第6話:お風呂でのこと
勢いに流されているうちに、気付けば裸の女性に抱きしめられていた。
(もう……理解が追いつかない……!!)
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一畳ほどもある大きな湯船の前で、ジャスティナがなにか魔術を唱える。
ザアッという音とともに滝のように水が降り注ぎ、湯船は水で満たされた。
続く魔術。周囲に湯気が充満する。どうやら、水を温める熱の魔術のようなものを使ったらしい。
「はーい、お風呂の完成。ねえ、一緒に入ろ?」
「いや、そういうのは、あの、大丈夫、1人で……」
ワタワタと断ったけれど、ジャスティナの押しはどうにも強かった。
結局、断りきれずに2人で入浴することになってしまったのだから、わけがわからない。
彼女がパッとためらいなく服を脱ぐから、思わず目を覆いそうになる。なんというか、ジャスティナはどうにも豊満なのだ。
「女同士なんだから問題ないでしょう?ヒジリはお店の方でご飯仕込んでるから大丈夫」
金色の豊かな髪をまとめ上げながら言うジャスティナに返す言葉もないまま、オドオドとしながら服を脱ぐ。
浴室に入ってからも驚きは続いた。ジャスティナが魔術を唱えて湯船のお湯をザアッと吹き上げ、シャワーみたいに二人の体を濡らしたのだ。
「わああぁ」
お湯はジャスティナの制御に応じてザブザブと流れる。
「異世界の人って、こんな風に入浴するの……?」
カルチャーショックすぎる。頭を抱えてしゃがみこみたい気分だった。
なかば強引に髪や体を洗われたけれど、湯船に入ったらホッと安らいだ。
少し広い湯船は、2人で入ってもまだまだスペースが余る。
「……あら?背中に少し……」
ジャスティナがふと声を漏らした。そのまま、マコの背中に手を当てる。
「わ」
軽く触れられ、驚いてビクリと反応してしまった。
「ああ……アザがある。痛くない?」
ハッとした。
背中側で見えなかったから油断していた。その部分に重い痛みはあったけれど、まさかアザになっているなんて思っていなかった。
「あ、ええと……大したことは……」
「どうしてこんな、手の届かないようなところにアザができるわけ?」
誤魔化そうとしたけれどダメだった。ジャスティナは少し強引に問い詰めてくる。
「誰かに、やられたの?」
「なんでも……ないの……」
「なんでもないわけがないわ。……ねえ、あなたにもう前の世界のしがらみはない。これ、誰かにやられたとして、その人に再び攻撃されることはない。あなたを悲しませる人はもういない」
そう言うと彼女は、労わるようにして背中のアザに触れた。華奢な手が優しく肌を撫でる。少しくすぐったくて身をよじってしまった。
その手の感触があまりにも優しかったから、言葉がぽろりとこぼれてしまった。
「あの。母親が……ちょっと、すぐに、怒るというかヒステリックなタイプだったの。ときどき、急に怒り出して、ものを投げたりする」
ああ、言ってしまった。
こんな弱音を吐くつもりはなかったのに。
「これは、何を投げられたんだったかな。テレビのリモコン、だったかな」
思い出したら少しだけ、喉の奥が苦しくなった。
涙が滲んだ。
瞬間。
背中にふわふわとした柔らかい感触があった。少し遅れて理解する。
「わ、わわ」
ジャスティナが背中側から思いっきり、マコに抱きついていたのだ。
「リモ……?それって、どういうものか分からないけれど、固いものかしら……痛かったでしょう?」
つらい気持ちなんてどこか遠くに吹き飛ぶくらい、とんでもなく驚いた。
「あ、あの……」
背中にやたら柔らかい感触。
悲しくなって流れかけた涙も、瞬発的に引っ込んでしまった。
背中側から声が聞こえた。
「ヒジリにも、話をさせてね」