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第8話:この世界へようこそ

 その申し出はあまりにも不思議で、マコはしばらく言葉を発することができなかった。

「父……?母、親?」

「あら、最高の提案じゃない!」

 ジャスティナが嬉しそうに同意する。

「お母さんでも、ママでも、マミーでもいいわ。好きに呼んでちょうだい!」

「こらこら、ジャスティナ。あまり焦らせるものじゃありません」

 軽く諌めたあと、ひと呼吸置いてからヒジリが言った。

「それでも、私たちを両親だと思ってもらえたら、本当に嬉しいと思います」


 目の前の2人をぼんやりと見る。


 ヒジリは50歳前後だろうか、とマコは推測した。笑ったときに目の端に少しだけシワが入る。父親と呼ぶには、少しだけ年齢が高いかもしれない。

 華やかな容姿のジャスティナは、30代くらいに見える。ヒジリとは逆で、母親と呼ぶには少し若い感じがする。

 でも、この2人はとても優しくて、温かい。


 この世界で、ヒジリをお父さん、ジャスティナをお母さんと呼ぶことができるのなら、どんなに幸せだろうか。

 つい、そんなことを思ってしまった。


 さっきまでの人生が嘘みたいだ。

 日本の雑踏ざっとうの片隅で自分は、いなくなることばかり考えていた。

 あとかたもなく消えてしまう妄想にすがっていた。

 ひとりぼっちの境遇に、絶望していた。


(もし、これからああいうことを考えなくて済むのなら)


 自分は東京の片隅から消え失せてしまった。

 嫌な人生から解放されたのだ。


(私がこの申し出を受けたなら)


 自分が望みさえすれば、ひとりぼっちで生きていく必要はなくなる。

 悲しいことばかりをウジウジと考え続ける日々にケリをつけられる。


 なにがなんだか分からないままだけど。

 もしかすると、これは特別な力をもつ何者か、神様かなにか、そういった者がくれた一回きりのチャンスなのかもしれない。

 それならば、そのチャンスに乗ってみる価値はある。


「お父……さん、お母さん……か……」

 言葉にしてみたら、なんだかやけに照れてしまった。

 ヒジリとジャスティナは顔を見合わせたあと、太陽みたいに明るい表情で笑った。


 勇気を出してみようと思った。

「あの。私は、なにも持たない、ふつつかもの、なのですが」

 こういったときに「ふつつかもの」なんて言葉を使うべきかどうかはよく分からない。でも、思い浮かんだ言葉で、自分の言葉で伝えてみることにした。

「私は、この場所で、お世話になりたいです。2人を……親だと思って、ここにいても、いいですか?」


 肩に、ぽんと優しい感触。ジャスティナの手だった。

 ジャスティナはそのまま、マコの首に手を回すようにして思いっきり抱きしめる。

「わ」

「嬉しい。もちろんよ!」

 相変わらず豊満だ。同性なのは分かっていても、ドギマギしてしまう。


「あっ、ジャスティナ、それうらやましい!」

 ヒジリが慌てたような声を出した。

「ヒジリもそうしたらいいでしょう?」

 ジャスティナはマコから手を離すと、ヒジリの方をニコニコと眺める。


「えーと……」

 ジャスティナに促されたヒジリは、なんだか困ったような表情を見せてから口を開いた。

「……あの、私もそれ、やっていいですか?」

 あらためて許可を求められると、少し照れてしまう。それでもマコは、こくりと小さく頷いた。

 髪に、肩に、手が触れた。

 おそるおそる抱き寄せるといった感じだった。大切なものに触れるような、優しい優しい腕だった。

 ヒジリは少しだけ、腕に力を込める。そうしてから、

「私の、娘。この世界へようこそ」

 小さな声で語りかけた。


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