ゼメキス01
入れる場所に迷いましたが、こちらに差し込みました。人名がサブタイトルにつく場合はその人物視点です。基本は主人公の敏雄視点ですが、01まで出てきません。
新しい艦船の進水式を無事に終え、宿に辿りついたのは夜だった。趣味ではないが立場上しょうがなくそれなりに豪奢な部屋を借り、身に纏っていた派手な筆頭騎士の制服とマントをさっさと脱いで平服に着替え、それでも帯剣だけはしておく。しかし明日は陛下の名代としてヨハス王宮のサロンデール城へと伺候しなければならない、やはり寝酒でも呷って早く眠っておくか。
そんなことを思いながら酒を宿の亭主に頼もうかとしていた時、魔術の気配がして咄嗟に身構える。だがすぐに、それが害のないものであることがわかって力を抜いた。拳大の大きさの淡い橙色をしたゆらめく光が唐突に部屋の空間を照らし、本国の宮廷魔術師サウムの声がしてくる。
「ゼメキス様、こちらにおいででしたか。サロンデール城でお休みされているかと思い、探るのに少々時間がかかりましたぞ」
「それなりの宿でそれなりの部屋はとってある。国の体面を潰すことはないと思うが」
ああいう派手派手しい王宮は好みではない上に、ヨハス王国との仲は現在非常に微妙だ。海軍の強化に力を入れ始めたのは当代陛下からだが、内陸の国であるローデンが軍港を持つということは海に面しているヨハス王国との連携が不可欠。だが、相手からしてみれば我が国の軍に海と陸とで挟まれているのと同じことだ、許可は出ても警戒されている雰囲気は肌で感じ取れるもの。
それに、何処の国にも火種はある、手に入れている情報からして謁見の前にその本拠地に身を置く事は今の時点では得策ではない。勿論、外交上余計な勘繰りをされぬよう、丁重に礼を尽くさねばなるまいが。
そう……何処の国にも火種はあるものだ。短くため息をついてから、光に目線を向ける。その時、部屋をノックする軽い音がした。誰何すれば副官のネレイドの声、光から視線を外し入るよう促した。
「…お酒をお持ちしたのですが…、伝令でございましたか。私は外した方が…?」
「いや、構わん。そうだろう、サウム」
他の国は違うようだが、ローデンの筆頭騎士は軍の統率者であると同時に一国の大臣であり、増して俺はただの軍人として動くこともある。どうしても生じる一部の煩雑な作業の補助をしているのがこのネレイドだ。彼は俺の動向を全て把握しているし彼に聞かせられないことは存在しない。彼には全幅といってよい信頼を預けている。
それを承知しているサウムからも了承の返事を得、ネレイドは手近にあったテーブルに酒器を置き、光を挟んで俺の反対側窓際の方に佇んだ。
「それでサウム。何の用だ、私への愚痴なら後で聞くが」
「と、とんでもございません、一大事なのです!」
確かに、そうでなければ態々越境してまで他国の王都の宿にまで伝令の術は使わないだろう。各国それぞれに結界は張られているのだ、王都となればそれも当然強力になる。酒どころではないかと、酒器に伸ばしかけた手を戻した。
「国王陛下が、何者かに襲われました!」
「―――何だと。玉体はご無事か、不心得者は捕縛したのだろうな」
思ってもみないサウムの言葉に一気にその場が緊張した。ネレイドの息を飲む音が聞こえる。
「陛下は重傷ながらお命に別状はないとのこと。その、何者かなのですが……襲ったのは人型の『妖し』のようで、我らの術が殆ど効かないのでございます、騎士の方々もことごとく打ち倒され、後はゼメキス様に何とかしていただくほかはございません!」
「陛下はご無事なのだな?」
「典医はそのように」
「―――今、それはどうしている」
「我ら全員で結界を張って閉じ込めております、辛うじて持ちこたえておりますが長くは……ゼメキス様、どうかお願いいたします」
それが真実なのだろうと知れる、哀願にも似たサウムの口調。彼らが俺に望むことが容易に知れたが確認の為に再度尋ね、それが悪あがきなのだと心中自嘲した。
「私がここから戻るには急いでも四日はかかる」
「ゼメキス様」
「―――ゼメキス様!」
俺の返事にネレイドからは心配げな、サウムからは悲鳴のような声があがった。
「…では間に合わぬ。私に色位の魔術師を召喚し『命令』を下せということだなサウム」
サウムからの返事はない。それこそが返事だった。それを俺が忌んでいるのを知りつつ望むということは、それだけ逼迫した状況なのだろう。そうでなくば連絡など寄越さない、そんな実直な男なのだ彼は。ローデンの宮廷魔術師は彼を含めて五人。それでギリギリ閉じ込めている状態ならば、確かに色位の……しかも純粋な「色」のみの魔術師でなければ妖しの排除は難しいのだろう。
一度、唇をかんだ。
―――――それならば何故、俺は筆頭騎士などと大きな顔をしていられるのか。
しかしもう打つ手が見つからないのならば、動くしかあるまい。
「騎士のケガはどうだ」
「…気絶や打ち身、骨折など多少の怪我はございますが、こちらも全員命に別状はございません」
「そうか。わかった、『命令』を……」
「待て、ゼメキス」
了承の返事をしようとした瞬間に部屋の扉が勢いよく開けられ、平服を纏った我が国の頭痛の種が入ってきた。気を取られていたとはいえまるで気づかなかったのはこちらの落ち度、さすがに驚いたが経験上恐らく表情筋には出ない。気配を消すのが日々上達されているが、王族にそんな技術は必要ないだろうに。
「――いらしていたのですか、王弟殿下」
「殿下!? いらしているのですかっ」
「……殿下………………」
俺の言葉に王弟殿下がいらしているとは思わなかったのだろうサウムの慌てた声と、殿下の行状に慣れているネレイドのため息交じりの声が重なる。
「聞いていたぞ」
「聞き耳ですか」
「野暮なことはいいっこなしだ。……で、お前たちは今からダルーインに行け」
……俺より三つ年下なだけなのにいやに子供じみた表情の殿下、王族らしからぬ所業に苦言を呈そうとしても何処吹く風といった様子のこの御方には正直閉口させられることもしばしばだが、その唐突な命令にはさすがに声を失った。




