第14話:空飛ぶ荷車
「マコにドラゴンのステーキを振る舞いたいわね!」
ある日の営業後。
まかないを食べながら、ジャスティナが言った。
「ドラゴンかぁ……、いかにも異世界だなぁ……」
さすがに、ドラゴンと言われても日本人にはなじみがなさすぎる。少し遠い目をしたあと、マコはふとつぶやいた。
「ドラゴンって食べられるんだ……」
どんな肉なのか、どうやって食べるのか、まったく想像がつかない。
「あ、竜の谷に行く感じですか?」
ヒジリがちらり、とジャスティナを見た。
「久しぶりに、暴れたいしね」
それを聞いて、ヒジリがクスリと笑う。
「いいかもしれませんね。マコにとっては見るもの全部、真新しいはずですし」
「でしょう?」
「?」
マコは首をかしげた。
異世界のことも、この2人のことも、どうにも分からない。
困り顔のマコに、ヒジリが助け舟を出した。
「明日は店休日だから、お出かけしましょうっていう話ですよ」
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「わああ、わあああ」
思いがけない出来事に、マコはつい情けない声を上げてしまった。木の板をギュッとつかむ手のひらはもう汗だくだ。
「お父さんは、なんでくつろげるの……っ!」
ヒジリはその荷車の上に悠然と座り、くつろいでいる。
「ちゃんとつかまっていれば、危なくはないですよ」
そう、マコとヒジリ、ジャスティナの3人は荷車に乗っていた。
そしてその荷車は、大空を悠々《ゆうゆう》と飛んでいた。
「ジャスティナは浮術、上手ですから。事故はありえません」
「いや、いやいやいや、あの」
目を回しそうになりながら、マコはやっとのことで言葉を継ぐ。
「荷車に乗るって言ったから、地面の上を、行くのかと……まさか飛ぶなんて思わなかった……っ!!」
「怖かったですか。すみません。でも竜の谷に陸路で行くのは難しいので」
そう言うと、ヒジリはマコの手をそっと取って、軽く握った。
「じゃあ、怖くないように、お父さんが手をつないでいましょう」
「あ!ずるい」
荷車をコントロールしながらジャスティナがぼやく。
「ふふ、いいでしょ」
ヒジリはご機嫌だ。
「嫌でなかったら、せっかくの空中散歩ですし、ヒルデガルトの景色を眺めてみてくださいね。あなたがいた場所とは違うこの国の景色は……これはこれで、素敵だと思いますよ」
そう言われて、マコはおそるおそる顔を上げる。
ヒジリの言葉のとおり、晴れた空をゆく荷車からは地上の絶景を一望できた。
「あっちが王都。とても賑やかで華やかなので、今度ぜひ一緒に行きましょう。そのずっと向こうには海があります。反対側は山あいの辺境で、遠くに見えるあの山には精霊が棲んでいます。山の麓にある湖には自然発光する花が咲いていて、とても幻想的ですよ。行く先の森を抜けると谷があって……」
水先案内人ならぬ、空先案内人のガイドを聞いていたら、なんだかワクワクした気持ちがせり上がってきた。
「ヒルデガルト国境付近には警備隊がいますし、結界もある。だから竜たちは基本的には、街場の方には来ません。今のところ、私たちの住む場所は平和なんです。とはいえ、竜は森を焼き、谷を破壊する害獣でもあります。だから、腕のたつ冒険者や騎士なんかは、たびたび竜の谷を訪れてドラゴン退治をするんですけど……」
「ドラゴンか……日本では、おとぎ話とかライトノベル、それかゲームにしか登場しないから」
この異世界にはライトノベルもゲームもない。もちろん、テレビもパソコンもない。
それでも日本とは違って、ヒルデガルトには本物のドラゴンがいるというのだからとんでもない。
少し怖いような気もする。けれど、ドラゴンをこの目で見られるなら少し楽しみだな、とも思える。