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ガルツァ01


 『青海(せいかい)を航行中の艦船レンディルからとある人物を攫うこと。』


 その依頼内容を聞いた時、とりあえず了解、と頷いておいた。相手が示した対価は僕が常日頃要求しているものだから、それが得られるのであれば断る理由はない。精一杯偉ぶってはいても隠しようもないびくついた態度や、こちらへ蔑むような思惟を抱いていたのも『契約』を終えた去り際の視線の欠片だけで分かったけど、正直に言えばどうでもよい。

 よい、ん、だけ、ど。

 おうちに帰りたいなぁ、とか、ちょっとだけ思った。ああいう卑俗な顔を見続けていると、ロイスの穏やかな空気に触れたくなる。依頼を引き受けてしまったからそうはいかないし、すぐにでも転移しとくべきなんだろうね。艦船の位置まで指示されてるんだから。

 でも、依頼を始める前に家に寄るっていうことも、ただの人間やちょっとした程度の魔術師には不可能でも僕には息をするくらいにたやすいんだよねぇ…悩むくらいなら顔を見てった方がいい気もするけど、ロイスの顔を見ちゃったらそのまま依頼も放り出して二人でまったりしそうだもんなぁ…だから、やっぱり自重しかないか。

 そして、控えてしまうからこそ、余計に会いたくもなるから感情というものは不思議だなと思う。それこそ、幼子だった頃から彼をずっと知っているのに。

 せめて気分転換に一服してからにしよう、とお茶を淹れることにした。

 ここは二人で暮らしてるダルーイン諸島の小島じゃない、ヴァタール帝国にある魔術師の召喚所だけど、召喚の魔方陣が描かれている部屋以外に休憩する部屋くらいはある。ある程度の大国には召還所が備えられてて、そこで魔術師を召還するのが脛に傷持つ一般人の手順だから、この場所を作って維持しているのはその国自体。でも、僕ら魔術師も私物くらいは好きに置いちゃってるんだよね。だからこの、体裁としては外見からは普通の民家にしか見えない召還所にも、みんなお茶とか薬草とか『いろんな』燻製とか他の人に使われても害のない程度のものを置いていて、僕はお茶にしてた。ロイスが調合して焙煎しているこのお茶は本当に僕の好みでおいしかったから、他のみんなにも飲ませてもいいかなって。

 でも、僕がロイスに関して譲れるのはそこだけ。後は何にもわけたげない、それは昔から決めていること。それを聞くとあの子は決まって哀しそうな顔をするから言わないことにしてるけど、間違っても鈍い子じゃないから勘付いてはいるのだろうな、と思う。


「僕って本当に……ロイスのことばっかり」


 一端流れ出した思考は堰を切った奔流のように僕を彼の方にたやすく押し流す。逢いたい、顔が見たい、話したい、触れたい、あの空気に包まれたい。

 『やっぱり一瞬だけ帰ろうかなぁ』って思った時、隣の召還の間で気が不用意に乱れたのに気づいた。乱れたというか、揺れた感じ。新たな魔術師が空間を跳んで来た証だ。僕がぼけっとしていた間に誰かが召還所に入ってきて魔術師を召還したのかと考えたけど、それほど広くないこの家の扉が開けばさすがに僕だって分かるだろう。だから誰かが外から入ってきたっていうのはない筈。

 ということは、この気の揺らぎは…ワザワザこの場所に魔術師が自分でやってきたってことだろうなぁ。こんな場所に魔術師が一人で来るとは思えないし、となるともう少しで相手がやってくる。で、お互いに「日のあたるまっとうな場所」を避けたワケだからあんまりいい話はしないんだろうな。

 そう思いはするけどささやかな食卓にお茶を淹れて、他の誰かの持ち込んだ焼き菓子を勝手に貰って一人のんびりと寛いでいた。勿論、こちらを認識出来ないよう部屋に結界を張っておくのは当たり前。でも、ロイスを思ってしんみりしていた気分が台無しにされちゃったんだから、あっちの話を聞く権利は当然ある。だから、やっぱり予想通りにやってきたもう一人の人物との声だけこっちに流して聞き取りながらお茶を続けることにした。


