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薬草

しばらく歩くと天候が急変し、森を進むにつれ空が暗くなっていった。

「嵐が来るぞ!」

ダーツは叫んだ。徐々に風が強くなり、いつしか森を叩きつけるように荒れ狂っていた。稲光が木々を白く照らし、轟音とともに川は濁流となり、渡ることなど到底不可能になっていた。


「こっちだ!」

トリアが叫び、岩陰にぽっかりと開いた洞窟を見つける。泥に足を取られながらも一行はそこへ駆け込み、ようやく嵐をしのぐことができた。


土と冷気に包まれた薄暗い洞窟。濡れた服がみんなの体温を奪っていく。即席の火を焚くが、フレアの呼吸は弱く、額に浮かぶ冷や汗が光を反射していた。傷口は再びじわじわと赤黒く染み出し、薬草が施されたはずの処置は湿気と寒気で効果を失いつつある。


「このままじゃ……夜を越せないかもしれない」

トリアが唇を噛むと、後ろにいた弓兵の一人、ヒールという女性が立ち上がった。

「……待って。あの薬草、煎じて飲ませれば内から効くはずよ」

瞳は不安に揺れながらも意思が宿っている。


仲間の目が一斉に彼女へと向けられる。ヤマトは強くうなずき、即座に探索班を組織した。雨足の弱まった隙をついて森へ駆け出した弓兵たちは、ほどなく同じ薬草を見つけ、戻ってきた。


濡れた衣を絞りながら、ヒールは薬草を煎じていく。苦い匂いの漂う湯を器に注ぎ、震えるフレアの唇に近づけた。

「さあ、フレア……少しでいいから、飲んで」

しかし彼女は弱く身をよじり、喉を動かすことができない。掠れた呻きのあと、かすかに口に含んだ液をすぐに吐き戻してしまった。


「だめだ……飲まない……」

ヒールが悔しげにうなずく。その場に重い沈黙が落ちた。

「だったら……」

そう言うと、彼女はためらわず器を取り、熱い薬草湯を一口含む。そしてそっとフレアの唇を開き、自らの口を重ねる。流し込むように、少しずつ、確かめながら。


苦い液はフレアの喉を震わせ、今度はわずかに嚥下の動きが見えた。漏れそうになる雫をヒールが支え、吐き出さぬよう必死に促す。やがて彼女の胸がかすかに上下し、細い呼吸が徐々に落ち着いていった。


「……飲んだ!」

仲間の誰もが息を呑み、静かな安堵の吐息を漏らした。だが外では雷鳴が轟き、濁流がなおも暴れ狂っている。帰路は断たれ、洞窟の中に潜むのは一時の安らぎと、決して薄れぬ緊張だけだった。



一夜が明け、洞窟の奥に差し込む光が仲間たちを照らした。

フレアの呼吸は穏やかになり、青ざめていた顔にもかすかな血色が戻っている。皆が緊張から解き放たれたように長い息を吐いた。


外に出ると、そこには昨日の激しさが嘘のような景色が広がっていた。

雲ひとつない青空。木々は雨露を滴らせ、川は再び澄んだ流れを取り戻していた。

ざわついていた胸が、清流の音とともに少しずつ落ち着いていく。


「……乗り越えたな」

ヤマトが呟く。仲間の誰もが頷き、肩の力を抜く。


だが、その清らかな景色の奥――森の影はなお深く静まり返り、誰にも届かぬ視線が潜んでいるのを、この場の誰一人、まだ知る由もなかった。

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