01
多分、それは夢の中だった。
あるじゃん? なんつーの、夢の中で「あー、これリアルっぽいけど夢だー」ってわかる感じ。
そんな、肌で夢だと分かるふわふわな感じのとこにいた。
見回せば、いつも通りのクラスの風景。
あれ、俺ってこんなに学コ、好きだったっけか。どっちかって言えば、来たくなかったんだけどなー、ココ。
そんなことをぼんやり思いながら、何となくそのまま椅子に座ろうとすると、肩をぽんと叩かれた。
半分空気椅子状態になっても全然平気、さすが夢。変に納得しながら相手の顔を見上げ、挨拶しようとした。
「よう、おは―――」
「お前、なんでいんの?」
夢の中だからなんて挨拶すんだろうかと考えながら、無難に「おはよう」と言いかけた俺の言葉を遮断するように、冷たい声がかかった。背筋がひやりと冷える。「何バカ言ってんだよ」って軽口で返すことすら出来ない。それくらいに、それは絶対的な拒否の声。
恐る恐る、顔を上げ相手を見上げた。表情を見て打ちのめされてもそれはしょうがないと思った。いんや、寧ろ打ちのめされた方がきっといいんだ。傷は、晒さないと治らない。
俺はたった17年ぽっちだけど、そうやって生きてきたんだから。
だから、顔をあげた。考えたら夢の中なんだから、そこまで必死になることなんてないんだけど。やいやい、俺にそんなこと言いやがる勇者は誰でぃ! みたいな。『必殺、空威張り』の勢いで(って何の技だよ一体)。
けど、そんな空威張りは長く続かなかった。
だって、そこには顔がなかったんだから。
「―――――――――!!!!!」
つまり、あれだ、昔懐かしのっぺらぼう。寧ろ都市伝説ちっく。
絶対、心臓が体感3秒くらい止まったと思う。びっくりすると悲鳴も出ないってマジだあれ。
俺はその目鼻口どころかそれっぽい凹凸すらない顔を凝視してしまった。何もないというのがこれほど不気味だとは思わなかった。悪夢ならここで覚めてくれ。あ、いや夢だったっけこれ。
なら何で覚めないんだ!
「お前、なんでいんの?」
のっぺらぼうが、言いながら一歩、近づく。その声は確かに聞き覚えがあるのに、顔がない、それだけで誰だか分からない。寧ろこの状況にパニックしちまってわかんないのかもしれなかった。
中腰で変に固まってしまった俺は逃げることも出来ず、椅子にしたたか腰をぶつけて尻餅をついた。けど痛い、とかそんなものを感じてる余裕がない。
「なあ。いなきゃ良かったのに」
また、のっぺらぼうが一歩近づいてきた。白桜の制服を着たのっぺらぼうは声を知ってるから知り合いかダチか、そんな相手じゃなかったら聞き馴染みがある言葉。
け。そんなの今更だろっつの。
威勢よく言ってやりたいのに、俺はへっぴり腰で床を擦るように後ろに下がるのが精いっぱい。椅子と机が後ろで嫌な不協和音がして怖気が走る。
これって、夢だけど。
夢の筈なんだけど。
―――やばく、ねぇ?
背中をやーな感じの汗が伝ったのは気のせいにしておこう。じゃないと、情けなくも悲鳴をあげるか気絶しそうだ。あ、でも気絶したら夢から逃げられるんかな。でも違ったらシャレになんねぇ。
あーもう、どうしてこんな時にあいつはひょこっと出てこないんだよ! 夢だけど、俺の守護天使なら護りやがれ!
「タミフル!!」
最後の綱とばかりにあいつの名前を叫ぶ。とはいえ、実際は助けてもらえるなんてさらさら思ってなかった。夢だって感覚は今もバリバリだし、そんなに俺は能天気な人間じゃない。
けど。
目の前からのっぺらぼうが消える。すごい勢いで教室が消えて、一気に世界がクリアになった。
ふわふわしてない、横になってるリアルな感覚。
……夢から、出られた? か?
「起きたか」
状況が掴めていない、ぼんやりしていた俺の頭上から声がした。
夢の中身を反芻して思わず露骨にびびりながらも、またもや必殺空威張り(だから俺はどんな技持ちだと)で声のした方向に目線を向けて。
絶句した。
目の前にタミフルがいる。
嘘。
頭の中は夢ん時どころじゃないパニック。
なんで。なんで、なんで。
どうして、タミフルがここにいるんだ。
え、つーことは……つまり―――嘘、うそ、うっそ、だろう……?
「―――俺、死んだの?」
ちょっと、待てよおい。
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