ガルツァ02
若干の残酷表現があります。苦手な方はご注意下さい。
「あ、出来なかったから」
相手から指定された期日時刻、場所にしっかりと到着、そして報告。それは信条にしないとねぇ。内容も結論からズバッと言うのは僕なりの誠意なんだけど、あんまり伝わった例がない。不思議だよねー。
「……な、何故だ! 対価にはきちんと応じた筈!」
呆然としてから慌てて詰め寄ってくる依頼者の中年男。この間と違って丸っきりの素で、魔術師である僕に詰め寄ってくる。それがなーんか、妙に必死に見えてくるのは気のせいじゃないよねぇ。やっぱり、ここで―――今居るのは前と同じヴァタール帝国にある魔術師の召喚所だけど―――こそこそ話してた不快な魔術師と関係あるんだろうな。普通、弟子は師匠の命令は絶対遂行だし。
そもそも、妙に時期が一緒だった上、僕みたいな、一般的には『安い』対価の魔術師ってそうそういないし、しかも指示が同じ『人攫い』じゃあ…ねぇ? 偶然の一致だって主張する方が難しいよ。まぁ、その師匠と弟子が同じ召喚所を使ってるっていうのが、後ろ暗いコトをする割には迂闊だなぁって思うけど。
「だって、『命令』されちゃったんだもん」
「―――貴様、いや、貴殿は命令されれば誰にでも従うのか!?」
あっけらかんと言った僕に、中年男は今度こそ絶句した後にそう叫んだ。呼び方に本音が透けてるぞ、って突っ込むのは優しい僕は止めておく。
それよりも、あんまりこの人魔術師の常識に詳しくないんだなぁって実感。本当に普通の庶民なら当たり前なのかもしれないけど、この男の裏にいる(と決めつけちゃうけど)あの魔術師の底もしれたもんだなぁって思わずにいられない。
師匠が弟子の鑑なら、師匠を鑑とした弟子もまた、師匠の鏡…指導の成果みたいなものだよね? この男が魔術師の常識も知らないのって、それだけこの男へのぞんざいな扱いが透けて見えるって感じ。
面倒だなー、このまま消えてもいいんだけどなー。ロイスにお仕事は丁寧にって言われてるしなぁ。とはいえ、こんな後始末までするんなら追加料金でも欲しいかも。別にお金とってないけど。
「あのねぇ、ローデンの軍艦から人攫えって言ってる割に調べが足りないよね。―――あ、船体やら旗にあそこの紋章翻ってたんだから、『ローデンなんかじゃない』って言い訳しないでね。
…あそこって特殊でさ、五英雄の血筋が残ってる唯一の国なんだよ。そのせいもあって昔からの盟約として、あそこの筆頭騎士は僕たち色位の魔術師に『命令』することが出来るんだよね。それは彼らに不利な『契約』の破棄も可能っていうことくらい、僕らを使役出来るってコトなんだけど」
最初笑顔で牽制してから、とりあえずざっくりと枝葉削り取って大本だけ説明して「わかった?」と顔を覗き込む。
「しかも、ここのところ……というか、殆ど全部ローデンでこき使われてる色位の魔術師って僕で、その僕にローデンの船から人を攫えっていうのは、前提条件がちょっと無茶だよね。こーんな風に失敗しちゃうの目に見えてるし? まあ、筆頭騎士が居ないと踏んだのかもしれないけど」
これ見よがしに、何も持ってない腕を広げて失敗したのだと見せつける。実際は『命令』なんかされちゃいないけどね。でもまぁ、ゼメキスの手の甲さえ確認出来なければ問題はないし。
そういえば、あの子は何者だったのかなぁ。明らかに『気』が異質だったし、あの僕を弾いた力興味あるな。
「あ。ということだから、『契約』は破棄されたけどこっちに不備はないから対価の回収は効かないからね」
そんなことを考えながらも、説明終了とばかりに術陣に移動しかけていた僕がふと気まぐれを起こしたのは、男が足元に縋りついてきたせいじゃなく(そんなことよくあるし)、その蒼白になって小刻みに震えている様子だった。
「どうか! どうかもう一度お願いします! このままでは私は『紅』様に……!!」
今までとは打って変わって必死だった中年男。けど、全てを言い終える前に言葉を失くした。
言葉っていうか命を失くした。
聞こえたのは、耳障りな意味をなさない絶叫。浴びたのは真っ赤な、この男の命の源。
―――おや。なるほど、この男は捨て駒だったのか。それじゃあ、何にも知らされてなくて当然か。ごめんね。
一歩後ろに退いて、もう息をしていない男を見下ろし納得。小首を傾げてちょこっとだけ心の中で謝罪。それからこの男の身体を、恐らくは予め掛けていたんだろう風刃で切り裂いた当人が転移の術陣から現れる気配を感じれば、振り向いて文句をつけてみた。
「ちょっとー。僕の服血まみれにしないでくれる?」
「これは失礼を致しました」
術陣から空間を渡って姿を現したのは、見事に赤い髪をした魔術師。『紅』……ね。顔は悪くないのかもしれないけど、そののっぺり具合が爬虫類を連想させて僕にはやな感じ。あ、本物の爬虫類は嫌いじゃないんだけどね。それが人から連想されるとどうにもこうにも肌に合わないんだ、昔っから。
「ですが、『紫紺のガルツァ』様ならば結界も即座に張れると思ったものですから」
「なーに、自分の不手際を僕のせいにするワケ? じゃ、その不躾な発言はこれで帳消しにしてあげるよ」
床に横たわっていた物言わぬ男の身体の上に手を緩く翳す。短く整えた呼気一つ、すぐ近くにいる紅男に手出しをさせる間は置かない。まぁ、僕がこんなに無造作に術が使えるとは思ってなかったみたいで、あっさりと邪魔なく物言わない身体は視界から消えた。
紅の魔術師が驚いたような表情をしたのは一瞬で、そんなに動揺した様子もなかった。それくらいは予想の範囲内ってコトかな。
「あの男からは何も出はしませんよ。何も知らぬただの小金持ちです」
「それを判断するのは君じゃないよ」
もう死体はないとはいえ、血なまぐさい匂いがこもってる部屋の中でなーに穏やかな顔してるんだろうかね、この男。とはいえ、僕の返事だって似たような調子ではあったけど。
「どうでしょう、新たに私と『契約』していただけませんか」
「ローデンへの干渉は僕には不向きだと思うけど?」
いかにも食わせ物っぽい取り繕ったの見え見えの笑顔には、眉一つあげただけ。
「『命令』が出来るのは一度と聞きますが? それを抜きにしても、紫紺のガルツァ様とは手を結びたいのですよ、対価ならば今度は私が応じます故」
「『契約』を盾に飼い殺しにでもする気かなー。…あのね、君も調査不足。確かに僕の対価は『僕のロイスを利用しないコト』。それを誓えるのであれば誰にでも結べるモノではあるけど」
血まみれの姿を晒すように胸をはり、ニッと笑う。
「僕のロイスと、人殺しをするような輩とは『契約』しないって約束してるんだよね」
それ以降、僕の手は一切死んだ血にまみれたことはない。僕自身は人の死に何の感慨も持たないけど、ロイスが哀しむことをするつもりは一切ないんだから。
理解が遅れたような表情の紅の魔術師にもう興味はなくて、僕は彼が乗ったままの術陣を無視してそのまま転移した。




