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 ちょっ、

 ちょっ、

 ちょっとまてーーーーーーっっっ!!!

 さっきまで、すっきりと晴れた青空だった。白い雲がぽっかりくっきりと浮かんでたし、海との境目だって曖昧なくらいで。

 なのに、なんだこの状況!

 一度の雷鳴の後急に空がかき曇って、凪いでいた波が嘘のように荒れ始めたんだよ。何だこれっ! 船がゆれっ、ゆれっ。


「トシオ、部屋に戻っていただけますか」


 急に荒れ始めた海、小刻みに揺れる船。今までの柔らかさが嘘のように引き締められた表情のネレイドから、そんなことを言われた。その、断固とした強さに俺は頷くことで返事に代える。

 ネレイドは俺と一緒に部屋に戻ろうとしたけど、俺から断った。突然のコトでみんなバタバタと動き回ってたし、部屋への行き方なら分かるし。俺の主張を聞いた彼は、「気をつけて」と何度も言ってから離れ、船上の各人に指揮を始める(俺ってそんなに危なっかしい?)。

 …艦長のアイツも何処からか出てきて檄を飛ばしてるっぽい。何言ってんのかわかんねぇけど、声が結構通るから、アイツのだってのは分かる。

 慌しくなる船上の人の動き、けどそれを嘲笑うように乱発する雷に続いて滝のような雨まで降ってきた。

 ……これって何かのイジメ? 何なんだよこの運のなさはさー。雷なんて船に落ちたらただじゃすまねぇぞ。今んところみんな海に落ちてるからまだいいけど、船って避雷針とかってあんのかな。

 独りごちつつ、びしょぬれになりながら邪魔にならないよう揺れる船の手すりに掴まってゆっくり船室に向かって移動する。体が冷たくなるから出来れば急ぎたいんだけど、揺れてるからまず無理。濡れてるから滑るし雷が始終鳴ってればあんまり急ぐのもなんだか自分に落ちそうで怖い。それに、揺れが酷くなってるからまた船酔いが来そうだし。そういう意味では一人でマイペースに動ける方がいいかも、なんて思っていたら。


「うわっ」


 いきなり腕を引っ張られてつんのめる。つーかこけるこけるこけるっ。

 って、あれ、痛くない。ちょっとばかり硬い感触はするけど…て、何だ支えられてんのか俺。お互いずぶ濡れなのに、支えてる人の体温は俺に比べると随分と高くて、ちっとあったかい、とか思った。


「何をしている。早く戻れ」

「って、お前かーーーーっ、戻ってたのを邪魔してんのはお前だっ!!!」


 反射的に叫んだ。煩そうに眉を顰めてコイツは心ならずも腕の中にいる俺を見下ろしてる(お前がでかすぎるんだ!)。そう、いつの間にやってきたのか、コイツ、無口男ゼメキスが俺を支えてやがったんだ。……あれ、支えてくれたのはありがたいのか? いや、そもそも転びそうになったのはコイツのせいだろう。そう思いながら体勢を立て直し、にらみながら離れる。


「いいから戻れ。来る」

「お前なぁ、もう少しまともに言葉の使い方ってもんを…って、何が来るって?」


 雷雨ならもう物凄い勢いで来てるだろうが。


「―――僕のことじゃないかな?」


 無口男に問いただそうとした俺に、背後から呑気そうな声がかかった。誰だろうと振り返ろうとしたけど、アイツが僅かに顔色を変えて俺の腕にもう一度手を伸ばす。

 けど、それは一瞬遅かった。


「うわわわわわっ!」


 ひゅん。

 そんな軽やかな擬音がぴったりするくらい、俺は腕を引っ張られて呆気なく宙に浮いていた。




 …………えーと、俺ってば今、拉致られてる?

 っていうか、この世界の人間って生身で空を飛べんの? 翼とかは全然見えないんだけど。


「トシオ!?」

「……宙に浮いてる!?」

「どうなってるんだ、船の制御がっ」

「…アイツだ、見てみろ……ガルツァだ、アイツの仕業だ!」

「ガルツァって―――し、紫紺のガルツァ!?」


 雨に叩きつけられながらも切れ切れに船上の声が聞こえる。最初に届いたのはネレイドの、かな。…やっぱ、宙に浮いてる人間ってのは、この世界でも珍しいもんなんだ。

 けどそんなことより引っ張られてる腕が痛ぇ、全体重を腕一本で支えてるんだから当然なんだけど。


「はぁい、ゼメキス久しぶり、元気だったかな? …初めまして、僕はガルツァ。君、このままだと腕抜けちゃうから僕にしがみついてくれる? 痛い思いしたくないでしょ?」


 前半をアイツ、後半を俺に向かって話しかけられて、俺は何となく毒気を抜かれてそのまま言う通りに支えてもらいながらその人――ガルツァ?――の腰にしがみついた。そうしたら「もうちょっと上がいいかなぁ」とか言われて肩と胸から腕を回す感じに移動。背中を腕一本この人に回されてより安定した感じ。…初対面の人に何密着してんだ俺。まぁ、相手が女の子じゃないのはここまでくっついてれば分かる。男でつまらないと思うべきか、セクハラとか面倒なことにならないから男で良かったというべきか。…あれ、俺が今攫われてるんだからセクハラどころじゃねぇか?

 現実感がないんだろう、かなりずれたコトを考えながら、密着した状態の相手をこそっと覗いてみる。…紫紺のガルツァ……だっけ? そう言われる理由はこれなのかなぁって思うほど見事な紫色の髪。暗めだから『紫紺』なんだろな。まず間違いなく桜花(あっち)じゃ「染めてる」って言われるだろう、自然じゃありえない色。この雨の中、俺の頬や腕をくすぐるほど長い髪は濡れてるどころかしけった感じもないサラサラしてて、その髪に縁どられた顔は、ちょっとだけ垂れてる二重のキレイな目と悪戯っぽい笑みが印象的だった。


「離せ」

「やだなぁ、ここでこの子離したら濡れた挙句ぐっしゃりだよ? 大切な『お客様』なんでしょう?」


 ぐっしゃりって……潰れたトマト状態だろうなぁ、間違いなく。まぁ、実際はそうならないと思うけど。俺、『壁』は意識的に出せるし、それになんというか…俺を抱きながらアイツに話しかけるガルツァは、俺が知っている『物騒な連中』とは間違いなく違っていたから。本気で物騒な連中と接してると、そういうことするかどうかって肌で感じるもんだよ。うん。


「お前の戯れに付き合ってる暇はない。雷も止めろ」


 なんというか、アイツの返事も素気無いよなぁ。って、雷止めろって…なに、そんなことまで出来ちまうワケ!?

 信じられない思いで周囲を見渡す。雨はやや小降りになってたけど、時折響く雷鳴は変わりない。けど…―――ああ、なるほどそうか。その事実を目の当たりにしながらも信じられない思いで俺は嘆息する。

 雲が、この船の上にしかない。周囲の空はさっきまでと同じ、眩しいくらいの晴天だったんだ。自然というには、あまりに局地的な雷雨。


「んー、でも僕『契約』しちゃってるからねー。このままだと連れてっちゃうよ?」


 カラカラと笑うガルツァの言葉に、アイツの表情が変わった。

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