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ゼメキス03

 ふ…っ、と扉の外の気配に目が覚めた。

 それが誰のものか直ぐに分かって入るよう短く声をかけた後に、確認しておいた時計に視線をやればもう日はとうに昇っている時間だ。決めていた時刻よりも過ぎていることに眉を寄せた。我ながら自律が足りなすぎる。


「ゼメキス様、おはようございます。…寝台でお休みにならなかったのですか」


 入ってきたネレイドの視線は、挨拶もそこそこに使われた形跡のない寝台を通ってこちらに向かってきた。軽い非難が混じっているが黙殺しようとして、それも良くないかと思い返す。昨日、『アレ』を一晩見張っていようとしていた俺を止めて寝るよう勧めたのが彼だ。


「いや、書類を持ち込んで読んでいたらそのまま眠ってしまっていた。助かった」


 つまり、机に肘をついて寝てしまったのだとあっさりばらして感謝の意を示す。…予想通り騎士に似合わぬ端麗とも言える顔を渋らせてしまったが。


「まだ帰国まで日にちはあるのですよ。長時間とはいいません、ですが眠れる時はゆっくりと寝台でお休み下さいませ。然程神経の細いワケではございませんでしょうに」


 事実だから何も言わないが語尾に若干毒が入ってるぞネレイド。…それよりも心配なのはお前の方だ、と少し線が細くなったようにも見える副官への言葉を押し殺した。身体は鍛え上げている筈なのに、彼は不調がすぐ表面に出る。心の中を読ませることはないのに不思議なことだ。


「悪かった。……『アレ』はどうだ」

「仰られた通り、酔いが酷いようです。薬があれば良かったのですが…、体調は今は多少落ち着いているようです」


 片手をあげて軽く降参の姿勢をとり、様子を尋ねればその内容に眉を寄せた。

 基本的に薬の類はあまり安価ではない。勿論、軍艦には常備しているものだが今回の出航は何分にも急過ぎ、新しく建造したばかりの船は準備も十分ではなかった。その上、船酔いする船乗りはまずいないし、船上の任務につく騎士もそうだ。その為客人を乗せる予定がない場合、酔い止めの薬は常備薬を準備する中でも一番後回しにされるのが普通だった。

 しかし、昨日の様子はさすがに酷かった。あまり『アレ』の消耗が激し過ぎては困る、どうにかして薬を手に入れた方がいいな。落ち着いているということに多少安堵しながらも通信紙に酔い止め薬を要望する旨を書きこんでいく。


「一緒に食事を、と乞われました。了承しておきましたが、問題ございませんね?」


 首肯した。付き従う、ということは相手のふところに入りその身辺を探ることと同意。だからこそ、ネレイドも親近感を持たれるよう、常の騎士の正装ではなく一般人になじみ深い平服を着ている。意図を十分承知しているだろうに、それでも尋ねてくるのは『アレ』の立ち位置があまりに不透明だからだろうか。


「『アレ』がどう役に立つのかはわからん。だが…支障がない限り客人として遇する」


 「畏まりました」、と礼をしてネレイドは出て行った。その前に「もう少しお休み下さい」と釘をさされれば微かな苦笑いと共に浅く顎を引く。優秀な副官が自分の船室から出て行けば、間借りしている上官である俺は他にも書きこんだ通信紙を至急と念を押して呼んだ別の配下に命じた後、大人しく彼の寝台を拝借してしばし体を休ませることにした。船の運転に支障はない、何か問題があればここに来るよう配下には周知徹底してある。頭の中で全ての確認を済ませながら、眠りへと落ちていった。





「―――――――――っ!!」


 一瞬、何が起こっているのか分からなかった。それでも経験則で咄嗟に受身を取ったせいで、吹き飛ばされ木に体を打ちつけることになっても大事にはならなくて済んだ。それでも体を貫いた衝撃に声にならず息が詰まって呼吸の仕方を一瞬忘れる。


「うわぁっ、ごめんなさいすんませんっ」


 慌てふためいたような声が少し離れたところから聞こえてくるのを、大きく息を吐き出し下生えに手を付きながら認識する。声……? 俺は今魔法で飛ばされたのか? 考えにくい可能性がそれでも頭を過る。サウムら宮廷魔術師によって対魔法防御をかけられてはいるものの、ここは四大魔術師の長の拠点。無効化された可能性もあるからだ。

 その割に、近寄ってくる足音は、一度止まって間隔が長めになったものの再び止まる様子はない。近づいている…こちらが何を仕掛けても倒せる程身体能力にも自信があるということか? 油断させて羽交い締めにすべきか迷いながらも起き上がるのを選んだのは、耳に届いた先ほどの声が罠というにはあまりに懸命な響きを帯びていたからだろう。

 判断して起き上がった時、俺に近寄ってきた正体と目が合った。


「……誰? あ、じゃなくて本当すんません怪我ないっすか?」


 ―――――銀の、光に包まれた少年だった。眩しくはないやわらかなものではあったが、何故か視線を即座に逸らす。革鎧や脛当てなどにこびりついた下生えの欠片や埃を払いながら、油断無くすぐ側にいる相手の気配を探った。謝罪のつもりなのだろう、驚くほど無防備に頭を下げていたのが空気の流れで分かる。その後、こちらの様子を伺う視線も呆れるほど拙く、ぎこちない。

 ………『コレ』は、なんだ?

 身繕いを手早く済ませた時には既に光は消えていて、そこに残っていたのはあまりに無防備な少年の姿だった。

 くすんだ茶色の髪、象牙色の肌、黒い瞳。少年にしては伸びた身長に、若干細い体躯。そう、黒の魔術師殿から特徴を聞いてはいた。

 だが、聞かなくともきっとわかっただろう。これは、人ではない。少なくとも、シュノーゲンの人間ではありえない。あまりに、均衡がとれてない。『魔法』を使うものに共通する賢しらな雰囲気どころか、こちらを心配するその眼は年相応に幼く純粋にすら見え――― 


「迎えに来た」

「迎え?」


 そんな自分の思考を振り切り、眼下の少年に用件だけ告げる。戸惑った少年が目をみはるが、彼に話は通っていると聞いている今、それ以上は言うつもりはなかった。そうだ、今は何より時間が惜しい。


「ああ。時間がない、行くぞ」

「へっ?」


 これが『災い』を鎮められるものというならば、早急に連れ帰らねば。




 自然に目が覚めた。―――ということは、先刻のは…夢、か。いや、実際起きたことなのだから眠りながら思い返していたのかもしれない。我ながら器用なことだ。つまり、それだけ衝撃的だったのだろう。思い起こせば、少年時代に初めて魔法を目の前で見た時にも興奮してなかなか寝付けなかったものだ。長じてくれば魔法は私にとってあまり手放しで喜べるものではなくなってしまったが、それでも、あの銀の光は……。


「艦長、よろしいですか」


 ノックの後に発せられた配下の声に応える。入ってきた者と航路の確認をしていた時には取り留めのない思考は既に忘れていた。

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