第4話:魔法のお茶
ジャスティナは、少量の水を手の中から出現させ、ポットに注ぐ。続いて、ポケットからごく小さな布袋を取り出し、ポットに放り込む。
「蕎麦茶を作っておくの、忘れちゃったのよ。今日のところは、普通の紅茶」
「ああ、本当だ。忘れていましたね。まあ、アレルギーの心配もあるから、かえってちょうどいいでしょう」
そんな会話をしながら、ジャスティナはポットを手のひらで包み込んだ。ほんの数秒。
「はい、完成」
大輪の花みたいに鮮やかに微笑んでから、ポットの中身をティーカップに注ぐ。
明るい晴れ空の下に、華やかな紅茶の香りが立ち昇った。
「魔法……」
「そう。魔法。どうぞ」
ぼんやりしながらそのカップを受け取る。促されるままに口をつけようとして……。
「知らない人から、もらったものを、口に入れるのは……!」
飲む直前でハッとして手を止めた。
「あー、確かにそういう考えもあるかもしれません。迂闊でした……」
男性―――ヒジリは困ったような表情を見せた。それから、ジャスティナと顔を合わせて首をすくめる。
「誓って、お茶に悪い細工はしていないのですが。……じゃあ、飲む前にお話しをしましょうか」
毒でも入っていたらどうしよう、と思ったけれど。彼らがそういう悪い人たちじゃない可能性は高いだろう。
(せっかく用意してもらったのに失礼なことを言ってしまったかもしれない……)
「ああ、気に病まないで。警戒心が強いのは褒められるべきことよ。マコは賢くて冷静」
マコの困り顔に気付いたらしいジャスティナが、フォローに回った。それから、別のティーカップにお茶を注いでヒジリに渡す。
ヒジリはその紅茶を一口。ほう、と嬉しそうに息を吐いてから語りだした。
「とにかく、ここヒルデガルトは、あなたにとっての“異世界”です」
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ヒジリは語る。
「私やジャスティナが分類されるのは人という種族ですが、街には魔法使いやドワーフ、獣人なんかも行き交う。各地を旅する冒険者や、国を護る騎士もいます。町は今は平和ですが、遠くの谷にはドラゴンが棲む。人を含めた多くの種族は魔術を使えますし、ドラゴン退治なんかを生業とする者もいる」
ゲームの設定みたいな話がどんどん飛び出してきた。
「そんな異世界で」
これ以上どんな設定が出てくるのだろう、とマコは身構えた。
しかし
「私たちは現在、蕎麦屋を営んでいます」
ヒジリの口からそんな言葉が聞こえたから、マコは思わずぽかんとしてしまった。
「……蕎麦?」
どういうわけだろう?ファンタジーな話が続いていたのに、急になじみのある単語が出てきた。
「蕎麦というと……」
それは、自分が知っている蕎麦と同じものなのだろうか?
疑問顔のマコを見て察したらしい。ヒジリは手を大きく伸ばしながら言った。
「これね、蕎麦畑なんです!」
その手が示す先には、赤い花畑と白い花畑。
「こっちが赤蕎麦。こっちが白蕎麦。私はね、この畑の蕎麦を収穫して、製粉をして、蕎麦を打って、街の人や旅の人に振る舞っています。おいしいですよ。あなたにも近々、ごちそうしましょう」
生き生きと伸びる茎の先端には、ビーズ細工みたいに細かい花びらが無数についている。小さな花たちが風に揺れて波打つさまは、ずっと眺めていても飽きないほど見事だった。
まだまだ混乱は続いているけれど、お花畑が広がる土手はどうにもノンビリした雰囲気だ。
マコはその景色をぼんやりと眺めた。極彩色の小鳥が飛んでいる。見たこともない形状の虫が地面を跳ねている。
ヒルデガルトとかいう異世界の景色は、田んぼや畑が広がる日本の田舎風景とそれほど変わらないように見えた。