「『アレ』はまだ見つからんのか」

「逃げたのならば直ぐに見つけ出せると思いますがね…。『アレ』はこの世の者ではないから、この世で生き抜く(すべ)など知らない筈」


 聞こえてきたのは陰気そうなひくーくてくらーい声。結構人間としては年配の、あんまり友達にはなりたくない感じだな。それに応対している声は若い落ち着いた感じではあった。僕としては何の魅力も感じないけど。ロイスは声すらも素敵なのにね。


「しかし、見つからないではないか! お前には分かってるのか、『アレ』がもし他人の手に落ちれば我々の計画は丸つぶれだ! それどころか我々こそが駆逐されてしまうのかもしれないんだぞ!」

「落ち着いて下さいよ、草の臣。何事も急いてはいけない。しかし、『アレ』が自力で逃げ延びたとは考えにくい。誰かの助けを得られたか、それともかどわかされたか…」


 陰気声が何だか激昂してて、それを穏やか声が諭してるっぽい感じ。…んー……『草』? それって、あの教団の隠語じゃなかったっけ。あの哀れで鬱陶しい魔神エウロを崇拝しているエウレシア教団。しかも、民じゃなく臣ってことはそれなりに高い地位についているってことかな。あー、あんなの崇拝してるだけあって、あの教団って本当暗くて近づきたくないんだよなぁ、もう声消した方がいいかなぁ。

 迷ってる間に、会話は続いてく。


「かどわか……!!」

「声が大きい。既に手は打っておきました。『餌』になりそうなモノがいます」


 陰気声が絶叫しそうになるのを、穏やか声がさすがにうんざりしそうな感じで止めてる。ま、それは同感。僕だってげんなりだもんね。声、もう少し小さくしようかなってくらいだもの。


「我々が動いているのを悟られぬよう、『彼』に『餌』の奪取を目的に契約しました」

「大丈夫なのか?」

「『彼』は対価こそ大したものではありませんがその力は今の私よりも上、仕損じることはありますまい」


 穏やかな声が、殊更柔らかくなって陰気声に語る。それでうまく陰気声を懐柔しようっていうんだろうし、実際うまくいって納得したような声を出してその後何かまた打ち合わせてその会合は終了したみたいだった。

 けど。

 ―――とんでもない失態をしたのには、とうとう気づかなかったみたいだね、お二人さん。まぁ、僕の結界の存在にも気づかなかったし、そもそも他に誰か居ようなんて確かめもしなかった程度の人たちだからしょうがないけど。

 僕はあの二人の声に聞き覚えはない、だから相対したことは恐らくないだろう。だからといって僕とあの二人に接点がないワケじゃない。召還所での召還は、誰にでも出来ること……誰かに命じてさせればいいことなのだから。

 そう、間抜けにもあの二人は契約した魔術師である僕を侮辱したのだ。

 僕とした契約との近似、そして対価を軽んじる態度。それだけで、僕にはあの契約者の上に居るのが今ここにいた男なのだとはっきり分かる。僕の対価の意味を考えもしない奴を目先のことだけしか見ていない愚か者だと思いもするが、今は怒りの方が強い。

 『契約』は正当な手続きで対価は先に誓約させている。

 ……だけど、抜け道が何にもないワケ、ないんだけどね?

 じゃあ、さっさと下見にでも行くか。

 僕は結界を解き、青海へと一気に飛んだ。晴れた青空の中、指定された大体の地点を上空から眺めると真新しい艦船が黒海(こっかい)方面に向けて航行してるのが見えた。頑張って速度を上げてるんだろうなっていうのが分かる。上から見ると、あんま実感はないんだけど。

 よく見るか、と腕で軽く円を描き甲板の光景をそこに映し出せば、立ち働く大勢の中に見知った顔がちらほらと。そして、気が全く違う少年が一人。

 こーりゃ、いいや。

 僕は下見を早々に止めて嬉々として雨の気配を探り、白海(はっかい)上空辺りにあった雷雲を引き寄せた。

 やるなら、派手にやらなくっちゃね?

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