあまりに早かった。
カランは追放され、荷物を持って出ていってしまった。
それから数時間後、再びキャンプの一角から叫び声があがった。
「干し肉が取られた!」
皆が駆けつけると、木を指差しながら叫んでいた。
「あいつだ!」
木の上で、小さな影が動いた。リスに似た小動物が木の実のように干し肉を抱え、夢中で齧っていたのだ。ガリッと嚙みちぎられた破片がポトリと地面に落ちる。
それが今朝、カランのカバンに入り込んだ「食べかす」だった。
「……じゃあ、カランは……」
誰かの呟きとともに、空気が凍った。無実である彼を追放した罪悪感が一同を縛る。
ヤマトは奥歯を噛みしめ、低く告げた。
「すぐに探すぞ。カランを……みんなで謝ろう」
皆が森へと駆け出した。そう遠くへは行っていないはずだ、走ればまだ間に合うかもしれない。
カランが歩いていった方角へ10分ほど走ったところでカランの荷物を見つけた。
ーーーその荷物の横に冷たくなった亡骸があった。
胸を鋭い刃物で貫かれたようなカランの姿だった。
ザルツはカランの亡骸の前で、震える手で顔を覆った。彼の肩は激しく揺れ、嗚咽が漏れる。やがて、震える唇からこぼれたのは、消え入るような声で繰り返される「俺のせいだ……」という言葉だった。周囲の仲間たちは口をつぐみ、彼の悲しみと後悔を見守るしかなかった。
やがてヤマトが静かに「カランは…」と声をかけると、その言葉が引き金となったかのように、ザルツは急に顔を上げ、目を見開いて絶叫した。
「うわぁぁぁっ!」
その声は森の静寂を引き裂き、ザルツは震える足で一目散に森の奥へ走り出した。乱れた息遣いが荒い呼吸となって尾を引き、彼の背中は悲痛な決意を突きつけているかのようだった。
ヤマトがすぐに立ち上がり「待ってくれ、ザルツ!」と必死に追いかけようとしたが、その腕をトリアが掴み「ダメだ。今は追わない方がいい」と制した。トリアの瞳は森の奥を鋭く見つめた。
「カランを刺したのはただの獣じゃない、道具を使う人間だ。森の中には正体のわからない敵が潜んでいる」とトリアが低く告げると、場の誰もが身を引き締めた。不安と恐怖が静かに広がり、空気が張り詰める。
ヤマトは重い気持ちを押し殺し、「キャンプ地に戻ろう」と短く告げると、一行は警戒を厳にしながら静かに森を離れた。暗くなりゆく森の中、時折、何かが物陰を動く音に皆が顔をしかめ、次に襲われるのではないかという恐怖が沈黙を強いる。
キャンプ地に到着しても安堵する者はいなかった。夜は深まり、森の闇が一層濃くなる中、ヤマトは見張りの順を決め、一行は薄明かりの焚火の周りで緊張の夜を過ごした。誰かが小さな声で呟く。
「……明日には、ザルツが戻ってきてくれるといいけど」
その言葉に誰も返答できず、揺れる炎の光だけが、消えかけた希望を儚げに映し出していた。
ヤマト:日高国の一族の末裔で火星移住計画を立案した
キーザ:宇宙船の操縦士でヤマトの補佐役
トリア:ヤマトが信頼している人物の一人。冷静な判断ができる
ギガン:屈強な体躯を誇る大男。ユーモアで場を和ませようとする
リオン:先行隊の中では比較的若い。
サマル:中炎国の王子で従者を従えている。物資の分配をめぐりヤマトと対立し去っていった。
フリザ:英霊国の党首で従者を従えている。見張り中に忽然と姿を消した。
カラン:泥棒に間違われ追放される。その後死亡。
ザルツ:カランの死は自分のせいだと考えて失踪。