54、アリラ籠城-水剣-
領主の館の前。
土の魔族ディレンとベルが戦闘をしていた。
ディレンが右腕を振る。
「岩壁」
「マジかぁっ!」
ベルの足元から鋭い土の棘が複数本飛び出る。
5メートル飛び出たそれは、ベルの頬を擦って上空に伸びる。
「い゛っ!」
ベルは抜き身の剣で棘をあっという間にすべて断ち切り、そのままディレン目掛け走った。
長期戦に持ち込めば、勝ち目がない。
なるべく早く、想定外の行動を取りまくれ。
ベルはディレンとの距離が2メートルにまで近づいた時に、地面を蹴った。
緑のローブが翻り、ディレンの目線の先からベルが消えた。
「ん?」
上空だ。
ベルは、ディレンの真上にいた。
それに気づいたディレンの視線はベルの頭を追いかける。
それを、ベルは狙っていた。
ベルの剣先はディレンの首先を、ディレンの視界の外で狙っていた。
対して、空中のベルにディレンは手のひらを向け、岩壁を繰り出そうとしてしている。
先に動いたのはベルの腕だった。
剣先がブレる。
「死ね」
ベルの剣先がディレンの喉元を突き刺す。
……?
剣が弾かれた。
感触がない。
いや、感触はあるけど、人間や、魔族の者ではない。
これは、まるで岩みたいな。
…あ、岩
「岩壁」
「くっそがぁ!」
ディレンの手のひらから伸びた岩壁の塊はベルの身体を上空へ突き飛ばす。
ベルの悲鳴がこだまとなってあたりに響く。
「があああぁぁぁあああぁっ!」
ベルは心の中でめちゃくちゃ悔しがっていた。
くっそ、くっそ!
あいつ自分の体の周りを岩壁で覆っている。
しかもかなり頑丈な。
俺は賭けに負けた。
ディレンは圧倒的に剣士に有利な魔族だ。
逆に、魔術師に殺される可能性がある。
ため息をつくが、それもはるか上空へ登っていく。
いや、俺が沈んでいってる。
徐々にスピードを増しながら地面に落下していく。
このまま地面に着地したら、確実に肉片になる。
「俺が教会行きゃあよかったぁっ!」
ベルが空中でぼやく。
その様子を見届けたディレン。
もう興味がないというように、その場から飛び去っていく。
ーー
一方、リーラとレノフ。
教会の中で水剣の魔族キラクトと対峙していた。
「…ねぇ、その黒い剣」
「あぁ、これのこと?」
キラクトは白シャツに食い込んでいる黒の大剣を指さす。
「これはね、少し前にネルフェスにつけられたやつだよ。ネルフェスって知ってる?」
「魔王だろ」
「正解」
リーラはレノフに目線を向ける。
レノフは静かに頷いた。
「これ、古代の魔族の魔術だ。700年前の」
「ん?あぁ、そうなんだ。知らなかった、古代魔族ね」
そして、再び空気が凍る。
数秒後、キラクトが口を開く。
「じゃあ、始める?」
刹那、キラクトが腕を上げる。
それと同時にリーラも杖を掲げて詠唱をする。
「光線」
「水の光線」
人間と魔族。二つの光線が衝突する。
あたりに衝撃の爆風を生み出し、教会の屋根は吹っ飛ぶ。
キラクトは視界の端っこでそれを見て、不敵に笑う。
「へぇ、結構強いね」
「土の壁」
二人の戦いに、レノフが水を刺した。
杖を構えて、土魔術を詠唱する。
「ん?」
キラクトの足元から無数の土の棘が襲いかかる。
まるでディレンみたいに。
教会の床の板材が貫通して、ギギっという嫌な音がする。
「おっと」
銀色の髪が翻る。
次の瞬間、キラクトが回転したと思ったら、綺麗に土の棘の先端が切り離された。
顔を傾け、リーラの光線も同時にかわす。
魔力が霧散し土の壁、と言うか棘が消える。
二人は目を見張る。
「えなんで、レノフ?」
「知らん」
キラクトは呆然としている二人を見てニヤける。
そして姿勢を低くする。
左腕を掲げ、まっすぐこちらを睨む。
その左手には、剣が握られていた。
剣?さっきまで、何も持ってなかったぞ?
