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 ふ、と眼が覚めた。

 ぼーっとした頭で、瞼をこすろうと掌をあげ――ようとしたけどヤケに重たい。

 何気に視線をそっちに落としたら、手が何かを掴んでた。

 何かっていうか、ダークグレーの布地っぽいもの……つーかぶっちゃけて言えば服の袖な感じ。

 ……―――って、はい?


「起きたか」


 眠気も吹っ飛んだ俺の、遥か頭上から声が降ってくる。反射的に仰ぎ見ると、隣に無口米俵男が立ってた。隣に…そう、ベッドの側に。俺が袖を掴んだまま。

 …………なんでこうなってんの?


「混乱中か」


 見透かしたような声にカチンときて口を開けようとしたその時…なんか妙な既視感が。なーんか、今やろうとした感じで怒鳴ったことがついさっきあったような……。

 寝る前のことがようやくフラッシュバックしてくる。こいつの何処だかわかんなかったけど引っ掴んで、「めまいが治るまで待ってろ」って言ったんだっけ。……なのに、そのまま俺はすっかり寝こけてしまったと。どれくらい時間がたったかわかんねぇけど、気分が結構すっきりしてるから10分20分、なんて時間じゃないってことは何となく分かる。けど、ゼメキスは袖を掴まれた状態のままで俺の隣に立ってた。

 つ、つまりひょっとして。


「えーと……俺の言葉にバカ正直に待ってたワケ…?」


 ゼメキスは無言だった。…多分それは否定じゃないってことだよな。しかも部屋には椅子もあるんだからせめて座ってりゃいいのに、でくのぼうみたいに立ったまんまで。あーもー…何処ノ忠犬デスカアンタハ。いや、忠義を尽くされる覚えは欠片もねぇけど。


「慣れてるからな」

「それはこんな無体な状況に? それとも立ちっぱなしに?」

「両方だ」

「……わーるかったな」


 思わず眉間を寄せて睨み上げると、「いや」なんて短い否定の言葉だけ言って無口男は窓際にあるテーブルに大股で歩いてく。一挙手一投足が優雅なネレイドほどじゃないけど、雑な動作には見えないんだよなー。……米俵扱いいっつもされてる身としちゃ、イマイチ納得できねぇが。


「起きられるなら来い。食事が来てる」


 テーブルに視線を向けると、パンと一緒に何枚か皿が置いてある。寝たせいか食欲もちっと出てきたみてぇだし、食べないと持たないよな、と俺は一回頷いてベッドから降りてそっちに向かう。…うん、もうめまいはしない感じだ。ま、元々さっきのもこの目の前の男のせいみたいなもんだけどさ。


「いっただっきまーす」


 手を合わせて挨拶してから料理を食べ始める。ラッキーにもこの習慣はこの世界でも通用してるんだ、じゃないと俺ちょっと息苦しかったかも。いや、いきなりずーっとお祈りとかされたらしんどいし、挨拶も何もなしにいきなり食べ始めるってだらだらっぽいじゃん。こう、始めと終わりは短くきちっとしてないとさ。

 そう思いながら今日の料理を眺める。歯ごたえのあるどっしりとしたパンと、豆と野菜を煮込んだスープ。それに川魚を揚げたのだ。これ、この地方の特産らしくてよく出るんだよ。

 そうそう、食事に関しても助かってるっちゃ助かってるんだ。いや、三食タダで食わしてもらってるんだからありがたいのは勿論だけど、そう、その『三食食べる』って習慣にしたって一緒だったしさ、出される料理だって桜花(おうか)に近いのもあったし、見たことないものも多かったけどそれはそれで美味しかった。うん、俺って、この世界の人と味覚は同じだなって感じたもん。それって大事じゃねぇ? 海外旅行じゃないんだから、梅干持参ってワケにもいかねぇしさ。

 …しかし、うーん、揚げ魚は食べられるかなぁ……。胃の調子と相談しよう。しかし、目の前のゼメキスは手を合わせる挨拶だけはやったけど、後は無言で食べ進めてる。おい、お前には食事を楽しもうっていう気持ちはないのか。




「……何を聞きたい」


 食後の余韻も何もなく、なぜか俺にお茶を淹れさせてから(味の保障は一切しねぇからな!)ゼメキスはそう切り出してきた。それまで「お茶」以外一切無言だよ。気詰まりしないで結局完食したのが我ながら不思議な食事風景だったよ。えーい、お前は「風呂・メシ・寝る」しか言わない何処のダメ亭主だ! ……ちょっとまて、その流れだと俺が嫁になってしまう。今のナシだ、ナシ。

 ていうか、あれ。


「なぁ、アンタって嫁いんの」

「―――何だそれは」

「嫁、妻、伴侶、奥さん。家の中のことしてニコニコしながらアンタの帰りをご飯作って待っててくれる人」


 こんなヤツについていける女性っていんのかなぁ、と思考の流れでつるっとしてしまった質問に、憮然とした表情でゼメキスが答えたもんだから嫁って言葉はないのかと思って畳み掛けるようにして似たような言葉を挙げてみる。


「家を取り仕切ってる執事ならいるが」

「……なぁ、それ天然? それともワザとボケてる?」

「聞きたいことはそれだけか」


 明らかにずれてることを真顔のまま言うもんだから脱力しながら尋ねると、無口男にはそれには答えずに食器を重ね始める。おい、ワザとボケたんなら全然笑えねーぞ。


「ちっげぇよ! …あのなぁ、どうして俺がローデンに連れてかれるかっ、て…―――」


 壁際に立てかけてあったトレイをテーブルに置き、食器を乗せるゼメキスに尋ねようとした声が、途中で止まる。その手には、今はめた白い手袋。…ネレイドに渡しておいた、ガルツァから貰ったそれが、脳裏に浮かぶ。


「ライル殿から聞いてないのか」

「……ああ、うん。なぁ、それってあの時の手袋?」


 ゼメキスが何か言ったけど、視線が手袋に行っていた俺は生返事して質問を重ねる。それが『サービス』って言ってた白手袋なら何がどうサービスなんだろか、魔法とかかかってたりすんのかな。俺の視線に気づいたのか、ゼメキスは視線を手袋に向けてからヤツには珍しく露骨に深々とため息をついた。


「なんだよ」

「何も聞いてない割に呑気だな」

「…って、言ってないのはそっちだろうが!」


 何だその呆れたようなため息は! 理不尽に連れてきたのはそっちだろっ!

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