55、アリラ籠城-欠点-
アリラの大通りの真ん中に、大きな亀裂が走る。
その真ん中には仰向けのベルがいた。
「痛ってぇ…」
多分、背骨の他にも肋骨や、腰や踵のところの骨が折れている。
ほぼ全身骨折。
これでも、落下途中に建物に足を滑らせ、減速して落下した方だった。
もし周りに何も障害物がなかったら、多分即死だっただろう。
ていうか、多分手だれの戦士じゃなければ即死だ。
そういう意味では、リーラやレノフがこなくてよかっただろう。
いや、あいつら空飛べるわ。
すっかり忘れてた。
不意に、ため息をつく。
「ふぅ…っ…」
口の端から血が溢れる。
耳の下をつたり、音を立てずに地面に滴り落ちる。
こりゃ、ダメだ。
もう立ち上がれない。
ていうか、多分内臓もやられている。
起きあがろうとした瞬間、全身から血を吹いて死ぬかもしれない。
想像しただけで、ちびりそうだ。嘘。
…そういえば、さっき、教会の方で何か音が聞こえた。
もしかしたら、あっちでも何かあったのかもしれない。
でも、リーラたちのことだ。
なんとなく、死にはしない気がする。
だから、大丈夫。
無理に行く必要はない。
大丈夫。
大丈夫だ。
「…はぁ…」
何故か、いつのまにかベルは立ち上がっていた。
無意識なのか、それとも本能なのか。
剣の鞘で身体を支えながら、静かに教会に歩いていく。
「何で、動けんだよ」
その独り言には、妙に力がこもっていた。
ーー
「やははははぁぁぁああっ!!凄いね!君!」
水剣の魔族キラクトは竜巻の中、飛行もできず、上空でただ弄ばれながら、喜び叫んだ。
元々家だった瓦礫やレンガと共に飛びながらなのであまりどこにいるかわからない。
なんかこの感じ、前にも見たことあるな。
まぁ、いいや。
リーラは杖を掲げながら、もう一度杖に魔力を込める。
レノフも、リーラに魔力を送りながら杖を構える。
「火の渦」
竜巻が下から、渦巻くように炎の色に染められていく。
これめっちゃ暑い。てか熱い。
竜巻の真ん中にいるリーラやレノフも少し暑くて汗をかいている。
キラクトの目の先にまで炎が迫っていた時だった。
水剣の魔族が両腕を掲げ、魔力を込める。
その顔は、笑っていた。
「氷の柵!」
キラクトの手のひらから格子状の氷柱が辺り一面に張り巡らされる。
それは三次元にひたすらと伸びる。
派生を繰り返す。
それはもう、竜巻を覆うようなほどの大きさだ。
リーラとレノフにも掠り、思わず竜巻の制御が一瞬途切れる。
それと同時に、炎の侵食も途切れた。
魔族は微笑みながら声を上げる。
「やったぁぃ」
キラクトは飛行を展開し、静かに落下する。
結局キラクトは腕の裾が少し黒くなっただけで済んだ。
氷の柵が魔力の接続を中断されその場で消え失せる。
リーラとレノフが着地するのを見届ける。
と見せかけて杖に魔力を込める。
落下した直後にキラクトが口を開く。
その人指し指は自分のシャツに向いていた。
「ねぇちょっと」
責め立てるような言い草で、こちらを睨みつける。
「これ、意外と気に入ってたんだよね」
「そりゃごめん」
リーラとレノフは杖を構え、詠唱する。
「光線」
「土の棘」
リーラの光線がキラクトの肩を貫き、レノフの土の棘がキラクトの胸元に大きく突き刺さる。
両方とも、有効打だ。
キラクトの防御が一瞬遅れて繰り出され、魔力の放出が切り上げられてすぐに消える。
土の棘を外して地面に捨てる。
「ちょっとミスったな」
キラクトはため息をついて、貫かれてない方の肩の腕を掲げ、水の光線を放つ。
「っ!」
リーラは身体を横に流して、一つ目は避ける。
そして顔の向きを変え、レノフに向かい呼びかける。
「レノフ、こっちに」
「ん」
二つ目の水の光線が繰り出される前に、もう一度杖を構える。
二つの詠唱が重なる。
「防護」
「水の光線」
音を立てて、防護に光線が衝突する。
防護の魔力が魔族の、水の魔力を分解して消え失せる。
「次」
間をあけずにキラクトは肩を再生して、両腕に水剣を創り出す。
水がみるみる剣の形になっていく。
それを掴み、魔術師二人に目掛け走り出した。
左手の剣を振り落として、レノフの眼前をかする。
そして右手の剣で二人の後ろに回り込み、リーラの背中を切る。
「治癒」
切られた瞬間に傷口を治し、杖を後ろのキラクトに向ける。
「光線…」
「岩壁」
詠唱が途切れる。
そして不意に、足元が揺らぐ。
上からの重量。そして風を感じる。
「は?」
そして次の瞬間、リーラとレノフの姿は上空に消えた。
リーラは状況が飲み込めず、辺りを見渡す。
高い。
ここは、上空だ。
城壁と同じ高さのところにいる。
つまり30メートル。
なんで、ここにいるんだ?
