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第3話:異世界転移

ビルの屋上のフェンスを抜けたら、そこは異世界だった。


+++


東京都内の雑然としたビル街。とある雑居ビルのエレベーターに乗って[R]というボタンを押し、上昇の圧を感じながらしばし待つ。リンと聞こえたら足を踏み出す。

小さなエレベーターホールはオンボロフェンスに囲まれた屋上に続いている。薄暗いエレベーターホールの床は汚く、べたついている。

最近のマコは、東京の空隙くうげきみたいなこの狭い屋上をしょっちゅう訪れていた。


夕暮れの屋上からはるか下を見ると、少しだけ心が慰められた。

真っ黒に染まった自分の心に、一陣いちじんの風が吹き抜けるような心持ちがした。


(ビルのふちで、さらに一歩踏み出したら……)

そんな妄想をする。

落下のイメージは甘美に思えた。


痛いのを少し我慢すればこの世界から自分はいなくなる。

この小さな体はすべての機能を止め、やがて跡形もなく消え去る。

それもいいと思った。


自分は本当に死のうとしていたわけではない、と思う。

けれど、死の妄想はいつだって、マコのびついた心を癒してくれていた。


屋上をぐるりと囲むフェンスはサビだらけで、ところどころ破れていた。

マコはふと、フェンスに近寄る。

錆びて破れたところから、向こうに抜けられそうだと思う。


ほんの出来心だった。

マコの小柄な体は、そのフェンスの間隙かんげきを容易にすり抜けた。


一歩踏み出す。



―――しかし足元の感触は、思いがけないものだった。



+++



マコは、風にそよそよと揺れる、草の野道を踏みしめていた。


「え?」


視界に飛び込んできたのは、一面の草の風景だった。

さらに、右には赤い花の群生。左には白い花の群生。

少し遠くには、おもちゃのような町並み。


広々とした田舎道。草の匂いをたっぷり含んだ風が、ふわりと頬を撫でた。


硬直しながら呟く。

「私は、ついに頭が、おかしくなった」


踏み出した足を背後に向かって戻そうとして、初めて目の前の人物たちに気付く。

野道の少し先に、知らないおじさんとお姉さんが立っていた。


「ようこそ!」

「いらっしゃい」

彼らはそんな風に、優しく声をかけてきた。

まるっきり異世界風に見える彼らの衣装が、穏やかな風にそよそよと揺れていた。

「えぇ……?」


「大混乱しているでしょうけど、大丈夫ですから、落ち着いて」

男の人が歩み寄ってきた。

最初、その男の人の髪は真っ白だと思った。でも、よく見ると銀色らしい。太陽光を浴びて、きれいな銀の髪はキラキラと輝いていた。

「大丈夫なわけが……」

警戒するに越したことはない。そう思ったけれど、体はうまく動かなかった。

おじいさんと言うにはずいぶん若いけれど、お兄さんとは決して呼べない。そんな年代に見えた。


「ここは、あなたが元々いた世界とは、少し異なる別の世界です。国の名前はヒルデガルト王国郊外のフェルティというエリア。私は、ヒジリといいます。そしてこちらは……」

「こんにちは。ジャスティナです、よろしくね」

その男性の言葉を引き継ぐように、長い金色の髪をした華やかな女性が話しかけてくる。

「情報量が多くて、何も、把握できないのですが……」

目が回りそうだ。


「それなら、お茶でも飲みながらゆっくりお話しましょうか」

ヒジリと名乗った男性は、温和な印象だ。声色がとても柔らかい。

「ああ、そうだ。とりあえず。あなたの名前を、聞いてもいいですか?」

「……中原、真子まこです」

「マコさん、ですね」

とても優しい声で名前を呼ばれた。

わけの分からないこんな状況なのに、この男性―――ヒジリの声を聞くと、なんだかホッと安心してしまうから不思議だ。


土手の脇に作られたあぜ道には、削り出した丸太が無造作に置かれている。座れるように加工してあるその丸太は、自然のベンチとして使われているようだ。

「マコ。まあ、よかったらここに座って。……ジャスティナ」

「うん。お茶ね、オーケー」

答えた女性は、パッと指を振った。それだけの仕草だった。


自然豊かなあぜ道に、木製のテーブルが出現した。


「手品……」

ジャスティナと名乗った女性は次に、テーブルの上で指をスッ、スッと動かす。クラシカルなティーポットとカップが出現した。

「いや……これ、魔法だな……?」

さすがに察するしかない。

「そうですね。ヒルデガルトは魔法が使える国です」

混乱しすぎて倒れそうだ、と思った。それでも、言われたとおりに木製の椅子に座ってしまった。

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