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03


 ひっじょーに、認めたくないんだけど。

 どうやら、俺は異世界とかいうものに飛んでいる、らしい。

 ………………夢オチ、とかそういうのねぇかなぁ…。




 お互いの、一人の人物に対する認識がずれている。それに気づいた金髪少年の対応は早かった。部屋の片隅にあったなんだか丸めてあるのを埃を払った後に木の机に広げる。俺は少年に手招きされてそれを覗き込む前に、何となく衝動に任せて少年の頭を撫でてみた。おお、まさに猫っ毛。ふわふわのほわほわ。どんなシャンプー使ってんだおい。


「あの?」

「はいはい、で、なに。……蝶々?」


 不審そうな顔をした少年にごまかすようににっこりと笑顔を向け、話を変える。俺ってこんなワケわからん状況でも図太いな。うん、良きことかなヨキコトカナ。そう思いながら少年の広げたものを見ると、羊皮紙っぽい古びた紙の上に、蝶々が翅を広げたらしきものが描いてある。でもデフォルメされてるってよりは、なんかあれっぽい…何だっけ、ロールシャッハテスト?


「シュノーゲン大陸の地図です」

「……シュノーケルって、あの、水中を泳ぐのに使うヤツ?」

「―――……」


 お互いの齟齬をかみ合わせるのに、どれだけ時間がかかって二人してくたびれきったかっていうのは、まあ、この際男らしく言わないでおこう。




 そんでもって、結局分かったのは、ここは俺が全くもって知らない異世界ってヤツで、タミフルだと思ってたのは、金髪少年シェイン曰くこの世界のナンバー1魔術師のライル、ってヤツらしい。……らしいっていうのは、この数日この家に厄介になってても顔を見たのはあの最初の日だけだから。何だよ、そんなにシャイなのかってーの。

 何にもこの世界の常識がない俺を心配してか見かねてか、俺の身の回りの世話とにわか教師はシェインがやってくれていた。170ちょっきりしかない俺より更に頭一つ小さいのにくるくると小回りがきく勤労少年を見習って、今日はやることもないので一緒に洗濯物を干してみる。…洗濯機って便利だったんだな。寮じゃ並ぶのが面倒臭いばっかりでちっともそんなこと思わなかったけど。


「あのさ、俺ってライルに警戒されてる?」

「…というよりライルは、魔術中心の生活をしてますから。…トシオが元の世界に戻れるよう、考えてくださってるとは思うんですけど」

「その割りに、俺への質問が皆無ってどうよ」


 二人でやれば洗濯干しもあっという間。この家は森の中心部の開けた草原の上に立ってて、この時期は晴天が続くらしい。三人分だがこの風の通り具合ではすぐに乾くだろう。森の匂いを胸いっぱいにかいで、空を仰ぐ。白桜(はくおう)もそうだったけど、自然の光とか空気はやっぱ無条件に気持ちいい。いいが、このまんまでいいのかちょっと心配だよなぁ。何となく世話になっちまってるけど、ここで骨を埋めるワケにもいかねぇし。こういう時こそタミフルに相談してぇのに、シェインに水晶玉とか水鏡とか借りてみたけどちっとも繋がりゃしねぇ。ちぇ、タミフルの役立たず。

 ライルにしたってさ、どうやってここに来たんだ、とか直前に何があったんだ、とかそもそも本当に異世界から来たのか、とか色々尋問とまではいかなくても尋ねるのが普通じゃん?

 なんて、タミフルとライルへの気持ちがシェインへのぼやきに姿を変えて口から出てた。


「…ひょっとすると、トシオに聞かなくてもある程度予測がついたのかもしれませんね。かぁ、…『黒の方』から何か聞いたことがあるのかも」


 俺の不満に、洗濯籠を抱えながら美少女と見まごうばかりの美少年は首を傾げる。それにあわせほわほわと揺れる豪華な金髪。将来が楽しみというか道を踏み外す連中を大量発生させそうで恐ろしいというか。俺だって美少女だったら告白とかしちゃって手ぇつけちゃいそうだけど…って、この状況でそんな度胸ねぇけどさ。

 っつか、ん?


「黒の方?」


 何だそりゃ。


「あー、えーと……1000年前後生きた魔術師です。『知識の泉』という異称も持たれた方で知らないことはない、と言われたとか」

「へー…………って、1000年!?」


 常識知らずの俺に説明するためか言いよどんだシェインの後の台詞にぶっ飛んだ。1000年生きたって、マジかオイ!俺の世界じゃ100年生きるのにも一苦労だぞ『魔』のせいで。


「マジかよ…こっちの世界って、みんなそんな長生きなのか? エルフみたいだな」

「えるふ? …大体一般の人は5~60年生きれば長生きだと思いますよ。王や貴族でも100年生きる人は稀ですね。魔術師だけが、魔力が強ければ強いほど長生きします」


 知らない単語に首を傾げたシェインだが、俺の「続けて目線」に気づいたのかそのまま説明してくれた。こんな辺鄙な場所に住んでいる割にこの美少年の知識は驚くほど深い。逆の立場になったとして、俺がシェインに俺の世界の説明が出来るかと言えば…ちょっと出来そうにねぇな。この間だって「は?テンシ?」とかワケがわからない顔されたし。天使ってこの世界にはいねぇんかな、俺の世界だと人間一人に守護天使一人就くんだけど。でもまぁ、寿命自体は普通は俺らと変わらないんだ。なるほど。


「じゃあ、その『黒の方』の所に行けば俺は帰れるかもってことか」


 ちょっと光明が見えてきたかも。少しばかり軽い気持ちになって立ち上がる俺の視界に、うつむくシェインの姿が入った。


「…僕の説明が悪くてすみません…『黒の方』は、もう随分前に亡くなってます」


 絶句した。そしてそんな自分に、俺は自分の世界に戻りたかったんだと遅ればせながら自覚する。言葉も通じて、飯がうまくて、ライルはともかくシェインが親切だったから実際のところそう切実には思ってなかった。

 いいや。俺は異世界にいるのだということを、本当にはわかってなかった。タミフルと繋がらないこと自体が、俺が異世界にいる紛れもない証明なのに、鈍い俺は、シェインの泣きそうな顔にそれを思い知らされる。


「トシオ、すみません、ごめんなさい…っ」


 謝り続けるシェイン。帰る手段がなくなったワケじゃないんだから、そんなに謝らないでいいのに。そう言おうとしても、気づいた事実に声が出なかった。シェインが謝れば謝るほど、「お前は帰れないんだ」と言われているようで、余計に声が詰まった。


「―――――何をしている」


 固まってしまった俺と謝り続けるシェインにそんな声が降ってきたのは、その時だった。 

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