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黒い影

「全員、姿勢を低くしろ」

ヤマトの低い命令が飛ぶ。


キーザがバックから双眼鏡を取り出し、川辺に目を凝らした。その瞬間、黒い影の集まりは、まるで霧が風に流されるように散り散りになって消えた。確かに人影のように見えたはずだ。だが残されたのは、川べりの揺れる草木だけだった。


「……なんだったんだ、今のは?」

トリアの声はわずかに震えていた。


キーザは双眼鏡を下ろし、苦い表情で首を振る。

「確かに“生き物”に見えました。しかし……形が曖昧で、人間かどうかは断定できません」


ヤマトは沈黙を守ったまま川の方角を睨む。やがて短く息を吐き、決断を告げた。

「いずれにせよ水はそこにある。我々は行くしかない。影が何であれ、水を確保しなければ明日はない」


彼は仲間たちの顔を順に見渡した。誰もが疲労と不安に顔を曇らせていたが、それでも希望の兆しを前に踏みとどまろうとしていた。


「隊を二つに分ける」

ヤマトはきっぱりと続ける。

「俺が先頭に立って水を汲みに行く。力のある者はついてきてくれ。残りはここに留まり、キャンプを設営するんだ。キーザ、トリア――お前たちに任せる。焚火を起こし、食料を探してきてくれ。ここを拠点にする」


仲間の中から十名が進み出た。その先頭にいたのは、屈強な体躯を誇る大男・ギガンである。

「どんな獣が出ても、俺に任せろ」

ギガンは拾い上げた太い棒を肩に担ぎ、不敵に笑った。

その隣には、まだ若いリオンが立っていた。彼は緊張からか、思わず声を上げてしまう。

「ギ、ギガンさん、本当にその棒で戦うんですか?」

「当たり前だ。獣なんぞ、ぶん殴れば黙る」

豪快に答えると、ギガンはリオンの頭を軽く小突き、にやりと笑った。

「それに俺は棒一本で熊を追い払ったことがあるんだぜ。――まあ、あれは腹を空かせた子熊だったがな」

その場にいた数人が思わず吹き出し、緊張が少しだけ和らぐ。

ヤマトはその様子を横目に、内心で頷いた。こうして空気を崩すことができるのも、ギガンという男の強さの一部なのだろう。


ヤマトは小さく頷き、川へと向けて歩を進めた。30分程度歩いたあと、一行は河原に降り立った。

「きれいな水だ!」「透き通っているぞ!」

仲間たちは口々に叫んだ後、手ですくって喉に流し込み、いつしかそのまま泳ぎ出していた。水は冷たく心地よく、身体の緊張さえ一瞬忘れさせる。


しかし、ヤマトの胸には拭えぬ違和感が残っていた。――音だ。川面を叩く水音、歓声、そのすべてが森に反響し、不自然なほど大きく響き渡っている。その中に微かに混じる異音を感じた。


「……静かにしろ」

ヤマトは険しい表情で声を張った。


その直後だった。


川の中央で水柱が爆ぜた。

「ゴボッ、ザァッ!!」

水飛沫とともに姿を現したのは、長大な影――いや、生物だった。


鱗にも似た滑らかな皮膚は黒と青のまだら模様を描き、体長は十メートルを超えている。頭部は蛇のように平たく、口を開けば刃のような歯列がぎらついていた。その体躯はウナギのごとく水中をうねり、圧倒的な力で川をかき回す。


「全員、川から出ろッ!」

ヤマトが絶叫した。


しかし、一人の若者が遅れた。リオンだ。川から這い上がろうとした瞬間、その足に巨大な尾が絡みついた。

「うわぁあああッ!!」

悲鳴が河原に響く。リオンの体が水中に引きずり込まれようとしている。


その瞬間、ヤマトが動くよりも早くギガンが動いた。

「離せええええッ!!」

巨体を震わせながら川に飛び込み、すかさずリオンの腕を掴む。もう片手で担いだ丸太を思い切り振り下ろした。


「ゴッ!!」

丸太が大蛇の頭部を直撃し、鈍い衝撃音とともに獣の動きが一瞬止まる。リオンの足を絡めていた尾が緩み、ギガンは全力で引き上げた。


「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

岸に戻ったリオンは涙を浮かべて呆然としていた。ギガンは濡れた髪を振り払いつつ、荒く息を吐いた。


大蛇はギガンの一撃に驚いたのか、そのまま去っていった。


「…水を確保して帰ろう」

ヤマトはその言葉を言うのが精一杯であった。


川辺での死闘を終え、一行はようやく水を確保して帰還した。キーザも食べられそうな野草を集めていたようだ。

焚火の周りに集まると、安堵の息があちこちから漏れる。その中でリオンは、毛布に包まりながら何度も咳き込んでいた。

「命拾いしたな、坊主」

ギガンが隣に座り、豪快に笑う。

「俺がいなきゃ、今ごろ川の主の腹ん中だったぞ」

「……すみません。本当に、ありがとうございます」

リオンがかすれ声で頭を下げると、ギガンはその頭に大きな手を置いた。

「礼なんかいらん。だが次は自分で対処しろよ。戦場じゃそれが生死を分けるからな」

 その言葉に、リオンは唇を噛みしめて頷いた。

 一方、ヤマトは火のそばに腰を下ろし、仲間たちに向けて今日あった出来事を説明した。

「今日の出来事を忘れるな。水を得たのは確かに幸運だが、不穏な影も、川の怪物もまだ周囲に潜んでいる。俺たちはここを拠点にするが、油断は許されない」

 その言葉に、皆の顔が引き締まる。だが次の瞬間、ギガンが唐突に言った。

「なぁ、リオン。今度はお前に水を汲んでもらおう。もちろん俺が横で見張っててやるがな」

「えっ!? ぼ、僕一人ですか!?」

驚いて目を丸くするリオンに、仲間たちの間から笑いが漏れた。不安と疲労が漂う中でも、笑いは小さな炎のように人々の胸を温めていく。その夜、皆で乾いた喉を潤し、火の明かりの下で短い休息を得るのだった。



ヤマト:日高国の一族の末裔で火星移住計画を立案した

キーザ:宇宙船の操縦士でヤマトの補佐役

トリア:ヤマトが信頼している人物の一人。冷静な判断ができる

ギガン:屈強な体躯を誇る大男。ユーモアで場を和ませようとする

リオン:先行隊の中では比較的若い。


サマル:中炎国の王子で従者を従えている。物資の分配をめぐりヤマトと対立し去っていった。

フリザ:英霊国の党首で従者を従えている。見張り中に忽然と姿を消した。

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