07
部屋にある何だか凝った彫り物がしてあるテーブルについて、揺れる船に少しでも慣れようと同じ方向に身体を揺らしてたら、あんまりたたないウチに美人さん(男だけどな)は戻ってきた。自分の食事が乗ったトレイを持ってても俺とは大違いの優美で落ち着いた物腰で座った彼は、アイツ、ゼメキス(名乗りもしない人間の名前なんか絶対呼ばねぇけど)の副官で、ネレイドと名乗った。
向い合せに座って、ドロドロな見た目に反して甘く味をつけてあるせいか結構うまい乾パンがゆを口にしながら合間にぽつぽつと話をしたんだけど、それが却って良かった気がした。
なんせ俺はシェインからの知識以外本当にこの世界のことなーーーーんも知らなくて、逆に言えば何を聞いていいのかすらも分からないくらい。だから最初の自己紹介以外は、質問を考えながらの会話になるワケで。で、口にモノを入れながら話すのはやっぱ失礼だとも思うワケで。パンがゆを口に入れてゆっくりと咀嚼しながら「えーと、何をどう聞けばいいんだっけ」とかそんなペースだぜ? お互いメシでも食ってなきゃ正直間が持たねぇって(つーか多分ネレイドが痺れをきらしそう)。
まぁ胃も本調子じゃなかったから、それくらいのペースの食事で丁度よかったと思う。
「へ? ここ、アイツの部屋なの?」
そんな会話の中、終わりごろに出てきたのがそんな事実だった。アイツ。全くと言っていいほど口を利かないで人を米俵扱いしやがったある意味略奪者(いや、違うんだろうけど俺ちっとも事情知らねぇんだもんよ。しかし、正直アイツに聞くのも腹が立つ)。
そのアイツの部屋?
「ええ、ゼメキス様の部屋です。何分この艦は速度を重視し、今回の任務の為に食糧の備蓄すら通常より減らしておりまして…勿論、十日程度予定がずれ込んだとしても十分な程度にはありますが。なので艦長室ですらこのような殺風景な有様で申し訳ありません」
困ったようにため息をつきながらでも、パンをちぎる仕草は何か優雅で、俺とは人種が違うよなぁって感じのネレイド。まぁ、顔立ち一つとっても明らかに俺とは人種が違うんだけど。寧ろ言葉が通じるのが不思議だぜ。そう思いながらも柔らかいネレイドの言葉を聞く。シェインといいネレイドといい、俺様系じゃない人の声は心地いいよなぁ。落ち着く、ていうか。
しっかし、じゃあ何で俺この部屋に連れてこられたんだろう。ていうか、はい?
「艦長!?」
アイツが!?
「ええ、筆頭騎士に軍の指揮権が与えられるのがローデン王国の慣例ですから」
ギリギリ、叫んだ時俺は食べ終わっていた。セーフ。じゃなきゃ口から絶対何か出てた、危ない危ない。しかし、何か単語がポロポロ出てきて俺のにわか知識では理解するのも正直難しい。でもまぁ、つまり、アイツは結構偉い軍人ってこと、でいいのかな。……人望なんてありそうにねぇけど。
「ふーん。なぁ、ネレイド。時間まだある? …っていうか、今じゃなくてもいいんだけどさ、俺に色々教えて欲しいんだけどさ、駄目かなぁ」
だから俺は全く木で鼻をくくったようなどうでもいい返事をした後に、聞きながら思っていたことを頼んでみた。正直これからドコに行くのか、どうなるのか、帰れるのかも全くわかんねぇ。でもせめて分かるとこから学んでいった方が漠然と不安に流されるように過ごすよりはよっぽどいいなって、あの家を出て余計にそう思うから。勉強なんか好きじゃねぇけど、この際腹を括るしかねぇっしょ。
…なんて、のんきなこと考えてられたのは、多分今の待遇がそんなに悪くないからだと思うけどさ。こうやって体調が悪ければやわらかいもの出してくれるし、嫌いだから断ったけど頼めば薬も準備してくれたみたいだし。
頼みを彼はすぐに了承してくれた。唯一の条件は「この部屋で」ってことだったけど……ここでそんなことしてアイツに何かいわれねぇかな。不機嫌になったりとか。
ま、どうでもいいか。
その後食事を片付けてから戻ってきたネレイドの説明は分かりやすくて、勉強が苦手な俺でもするすると頭に入った。
んーと、ここ、シュノーゲン大陸の地図ってシェインに見せられた時にも思ったんだけど、翅広げた蝶によく似てる。まあ、蛾でもいいんだけどイメージ的には蝶かな。
胴体部分にあたる陸地と、左右ほぼ均等に広げた翅に見える陸地。それを繋ぐ付け根部分みたいなとこは山岳地帯で、一般人はまず移動は不可能なんだってさ。あと、鱗粉みたいに大陸の周りに点在する幾つもの島。その中でも一番大きい島、ダルーインがライルとシェインが住んでる今まで俺がいた場所で、これからは左側の翅の真ん中辺りにある小さな国、ローデン王国に向かうらしい。ダルーインが地図の西南ぎりぎりの場所のせいか、一番早い船を荷物ぎりぎりに減らしてすっ飛ばしても海流の関係とかもあって、大陸に到着するのに10日くらいかかるんだと。
「げ。じゃあそこからまた馬…っ?」
またあんな内臓ジャンピングな思いをしないとなんねぇのかよ。思いっきりしかめっ面した俺を宥めながらネレイドは首を僅かに振る。彼のちょっとした仕草に即座に反応する栗色の髪は、それだけで装飾品みたいだ、と何となく思った。うん、眼福。
「ダルーインは森の島ですから馬を使いましたが、キマダに到着しましたら街道を通りますから馬車です。馬よりは乗り心地がよろしいかと思いますよ」
キマダ…ああ、大陸の西の部分をそう呼んでんだよな、確か。胸の中でそう復習する。で、その中に北のロウリンド・真ん中のローデン・南のヨハスって三つの国が在るんだっけか。おお、なんか今なら中間でも期末でもドンと来いな気分。
それに、馬じゃないんだ……良かった。心底良かった。
まだ大分先の話だけど、丁寧なネレイドの説明に俺はこの日一番の安堵のため息をこぼして彼に笑われてしまった。




