第1話:[二八そば 聖]のとある一日
エルフのお姉さんたち3名をお座敷席にご案内して、サービスのお茶を出す。
続いて、2人組の騎士さんにオーダーを聞く。
「ザル大盛りで」
「オレ、キノコ蕎麦大盛り」
「かしこまりました!」
明るく返答をして、マコはキッチンに立つヒジリにオーダーを入れる。
ドワーフさんが立ち上がったから、お会計。
「かけ蕎麦1つ、50ダカールお願いします」
そうお伝えして、銀貨を受け取る。
次は、エルフのお姉さんたちのオーダーへ。
「ヒジリ、こんにちは」
「ああ、まいど」
ローブ姿の怪しげな魔術師さんが、厨房の奥のヒジリに気さくに声を掛けてからカウンターに座る。
始めたばかりのこのお仕事は、なかなか忙しい。
「マコ。ザルと山菜、おまたせさん」
マコはキッチンからお料理を受け取り、ニコニコと笑う。
「お父さんのお蕎麦はいい香りだなあ」
ヒジリは、すぐ近くで天ぷらを揚げている金髪の女性に向かって、とびきりの笑顔を見せた。
「ねえジャスティナ、マコが褒めてくれました。嬉しいなあ」
「はいはい、手を動かしなさいね」
ジャスティナはヒジリを軽くあしらった。
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「なあなあ、オネエチャン。今日は何時までだい?」
少しくたびれた雰囲気の冒険者が声をかけてきたから、マコは元気に返答する。
「お店は日没まで、またはお蕎麦が売り切れるまでです」
「……やー、違う違う、オネエチャンのお仕事は何時まで?終わったら遊びに行こうよ」
冒険者はニタニタと笑った。
「……あー、でも、私、お片付けとかもあって」
「あー、夜でもいいんだ。なあなあ、行こうや」
どうにもしつこい。
困り果てて「ええと……」と言葉を継げずにいたら、隣に背の高い影が立った。
「うちの娘に何か用ですか?」
凄みのある声。
「……お父さん!」
「うわっ、いやいや、お茶に誘っただけだって!」
冒険者さんは、分かりやすくオロオロと慌て始める。
マコは、意外と背が高いヒジリを振り仰ぐように眺め……そして息を呑んだ。
(わあ、目が笑ってない)
「ははは。お茶が飲みたいのなら私が付き合いますよ。うちのかわいい娘をナンパなんて一万年早いですね。出直してきなさい」
ぴしゃりと言い放つ。
あとはクルッと背を向けて、厨房に戻っていった。
マコも、ぺこりと軽く頭を下げて足早にその場を離れる。
「怖えぇ父ちゃんが付いてらあ。ありゃ手出しできんな……」
そんなマコの背中に、悔しまぎれのぼやきが聞こえてきた。
「マコ、ああいう手合いは構うことないですよ。お父さんがダメって言うからダメですー、もしくは、お仕事のあとにはお父さんとご飯食べるからダメーって断るのがいいでしょう」
「あ、お母さんがダメっていうからダメって断ってもいいわよ」
こんこんと教え込むヒジリに、ジャスティナが割って入ってきた。
「お父さん……お母さん……」
守ってくれるのはありがたいし、心強いけど。
(この人たち、過保護だ……!)
少したじろぐマコだった。
「ヒジリさん、どうも、ごちそうさま」
イケメン騎士さんたちが、お会計に立ちながら厨房に声をかけた。
「ああ。まいどです。またどうぞ」
ヒジリはニコニコと人懐こく応える。
「マコちゃんも、頼れる親父さんがいれば安心だ」
銀貨を取り出しながら、騎士さんの1人が声をかけてきた。
金髪ロングヘアの、目をみはるようなイケメンさんだ。クラシカルな制服に金色の剣を帯刀している。
絵に描いたような麗しい騎士姿に少し見惚れかけたマコに、父親は目ざとく気付いたのかもしれない。騎士に向かって言い放った。
「ああ、騎士隊だってもちろん、うちのかわいい娘にナンパはダメですよ」
騎士たちは、目を見合わせてから苦笑する。
「ああ、それは残念」
金髪の騎士がそんなことを言うから、マコはいよいよドギマギとしてしまった。
「こら」
ヒジリが軽く叱りつけると、騎士はフッと吹き出すように笑った。それから、マコにぱたぱたと手を振って店をあとにする。
「あいつらはまったく……」
「ヒジリはホントに、過保護なんだから……」
そんなことを言ったのは、一部始終をカウンター席で眺めていた陰気な魔術師だ。ダラダラと長い髪を無造作に結ってローブから垂らしている不思議な風体だが、その気配は薄い。
「娘に変な虫がついたら困るでしょう?」
「ねえ、あたしならマコちゃんと遊んでいい?変な虫じゃないわよ」
「あなたもダメです。マコ、こういうかわいこぶっている男が一番危ないんですよ。覚えておきなさい」
からかい半分の言葉に対してヒジリが真顔で返答するから、いよいよ魔術師は声を上げて笑い出した。
「あー、はいはい。ヒジリは最近楽しそうでなによりよ。あなたが楽しそうならあたしも楽しいわ」