ていうか、剣?
魔族が剣を持つのか?
いや、一度会ったことあるな。
あれだ、火剣の魔族のアライムだ。
そんなことを考えながら、リーラは声が裏返りながら尋ねる。
「剣?」
「うん、剣を使う魔族、見たことない?」
剣先がブレる。
足元で板材が軋む音がする。
そして、キラクトは姿を消した。
リーラは思わず杖を下ろす。
「リーラ!」
「は?」
レノフの叫ぶ声。
刹那、キラクトが、キラクトの持つ剣が、リーラの眼前に迫った。
剣先がリーラの眼球スレスレに近づく。
リーラが目を見張り、慌てて防御しようとする。
だめだ、間に合わない。
こいつ、速い。
「バイバイ」
キラクトはその勢いのまま、剣を振り落とす。
リーラは目を瞑る。
左目が熱くなる感覚。
遅れて激痛が襲う。
思わずうめきをあげる。
「あ゛っ」
そして、
「見えない魔術」
詠唱。
レノフだ。
右目を開くと、キラクトの左側には杖を構えたレノフがいた。
左目は開いた感覚がない。
見えない魔術がキラクトの左腕を粉砕し、左の脇腹から腰の辺りまでを抉る。
キラクトの剣は持つ手が無くなり地面に落下。
そしてそれは地面にぶつかった時に水と化した。
その水たまりも、数秒後には魔力が霧散し、蒸発するように消えていった。
「…っ!」
キラクトは残った足を使い、リーラから後ろに飛び去る。
それを右目で見届けたリーラは左目に手を当てる。
だくだくと血が流れていく。
あまりの痛さに内側から破裂しそうだ。
「治癒」
みるみる左目が回復して、魔力が減っていく感覚も同時に現れる。
残り、半分ぐらいだろうか。
急いだ方がいいかもしれない。
キラクトは左腕の根本に右手を当てながら、レノフを睨む。
謎に息切れをしている。
「…どういうこと?それは、ネルフェスの魔術だ」
「俺も知らん」
もう一度、レノフは杖を構え直す。
残り魔力は、3分の2というところだ。
まずい、もう切り札を使ってしまった。
やっぱりこの魔術は奇襲などに使えばよかったか。
まさに切り札と呼ぶのに相応しい魔術だ。
なるべく、もう使わないでいきたい。
そんなことを考えている時も、キラクトの脇腹は少しずつ再生していっている。
それを見たリーラが杖を構える。
「光線」
「水の結界」
それは、ヴァーテが使っていたのと全く同じ魔術だった。
光線が、音を立てて結界に直撃する。
わ
光線は教会の壁へと跳ね返り、そのまま貫通していく。
キラクトはその間に右手で再び剣を作り出し、構える。
「よーし」
まだ左腕は完全に再生してないが、関節のところまでははすでに治っている。
「じゃあ、行くよ」
リーラとレノフも、目合わせないで会話を交わす。
「レノフ、行くぞ」
「ん」
キラクトは地面を強く踏み締める。
そして、走る。
速い。
ベルと同じ、剣士の速度だ。
リーラはそれを見て、杖を構える。
そして、両腕を掲げる。
「風の渦」
それは、とても大きい竜巻だった。
一瞬遅れて暴風が靡く。
キラクトの叫び声も轟音にかき消される。
「ぇあっ!」
教会を丸ごと吹き飛ばし、キラクト諸共巻き込む。
教会だけではない。
教会周りの建物も巻き込まれ、レンガでできた建物が空に散ってゆく。
それを見届けるリーラとレノフ。
「人間舐めんな」
リーラは杖を縦に構えたまま、鼻で笑った。
〈裏話〉
・水の魔術で剣
水を硬質化させ、鋭くして剣みたいな形にすれば、一応理論上は魔術で剣を作ることは可能だが、まず人間じゃできない。
多分、ヴァーテもできない。
・でっけぇ風の渦
ちょうど、リーラとレノフがいるところは台風の目みたいに被害はない。
リーラの周りを回るって感じ。
かりんとうより芋けんぴが好き。
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