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「―――これはただの手袋だ」


 俺がいないかのように振舞って、食器の重ねられたトレイを持って出て行ったムカツキ無口米俵野郎が、何故かもう一度トレイを持ってやってきたのは時間的には五分もたってなかったと思う。俺好みの歯ざわりサクサクの軽い焼き菓子と替えの紅茶ポットが乗ってた。そこから何故かまた散発的に飲み食い開始。勿論、サーブはゼメキスにさせたよ、決まってんだろ。それがまたネレイドの淹れてくれたのと同じくらい美味いからまた微妙に腹立つなぁ、もう。

 体調が悪かったのに、うまいせいか紅茶の効用かお菓子もさほど苦しくもなくおいしくいただいてる中、さっぱりコイツの腹が読めなくて、俺は、無表情のまんま紅茶飲んでたヤツをやぶ睨みしてた。


「はぁ?」

「手袋自体に意味はない」


 いきなりされた発言に、顎を出して我ながら間抜けな声を出せば、淡々と返事が来る。…コイツ絶対嫁いないな。この唐突さに外見が良くてもすぐフラれるってば絶対。何でネレイドとかついていけんのかなぁ、思い返せば船のクルーもみんな好意的だったし、ネレイド以外の騎士の皆もきびきびと従ってるし。世界が違うと価値観も違うのか? 俺ならこんな上司絶対嫌だ。

 けど、手袋に意味がない? 意味がないならなんでガルツァはくれたんだろ。否定しなかったんだから、多分今紅茶飲みながらはめっぱなしの手袋(外せよ)は『あの』手袋ってことだろ?


「――お前をローデンに連れて行く理由だが、ライル殿の助言があったからだ」

「……ライル?」


 手袋について突っ込もうとしていた俺に、ゼメキスはまた淡々と起伏なく言葉を紡ぐ。コイツ、絶対説明ベタ。家庭教師のバイトとか出来ないタイプだぞ、大体一人で勝手に話し出すな! こっちの話も聞けーっ。そう叫びたかったけど、まさかライルの名前が出てくるとは思わなかったから大人しく話を聞くことにした。それにローデンに行く理由の方が、俺にとっちゃ切実だ。


「今、ローデンに起こっている災いを鎮めるのにはお前が最適だと」

「…………災い?」


 オウム返しになったのに他意なんかない。ただ、焼き菓子をいっぺんに口に放り込み過ぎてうまく喋れなかっただけっつーか。なんで、紅茶を自分で注いで別のポットに入れてあるお湯で割る。……う、入れ過ぎたかも。ちょっと薄い。

 やっぱ俺ってこういうのに向いてないなぁと思いながら紅茶でさっぱりした口を開く。


「でもさ、俺ってモノ知らずだし、魔術師の方がいいんじゃねぇの? それこそライルとか、ガルツァとか」

「ライル殿がお前を推挙した。どうやら『妖し(あやかし)』は魔術師とは違う系統の力を揮うらしい」


 ということは、最初はライルを頼ったってことかな。そりゃそうだろうな、こんな海のものとも山のものともつかない俺よりは縋りようがあるよ、うん。…しかし、ライルって本当に高名な魔術師だったんだ。シェインの身びいきかと思った時もあったんだけど。


「……なぁ、じゃあ今はどうしてんのその、えーと…アヤカシ? ほったらかしにしてるワケじゃねぇんだろ?」


 俺を連れてくるのにどうして仮にも国の筆頭騎士がワザワザ来たのはわかんねぇけど、災いと言われるほどのモノが暴れてるならこんな旅をしている場合じゃない気がすんだよ。それなら、せめて何らかの手段を講じてるんだろうなって思って聞いてみた。


「宮廷魔術師全員で結界を張っている。…――ライル殿がダルーインからご助力下さっているが、お前が着くまでとの制約付きだ」


 そう告げたゼメキスの声は、心地よいけれど間違いなく今までどおりの平板なものだった。

 なのに、どうして俺にはそれがわかったんだろう。…いいや違う、分かるに決まってる。瞳に浮かぶ煩悶、唇の端が引き締まる、その元が無表情なだけに僅かに動くだけで却って知れちまう。

 そうして、俺はそんなゼメキスの顔を見て―――唐突に、理解した。

 初対面の時に挨拶もそこそこで俺を連れ出したのも、シェインが見えなくなってから馬を走らせまくったのも、船だってきっと急いでて、船を下りてからも陸路を俺の酔いが抜けないほど駆け抜けて野宿までしていたのも。

 助力があってもきっと疲弊している国の魔術師のため、妖しに怯える国の人々のために急いでいたんだと。そうして、今も休まなければもたないと承知の上で少しでも早く向かうことは出来ないかと、きっと思ってる。

 それは俺にとってはあまりにも覚えがある感情。なのに出てきたのは、それと正反対の言葉だった。


「なぁ、もし俺が協力したくないって言ったら、どうすんの」


 沈黙は、驚くほど短かった。まるで、答えを準備してたみたいに。


「別の手段を探す」

「……俺に、無理やりその役目をさせるんじゃねぇんだ?」


 押し出すようにからかうような声を出したつもりだけど、さっきから真っ直ぐに俺を見ていたゼメキスが不意に不思議なほど目元を和らがせたせいで見事に失敗した。


「お前に、無理強いさせるつもりはない。これは、ローデンの問題だ」


 もっともだった。そもそもが俺に関係ないことで起こった出来事で、俺に行く場所がないからって強制させることは出来ないし「怖い」って逃げ出す選択肢だってあるんだ。今まで話さなかったのは、それを危惧していたからかもしれない。そういう意味じゃ、今のゼメキスの発言はズルイ。そもそもローデンの問題だと言うなら、俺を連れてこなくてもいいんだしさ。俺が『最適』ってことは、最適じゃなくても、他にどうにかできる手段があるってことでもあるんだから。

 それでも、……なーんでわかんのかなぁ…それきり沈黙したままのコイツの眼は嘘だって、言ってないんだよな。俺が嫌だって言ったら、アンタは俺を放り出して、本気で次の手段を探しに走るんだろ? それに、俺が拒否したんなら、コイツが次を見つけるまでまたローデンの人に色んな負担が増えるのは間違いねぇ。

 そんなら、答えは決まってる。

 なぁ、ゼメキス。

 国を思って、人を思って動き続けるアンタの気持ちってさ。


「行くよ、アンタの気持ちは、俺にだって分かるから」


 それは、俺にとっては理解できる感情なんだ。

大変お待たせいたしました(平伏)。

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