7、依頼タイム
翌朝、リーラは宿の前でベルの素振りを見学していた。
ベルの素振りは早い。剣先が見えないほどには。
レンガ造りの宿の壁にもたれかかりながらリーラは言った。
「この村に長く滞在するのはやめよう」
「だな」
水の魔族、ヴァーテがこちらを追いかけてくる可能性はないわけではない。
少なくとも、あの戦闘の時は追いかけてこなかったが。
ベルもそれを理解していた。そして言った。
「次は、勝とうな」
「勿論」
結局、この村に一週間滞在することにした。
村人からの依頼を一つこなした後、リーラは決心したような顔をして言った。
「このままじゃあの魔族に勝てないと思うんだ」
「おん」
「水の魔術は柔軟な使い方が特徴だから、剣士よりも魔術師が重要な戦いになると思う」
「…わかってる」
悔しそうに、ベルは俯いた。
でも、事実だ。確実にリーラの方が、魔力を感じて魔術を避けられるしまともに太刀打ちができる。
しかもあの魔族は飛行をしていた。空中戦になると、剣士は手も足も出ない。
そのことをベルは宿のベッドで考えていた。
「だから、こっちも飛行を覚えようと思う」
「覚える?」
「うん、本来飛行は風魔術の応用だ。多分今なら、覚えられる」
「…そうか」
ベルは自分は未熟だ、と感じた。
リーラは考えていた。
何も諦めていないし、何にも打ちのめされていなかった。
彼女は希望しか見ていなかった。
嬉しさかも、悲しさかもわからない感情を初めて感じて、ベルは利き手を強く握った。
「俺も、頑張るからな」
「当たり前だね」
リーラも目を細めて、笑っていた。
それから1日三つの依頼と朝と夕方の飛行の練習が日課となった。
「がんばれー!がんばれー!」
「ベル、うるさい」
リーラの一喝。
飛行の使い方はこうだ。
まず、軽くジャンプをして自分と地面の間にある程度の距離を作る。10センチもあれば十分だ。
次に足元に小さな竜巻を作り上げる。
竜巻を少しずつ、少しずつ高度を上げていく。
ここまでは序の口。
飛行の本当に難しいところは、移動だ。
ただ宙に浮かぶだけだったら、土魔術や水魔術だってできる。
というか、飛行だけだったら、光魔術の防護だけでもできる。
あれは物体として存在しているので、空中に設置すればどこまでも空に浮かべられる。
自分自身が動かず、魔術に動かされる。
それに慣れなきゃ、飛行なんて夢のまた夢だ。
慣れるためには、練習。これに尽きる。
リーラは移動する時の竜巻の調整をミスって、落下。地面に突っ伏した。
「いだいよぉ…」
リーラは呻きながら、そのらへんに転がっている杖をほふく前進で進み、拾って、立ち上がった。
「リーラ、依頼受けにいくぞ」
ベルがいつの間にか後ろにいた。
「うーい」
リーラは自分に治癒をかけて、土で汚れたローブを払って、ベルを追いかけた。
「毎度毎度悪いねぇ」
依頼主は、常連の老夫婦だった。
この村で森に一番近い位置に二人の田畑があるので、そこら辺はよく魔獣が出てくるそうだ。
大体が、フクロウみたいな見た目のブルーベルだの、ハイウォルフだの、意外と強い魔物がここらにはいる。
しかし今回は、もっと強いやつだった。
「今回の魔獣はハーディスでね」
「ハーディス…」
重々しく語るおじいちゃんにリーラは名前も知らない魔獣を、真似して重々しく復唱していた。
「どうぞー」
「あ、どうも、ありがとうございます」
おばあちゃんが自家製の紅茶を出してくれた。ベルが軽く頭を下げる。
「ハーディスってどんなやつですか?」
リーラは知ったかをするのは面倒だと気づいて、素直におじいちゃんに聞いた。
「うん、Cランクの魔獣でねぇ、トカゲとか、ヤモリみたいな見た目をしてるんだよ」
そのハーディスってやつは、おじいちゃんが言ってた通り、爬虫類みたいな見た目をしていて、硬い鱗で覆われているため、並大抵の攻撃は弾いてしまう。
あと、結構でかい。横に3、4メートルぐらいはある。
牙と尻尾が武器で、すばしっこくて集団で襲われたらもう終わりって感じの魔獣である。
今回は三体。
「…なるほど、わかりました、行ってきます」
「おぉ、ありがとう、今回の報酬も期待しておいてくれ」
この老夫婦はお金と一緒にクッキーも奢ってくれるのだ。
あとついでに二人が若かりし頃の恋バナまでついてくる。
リーラはあまり興味がなかったが、ベルは興味津々で話に聞き入っている。
彼女持ちだからだろうか、はたまたそういうお年頃なのかもしれない。
「ここの森の近くだって」
「なるほど」
なんとなくの場所を老夫婦に教えてもらった二人は、水の魔族がいたあたりになるべく近づかないように、進んで行った。
「いた」
ベルが剣を抜く。リーラは杖を構える。
情報通り、三体いた。
「ハーディスの首と腹まわりには鱗はないらしい。風魔術でひっくり返らせられたら、斬ってくれ」
「了解」
二人は息を整える。
「風の渦」
三体のハーディスの足元に竜巻をつくり、ひっくり返させる。
その間にベルが三体ともの喉元を突き刺す。
戦闘は一瞬で終わった。
なんなら、ハイウォルフの方が面倒だった。
魔術師がいたから、楽だっただけなのだろう。きっと。
二人は、村に帰り、報酬金とともにもらったクッキーと恋バナを長々と聞かされたのだった。
〈裏話〉
•飛行ができる人
この章で熱く語られていたように、飛行にはとてつもない技術を要する。
ので、この大陸内では、500人ぐらいしか使えない。
•ランク制
DランクやCランクなどと言ったやつは、剣士目線で作られているので、魔術師がいれば、大体の魔獣は敵じゃない。
和風ドレッシング最強。
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