04
顔が強ばった自覚はあった。声のした方を振り向くしぐさなんざまるで油切れ寸前のロボット。いや、別に疚しいことなんざないけど、シェインとのぎこちなさとか、自覚しちまったいやんなこととか、そんなこんなでキャパの少ない俺には飽和状態だったんだ。
「来い、カバキ」
それでも、振り向いてやっぱり声をかけたのがライルだと確認すると、体ごと向き直った。…最初のときも思ったけど、なんつーか、こう、断定的な俺様系って感じだよなぁ。ま、それだけ地位とか能力だとかあるんだろ。シェインもライルのこと尊敬してるっぽいし。
泣きそうな顔から、俺とライルを交互に見て困ったような表情になったシェイン。大丈夫だって、とそのふわふわの金髪を撫でる。困らせてごめんな、の意味も込めて。
「カバキ」
「ほーい、ほいほいっ」
怒ったワケでもないんだろうが、もう一度俺を呼ぶライルの声に殊更軽く答えてシェインから手を離した。一度笑いかけて、それから少し離れたライルへと駆けていく。あの気のいい少年がこれ以上困った顔をしないように。髪の毛触り心地良かったし。
そんな余裕がちょっとは出たのもあまりにマイペースなライルのせい(っていうかおかげ?)かなって、ちっとだけ思った。
最早勝手知ったる石造りと木造がミックスしてる家の中に戻る。ここは島らしいんだけど、俺はこの家を囲む森の中からまだ出たことはない。別に理由はなくて、シェインと勉強とか家事してたら結構時間がたっちまったからってだけなんだけど。
この家はこの島に一軒だけ建ってるらしいけど、森の中の一軒家ってイメージからしたら結構でかいんだ。三階くらいあるし、今は俺が居候してるから三人暮らしだけど、それでも使ってない部屋とかいっぱいあって、正直シェイン一人で掃除するのも大変なんじゃないかなぁ。昨日は掃除手伝ったけど、ここ10人以上軽く住めるぜ? 今いるダイニング兼用の居間のテーブルもばかでかいし。
「それで、何?」
「行く先が決まった」
二人きりなのは…っていうか顔を合わせるのが寝起きのあの時以来で、シェイン相手と違ってどことなく空気を持てあます。とりあえず、と椅子を引きながら尋ねた俺に、淡々と相手は答えた。
は?
「行く先って、何が? 誰が?」
「お前がこれから行くところだ。海路と陸路を併せても半月以上はかかる、準備しておけ」
意味が分からなくて、頭の中が麻痺したようだった。固まっちまった俺とライルの視線が合う。段差がないとこにいても目線がわずか上にあるライルは、俺の出した頓狂な声にも見下ろす目の色を変えない。タミフルとは違う、濃い青の瞳。そこにあるのは、拒否?
―――――何だそれ。
「…俺、ここにいていいんじゃなかったの」
「私はそんなことを言った覚えはないが」
「そりゃ、そうだけど…っていうか、今の今まで顔すら合わせなかったじゃねぇか!」
声が高くなってた俺に、ライルは視線を逸らしてため息をついた。何だよ、男ならはっきり言いやがれ。
「うるさいのはごめんだ」
!!!
「悪かったな! 俺だってお前の家で膝抱えて隅っこで居候しなくてすんでせいせいするぜ、短い間だったがあばよ!」
頭に血が昇ったら後先考えないのが俺の欠点だって、タミフルには小さい頃から水鏡越しに説教されてきた。それで失敗もいっぱいしてきたし、フラれたのだって数えたくないくらい(まぁ、ガキん時の話だけどさっ)。それだって、まだまだ17、保身で行動したくなんかねぇっての。
だからこの時も自分の衝動の赴くまま、俺は椅子を蹴倒して家を飛び出し、森にダッシュしたんだ。
………………迷った。
時計も携帯も持たずにこの世界にやってきた俺にはあれからどれくらいたったのか、腹具合ぐらいでしかわかんねぇ。そもそも、昼飯食ってねぇし。木々の隙間から光が零れてるからまだ明るいのは分かるが、あの家を飛び出したのが午前中だったんだから、今の目安にはならないだろうし。
「あー、疲れたし腹減ったっ」
いつもながら無様な有様に、わざと大声で喚いてから手近な木に寄りかかって、そのままずりずりと凭れた。今着てる借り物の服は、シャツの上に長めのベスト。ウエストを細い帯で締めてパンツにブーツっていかにも中世コスプレって感じ。パンツはジーンズなんかに比べたらやっぱり薄手で、木の温もりと地面の冷たさがリアルに分かる。
…まぁ、そうだよなぁって、冷静に考えれば分かる。シェインにしたって、『戻れる方法を探してるのかも』って言ってただけで、俺自身はライルに確認もしてなかったんだしさ。つまり俺が逆切れしちまっただけで、ライルに悪気はなかったのかもしれない。……とは、思いたくねぇんだけど。何だよチクショウ、タミフルとそっくりなクセしてあんな態度なんだよ。タミフルだってお世辞にも善良な一般の天使とは言いがたいけど、もうちっと俺に…
「…―――って、何だよ俺のバカあほとんちきっ」
がば、と木から身を起こした。ちっとばかし尻が痛かったが知ったことじゃねぇ。
タミフルは優しかったのにっ、て、ライルが優しくねぇから拗ねてたのか俺は!? つーか、たまたま顔がそっくりなだけでライルはタミフルじゃねぇのに、何恥ずかしいこと考えてんだよっ。
―――恥ずかしさと情けなさに、どうせ一人だと安心しきってうがああっ、と頭を抱えて悶絶していた俺はその気配に全く気づかなかった。
いきなり肩を掴まれて息を呑む。条件反射で体が強ばった。
ちょっ、とまった……っっ!




