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シェイン01

 今日も、ざわざわするけどとってもいいお天気。

 どうせライルもいないし、この際だ、今日は目一杯掃除洗濯しようと思って敷布まで寝台から引き剥がしてじゃぶじゃぶと洗ってた。腕と腰が痛くなるけど、キレイになっていくのを見るとその疲れも飛ぶような気がするんだ。…正確に言えば、それにライルが気づいてくれれば、だけど。…まあ、そしてあまり気づいてはくれなかったりもするんだけど(寧ろ気づいても何も言わない、かな)、それでも家の中が清潔であるのにこしたことないよね。


「おー、元気にしてたかシェイン」


 こっそりと自分を励ましながら絞った洗濯物を干していた僕に、快活そのものの声がかかる。幾度か瞬きをしながら声のした方角を見れば、片手を上げながら近づいてきたのはメオラ姉様だった。


「姉様。………えーと…お久しぶりです?」


 慌てて立ち上がり、前掛けで手を拭きながら僕の倍くらい大きな姉様を出迎えるけれど、どうも語尾が妙な感じになってしまう。この数十年、姉様がここに来るなんて『お祝いの日』…ライルの誕生日くらいしかなくて、前回の半年くらい前のにもちゃんと来てたから、酷く驚いたのもあった。


「……エスルさんと、何かあったんですか?」


 そういえば、一度だけこの女傑とも言われる姉様がやはり習慣を破ってこの島に里帰りをしたことを思い出して、その理由であった女性のことを聞いてみる。


「エスル? 相変わらず所かまわずいちゃついては怒られてるぞ。親愛の情を示しているのにつれないと思わないか、シェイン。まあ、真っ赤な顔をして噛み付いてくるところが愛らしくてしょうがないんだが」

「……相変わらずですね……」


 年に一度しか会わなくてもまるで変わらないその開けっぴろげさを始め、何処に突っ込んでいいのかわからなくて、そうぼそぼそと答えるしか僕に残された道はなかった。




「父上は何処に?」


 姉様に洗濯物を干してもらう代わりに簡単な軽食を準備して、少し早めの休憩時間。窓から外を眺めれば真っ白な洗濯物が風を受けて大きくはらんで、本で見た帆船のようにも見える。きっと乾くのも早いだろうな。

 そんなことを思っていると、褒めながらパンケーキを食べていた姉様がやっと人心地がついたのか二杯目のお茶を飲み終えてから改めて口を開いた。


「ライルでしたら『庵』からまだ帰ってきてませんけど」

「庵というと……『地脈の庵』か? いつからだ?」

「昨日からです」


 姉様の質問に僕は正直に答えた。姉様は傭兵をやっていて色んな国の思惑にも時には従わなければならない(度が過ぎれば断ることも多々あるけど)から、本当ならばライルの立場上教えられることは極限られるけど、でも姉様は身内の欲目を抜いても信頼出来る人だし、まして『地脈の庵』はライル達四大魔術師以外は入ることはおろか場所さえ知らされないから(だから僕も大まかな場所しか感じ取れない)、絶対的に身は守られる。

 そんな僕の答えに、姉様の表情が急に険しくなった。身を帯びる剣呑といってもいい空気に、僕の胸のざわざわは否が応にも増してくる。


「…何があったんですか?」

「『白』の地が荒れている」


 きょとんとした。それは大事かもしれないけれど、姉様がこれほど表情を険しくする理由が―――少なくとも僕の言葉を聞いてそうなった理由が分からない。


「私が色んな戦場に出向いているのは知っているだろう。最近、白の領域での戦闘が多すぎるんだ。まだイスリーゼが安定していないのかも思ったが、あの子が『白』を継いでから結構な年月がたっている。継承による不安定など今更ありえまい。……なのに、この十日ほどの気の乱れはおかしい。まるで『白』が不在なのかと思う程だ」

「まさか」

「『庵』に行ったのならばまだ分かる。それにしては気が乱れてはいるが、まだ説明はつく。しかし父上が『庵』に行ったのがつい昨日というのならば、日数があまりにも合わず戦場では人が死に続けている。妹が十日もなにをしているのか父上ならば存じているのかもしれないが、『地脈の庵』に居るのならば連絡のつけようがない。…いや、そこにイスリーゼがいるという保証があればまだいい」

「メオラ姉様」


 姉様の言葉が、脳髄に浸透するのに時間がかかる。まるで、理解することを拒否するかのように。姉様は、僕の顔を見ながらもしゃべり続ける。


「『地脈の庵』は特殊な場所と聞く。それ故に四大魔術師の会合場所であり、単独で赴く地ではないのだと。ならばイスリーゼは、会合よりも以前に何故自分の領域から姿を消したのか、―――いや、そもそも父上達は何故会合を持ったのか。ひょっとすると……イスリーゼを喪い、新たな『白』を選定しているのではないか」

「そんな! そんなことはありえません!」


 僕の発してしまった悲鳴のような声に、「そうだろうとは思う」と姉様は頷く。けれど、そんなあっさりと言われることじゃないのに!

 ライルやイスリーゼ姉様達四大魔術師は、普通の魔術師とは違ってこの世界そのものとも言える存在。四分割された自分の領域をその魔力で満たし、支えている。姉様達に何かがあればその領域が揺らぎ、それは世界の崩壊にも直結するのに、絶対あってはならないことなのに可能性とはいえそんなことを口にするだなんて。

 ああ、でも。でも。なら何で僕の胸はこんなにざわざわしているんだろう。

 今朝から空元気を出さなければいけないほど、何がこんなに不安なんだろう?

 僕の顔は蒼白になっていたんだろう、メオラ姉様の表情が労わるような柔らかいものに変わった。


「いやまあ、斥候代わりというか、ちょっと気を回しただけなんだ。やっぱり似合わない役回りだったな」

「……いいえ、ありがとうございました」


 予想したくもない姉妹の死を大胆に呟きながらも、矛盾なく『弟』に優しい視線を向けてくれる姉様に首を振る。その視線が、今は少し歯がゆい。

 僕の外見は成長が遅い。成年になってから成長が止まった姉様達に比べても、まだ遅々として子供のまま。それでも僕はライルの弟子であり、育てられたものであり、やがては彼を継ぐ者なのだ。ライルがいつ帰るか分からない以上、僕は僕に出来ることをするべきだと、そう思う。

 ダルーインを出たことがないから不安がないと言えばうそになるけれど、そんなことを言っている場合じゃないのもきっと確かだから。


「姉様、お願いがあるんです」


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