さっきまで地上でキラクトと向かい合っていたはずだぞ?
さっき聞こえた、岩壁の詠唱。
魔族のやつだ。
「あ」
これ、私たちを上空に打ち上げたんだ。
地面から、打ち上げ花火みたいに。
舗装のレンガごと、ばーんって。
なんで?
そりゃ、落下死させるためか。
じゃあ私たちをよく知る魔族じゃないな。
私たちは飛行を使える。
…となれば、
上空で辺りを見渡すリーラ。
レノフを探す。
「レノフ!いる!?」
「おう師匠」
声は、真下。
下を向くとそこにはレノフがいた。
いや、レノフの黒い癖毛が見えた。
そのままレノフもリーラの声がする上を見上げる。
「キャー、エッチ!」
「黙れ」
ちなみにリーラが履いているのはズボンなので見えるわけがない。
何がとは言わないが。
レノフは顔を下げ、リーラに問いかける。
「どうする、師匠!」
「私が先に飛行するから、その後にして!」
「わかった!」
ーー
一方、地上では。
キラクトがディレンに不平を言う。
ちなみにわかってるとは思うが、リーラたちを上空に打ち上げたのはディレンだ。
竜巻を見て、こっちに来たそう。
「ちょっと、私も巻き込まれそうだったんだけど」
「まぁ結果オーライ」
ディレンは片手をヒラヒラ振って受け流す。
なんだかんだこの二人仲がいい。
キラクトは上空の二人を指さして、尋ねる。
「多分あいつら飛行覚えてるよ」
「え、そうなのか」
「会ったことあるの?」
「まぁ」
ディレンは右腕を掲げ、手のひらに魔力を込める。
「3年前にちょっとな」
その先には、上空のリーラとレノフがいた。
二人とも既に飛行している。
ちなみに、3年前の時点でリーラは飛行を習得していた。
詠唱。
「岩壁」
それはアリの巣のように枝分かれしながら、リーラとレノフに襲いかかる。
ーー
場面は変わり、カルネル城。
廊下を歩く寝起きの魔王ネルフェスが、後ろにいる火の魔族ヴィアルムに話しかける。
「そういえば、ヴィアルム」
「ん?」
ネルフェスは顔の向きをかえ、歩きながらヴィアルムを見つめる。
「さっきの話しの続きだ」
「なんだ?」
相変わらずのタメ口。
上司に向かって。
ネルフェスは気にもとめずに話を続ける。
顔を、正面に戻す。
「ディレンの、弱点を知っているか?」
「ディレン?んー、わからないな。あいつバカ強いだろ。ないんじゃないか?」
「いや、ある」
春の暖かさとは裏腹に、城内の空気は凍っている。
コツコツと、廊下を歩く二人の足音だけが響く。
「それこそバカみたいな、ありえないことだがな」
ネルフェスが言葉を続ける。
その口元は冷酷にただ凍っていた。
「あいつは、岩壁しか使えない」
再び、城内の空気は凍り出した。
〈裏話〉
・ようやく言えた
ディレンはリーラとベルを思いつくより前からずっと考えてて、その設定も込んでて、岩壁しか使えないってのはディレンのチャームポイント。
・氷の柵
現在でている、魔族の水魔術の中でダントツに強力。
ディレンとタメ張れるぐらいには強い。
紅茶苦手。身体が受けつけない。
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