02
まて。だからちょっとまてってば俺。いきなり死んだなんて突飛すぎんだろ、ちったぁ落ち着いて考えようって。うん。
タミフルを凝視したまま、口を閉じることも忘れて俺はぐるぐると考えだす。
夢から覚めて死ぬ? そうだよそんなのありえる筈がねぇじゃん。ここんところ病気もケガもヤツらの襲来がないせいでご無沙汰だし、癒しの力使いすぎた記憶もないし、そもそも自然とセーブがかかってるから他人の治療しすぎて死ぬなんて殆どありえない線だし。
―――でも、タミフルがいる。
目の前に、水鏡越しじゃない、生身の俺の守護天使が。それは間違いなく現実だ。死んだ後天国でしか会えないのに。天使が人界に降りてくるのはすっごい制約がかかってるんだって、ちびだった俺が会いたがっても何度も諭したんだ、間違いねぇ。
…じゃあ、やっぱり俺、死んだのか?
結局同じ結論に達した俺がタミフルを凝視していたのはどれくらいだったんだろうか。
タミフルも一言も何も言わないし、俺は衝撃の事実に眠気も吹っ飛んでじーっと見つめていたんだけど、実際は大したことなかったのかもしれない。
ていうか、そうだよ。
「何だよどうしていきなり俺死んでるワケ? 全然そんな兆候も雰囲気もなかった気がめっちゃすんだけど。つーかそれなら死ぬ前にどうしてこそっと俺に教えてくんないワケ? 心構えっつーもんがなんもねーじゃんよ。エロ本もDVDも動画も処理してねぇし! 夢見てたら死んでたって、どういうオチなんだよおいっ」
なんだか言ってるうちに興奮してきて、がばっと身体を起こして殆どノーブレスの勢い。そんな俺を見てタミフルはなぜか深々とため息つきやがった。な、何なんだよ腹立つな。
「………こんな美形は一人だけかと思ったが」
? 何言ってやがる?
「シェイン。いるだろう、おいで」
体を後方にずらし、タミフルは木製の扉に声をかける。その動きで彼の髪が、前に説教されたときよりもずいぶんと長くなっているのに気づいた。腰に届くほど長い。ていうか、漆黒の髪のタミフルって初めて見た気がすんだけどな。水鏡越しだったから何とも言えねぇけど、タミフルの髪って銀色じゃなかったっけ。カッコ良く言えば白銀っていうか。こんなに真っ黒なら何でそんな色と間違えたんだろ…それとも染めたとか?
「―――ライル」
暫くして扉を開けて入ってきた金髪の少年は、随分とばつの悪い顔をしていた。気配を全く感じなかったんで驚いたんだけど、そもそも人と違うんだから気配もわからないもんかも、と思い直す。
「安心しろ、この御仁の世話を任せる。…罰にはちょうどいいだろう?」
反論しようとした金髪少年の頬がうっすらと染まった。胸がまったいらだから少年だとは思うが、なんだか少女みたいな可憐さだなおい。顔はどっちでもいいような白人ぽい美形だし。……って、いやいやそんなツッコミいらんだろ。何だこの置いてけぼりな感じ。話が全く見えないぞ。
「タミフル!」
そのまま少年を部屋に入らせて代わりに出て行くあいつの名前を叫ぶ。
おい、お前俺の守護天使だろうが!
けれど、そのままローブを翻してタミフルは出て行ってしまった。
扉をそのままじっと見つめていた少年は、その後こっちを向いて軽い足音と共にやってきた。タミフルみたいなローブ姿じゃなく男の子だってわかる程度には体の線がわかるカッコをして、肩につくくらいまで伸びてるふわふわの豪華な金髪を不思議そうに揺らす。あ、ちょっと撫でてぇかも。
「あんまり叫ぶと喉を痛めますよ。ライル、面倒くさいとすぐ結界はって聞かないようにしますから無駄ですし」
さりげに人のする事無駄とか言うな。表情を見れば全く悪気がなさそうに見えるだけにこの怒りをどこにぶつけていいかわからんくなるだろうが。
「体は特に怪我もないみたいですけど…どうやってこの森に入ったんですか? 二重結界がないとはいえ、ダルーインに入ってくるのも常人には難しいはずなんですけど。はい、湯冷ましどうぞ」
憮然としたまま上体を起こしていた俺に、少年は言いながらテーブルの上から両手のひらで支えるほど大きな器を寄越した。…イメージ的にはあれだ、抹茶碗。中にはちょっとだけ水っぽいものが入ってる。さっき叫んだせいか寝起きのせいか、喉が乾いてきた俺は遠慮なくそれを一気に飲み干す。生ぬるい温度が喉を通っていく感覚がちょっとだけ気持ち悪い。
「ごちそーさま。で、なに?」
……しっかし、喉乾いたりなんだり死んだ割にすげぇ生身っぽいなぁ、俺。そう思いながらその器を少年に返して尋ねる。正直、あんまり少年の話を聞いてなかったからちょい申し訳ねぇなあ。大体、金髪少年の声が何かこう、音楽的というかやたら滑らかで『言葉』っつう感覚が乏しいからかもしんねぇな。俺死んだばっかでパニくってたし。でもまぁ、そういう人間もいっぱいいるだろうから対処には困らないだろう。うん。
「……貴方は、誰ですか?」
盛大にため息をついた後に、少年は俺に言わずもがなのことを聞いてきた。少年、タミフルと親しそうな感じはしたのに俺のこと知らないんだ。まぁ、でもあいつの性格上それもありうるか。
「タミフルに聞いてねぇの? 白桜の2年、樺木敏雄。あいつが守護してる『いとし子』だけど」
「―――――先ほどから不思議に思っていたのですが、タミフルとはどなたですか?」
…………は?
本当に不思議そうな、丁寧な金髪少年の言葉。だけどその内容の齟齬に、目を幾度か瞬かせる。
「さっき、あんたも喋ってたじゃん」
「……彼はライル。ダルーインに住まう魔術師です」
嘘混じりけないのが分かる、力みもなく当然のように話すその言葉の滑らかさにまた意味を取り落としそうになる。
が。
………………ちょっとまて。
―――誰、だって?




