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08


「ネレイドっっ、海だっ!」


 航海三日目、晴天。

 甲板に出られた俺はやたらとはしゃいでいた。いや、だって昨日も結局あの部屋から一歩も出なかったし。出ようとしても「体調が心配ですから」なんて、やんわりネレイドに止められたらやっぱゴリ押しできねぇじゃん? うん、素直に認めよう。俺、例え男だろうと美人には弱いんだ。じゃなきゃ我ながらこの懐きっぷりは説明出来ない。

 あ、でも食事は普通の食べられるようになった。なんでその時にシェインのパンを使ってもらうように頼んでおいしくいただいたりした。…シェインも元気してっかなぁ。さすがに不満をネレイドに言うのもどうかと思うし、こういう時はあのほんわか美少女顔の美少年が恋しくなる。いや、愚痴要員ってワケじゃねぇけど。

 だってさ、部屋変えて欲しいのにネレイドは「艦長室以外はとてもお休みになれません」とか言うし。ならアイツを追い出せーーーってなもんだ。いや、マジに。ベッドは一つしかないんだぜ? 一緒に寝ろってのか?(まっぴらごめんだけどな!!)ま、昨日も一昨日も俺はアイツより先に寝て後に起きてるからどうしてんだかさっぱりだけどさ。

 ちなみに、部屋が一緒なせいで共有してる時間もあるんだけど、アイツは仕事ばっかしてるし俺は歩み寄る気さらっさらないんで、まだひとっことも口きいてない。どんだけ無口なんだか嫌われてんだか微妙。そして俺はどっちでも大いに結構。

 そんな俺の微妙な不機嫌を目の前の海がキレイに吹き飛ばした。俺は色々と作業している人の邪魔にならないようにしながらも、やっぱり興奮して甲板の先、舳先近くまで走って手すりに捕まりながら生まれて初めての海を眺める。何処までも続きそうな青い海、船が切り裂いていく数多の波、白い波頭は光がきらきらあたって眩しいくらいだ。声だって弾むの当たり前。肺一杯に空気を吸い込む。うーん、やっぱしょっぱいんだ。


「トシオ様は、海がとてもお好きなのですね」


 優雅な物腰で殆ど足音を立てずにネレイドが隣にやってくる。その声には僅かに笑みが混じっているような気もしたけど突っ込まないでおこう。肯定されたら恥ずかしいじゃんか。

 つーか寧ろ積極的に突っ込みたいところはそこじゃないし。


「あのさぁ、ネレイド? どうして俺のこと『様付け』で呼ぶワケ?」


 手すりに肘をついて隣の柔和な表情を見上げる。その瞳は少しだけ俺の言葉に不思議そうな色を湛えていたけど、空よりもこの海に近い青だなって、思う。

 てゆかさ、不思議に思うのはこっちじゃん?

 この世界が年功序列か実力主義かわかんねぇけど、どっちにしたって俺を『様付け』で呼ぶのは変だ。ネレイドは明らかに俺より年上だし(聞いてないけど多分、二十歳なんてとっくに過ぎてる)、俺がこの世界のこと何にも知らないってのは昨日めいっぱいにわか教師をさせられたネレイド自身がよくわかってる筈。よーく考えたら、こんな優雅(?)に海見て騒いでる場合じゃなくて色々船の手伝いとかさせられるくらいじゃん? 寧ろ『貴様に名を呼び捨てされる筋合などない』とか言われて切捨てごめんされてもおかしくないっていうか(何のドラマの見すぎだ俺は)。


「今回、トシオ様を無事ローデンまでお連れするのが我々の任務。トシオ様は大切なお客様ですから、『様付け』は当然です。…お気に障りますか?」

「気に障るっつーか……慣れてねぇし。そんな大したもんじゃねぇよ? 普通にしてもらっていいんだけど」


 元々ただの学生なんだし、と続けてひとり大きく頷くと、隣の雰囲気が柔らかくなるのが分かった。


「分かりました。では、『トシオ』と呼ばせていただきますね」

「……別にもっと口調砕けていいのにな」

「元々こういう喋り方なので、出来ればこのままがありがたいのですが」

「そっか。じゃあ、痛み分けってことで」


 何かいい表現ないかなぁって思ってそう言ったらネレイドに本気で笑われちまった。元が整ってるから、本当に華やかな笑顔になるんだよなぁ。見てて得した気分にはなるんだけど、笑われること自体はちっとも嬉しくないぞ。ちぇ。





「海、本当にお好きなんですね」


 暫くして、笑いを収めたネレイドの栗色の髪が海風になびくのを視界の端に入れながら、まだ飽きもせず海を眺めていた俺は彼の言葉に勢いよく頷いた。


「うん、海見たことねーしっ。やっぱ青いんだなー、青っていってもこう、グラデかかってる感じで」


 光がさしてるせいか、奥が白っぽくて手前のほうが緑がかっても見える青。不思議。幾ら見ても飽きないって、確かにあるんだなぁ……そう思いながら海を見てほうっと息をつく。確かに波は波でしかないのかもしれねぇけど、雄大すぎて圧倒されるっていうか見てるだけで癒されるっていうか。そうだよなぁ、人類は海から誕生してんだもんなぁ。……この世界じゃわかんねぇけど。


「ぐらで? …しかしトシオ、海は青ばかりではございませんよ」

「は? だって目の前真っ青じゃん」


 『グラデーション』という単語はこの世界にはねぇのか、それとも略したのがまずかったのかネレイドは不思議そうな声を上げた後、俺にとっては不可思議極まりないことを言う。俺は隣のネレイドに視線を上げて手すりに寄りかかったまま前の青としかいいようがない海を指差した。


「ええ、ですがシュノーゲン大陸が四海(しかい)に囲まれていますからもっと北に向かえば黒い海、東に向かえば白い海、大陸をはさんで向かい側の海は緑の海です」

「はあああ!?」


 何だそのくっきりはっきりの色具合は!!


「港の位置からすると、多分黒い海は見られるんじゃないでしょうか。…トシオは不思議な方ですね」


 不思議なのはこっちの世界だっつーの。

 そう答えようとした刹那、晴天なのに稲光が轟音と共に船の目の前で光った。

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