51、アリラ籠城-潜入-
リエルネールの三人は、リレーシャの街の一つ、アリラの城壁の外にいた。
ベルがリーラに尋ねる。
「で、どうやって入る?城壁ぶち壊したりすると、もし異常が何もなかった時に大変だぞ」
「私に任せたまへ」
リーラは杖を横にして持ち、詠唱をする。
「飛行」
リーラの体は宙に浮かぶ。
ベルはその様をじーっと見つめていた。
おそらく、飛行を使って30メートルある城壁を越えようという事だろう。
「…それをどうするの?レノフはともかく、俺は飛べんよ」
「大丈夫大丈夫」
リーラが足元から吹き付ける風に前髪を煽られながらいう。
ベルが首をかしげる。
「私が頑張ってベルも飛ばす」
「…なんだって?」
次の瞬間、無言でベルの体は宙に浮かんだ。
「え、え!」
わけもわからず、ベルは手足をバタバタさせる。パニックになっているようだった。
「おろして!お願い一回おろして!」
「ちょっと、暴れないの!ベル」
「何してんだ、ベル」
レノフの冷たい言葉がベルに突き刺さる。
今更だが、ベルは高所恐怖症である。
カルネル戦でディレンに空中に打ち上げられた時も、めっちゃ怖かったそう。
リーラはベルと言葉を受け入れずに徐々に速度を増していく。レノフも飛行でそれについていく。
ベルは既に気絶寸前である。
「ぎゃーぁ!!やめて降ろして!!」
「目を瞑って!」
リーラの言われた通り、ベルはパチと目を瞑る。
そして目を開けると、ベルは地面に着地していた。
地面というか、城壁の屋根である。
「生きてる…!」
まだまともに目を開けられないベルが震える足を上げ下げして地面を認識する。
そこは石レンガ出てきた連絡通路だった。
ここは兵士がよく歩くのである程度、通れる通路にはなっている。
ベルは命の危険が訪れると高所恐怖症が一時的に解除されるらしい。
まぁ、恐怖症なんてそんなもんだ。
不意にリーラがベルに振り向く。
「ベル行くよ」
「え、行くって何」
ようやくまともに立てるようになったベルが問う。
その声が裏返っていた。
「そりゃ、下だよ」
「次は降りんのぉ?」
「弱音吐かないの」
三人は横並びになり、アリラ内部へ飛び降りる準備をする。
「よし、行こう!」
そうリーラが言って、着地地点に風の渦をつける。
少しずつ減速して下に着地する算段だ。
三人は城壁の上の縁に足をかけて、そのまま飛び降
「水の光線」
魔族の詠唱。
それはヴァーテが使っていたのと同じ魔術だった。
一直線。
それは、リーラの足元の城壁を貫いた。
石レンガは粉々に砕け散り、リーラの足の行き場をなくす。
「あ」
リーラはバランスを崩してアリラ内部へと頭から落下していく。
リーラに近い位置にいたベルもそれに伴い落下していく。
地面への高さ、およそ30メートル。
「師匠!ベル!」
レノフはそう叫び、下へ飛行をして向かおうとする。
城壁から飛び降り、足元に小さい風の渦を起こす。
が、
「水の光線」
「ぅあ゛っ」
再び、水色と白の中間みたいな色の光線は放たれる。
それは避ける間もなくレノフの脇腹を貫く。
「くっそが…」
レノフも体のバランスを崩して、リーラと同じ場所に落下していく。
ーー
「命中ぅ〜!」
キラクトは左手を人差し指を突き出し、銃の形にして、その突き出た指先を口元に寄せ、フーッと息をかける。
リエルネールを狙撃したのは、キラクトだった。
ありえない命中率と着弾速度だ。
ほぼ即着である。
「うー、暇だな」
ゴロンと横になり、日当たりのいい5月の太陽を全身に浴びるキラクト。
仰向けにはなれない。
何故なら地面を黒の剣で貫通してしまうからだ。
その事を頭の中で憂い、小さくため息をつく。
「はぁ…」
水剣の魔族、キラクトは現在街の中心にある、三階建ての領主の館の屋根にいた。
ディレンから任せられた仕事は、ここの警備だ。
警備というよりも、監視に近いだろう。
ここは街の中心にあるし、ある程度の高さなら持っている。
狙撃には適し過ぎている。
先ほどはリーラの使った風の魔術を感じ取って、狙撃をしたのだ。
「何してんだろ、ディレン」
頬杖をつきながら、キラクトが小さくぼやいた。
そして、ディレンは。
「お願いだ、ここから出してくれないか」
アリラの領主、ユーイは領主の館の、自身の書斎に監禁されていた。
扉の前で低い声で尋ねる。
「それは、出来ない相談ですね」
鍵がかけられている書斎の扉の外から、ディレンの声が聞こえる。
扉にもたれかかっているようだ。
「何故だ」
「あなたも理解してるでしょう」
ディレンは顔を下に向けて俯く。
誰もいない廊下の中で声がよく響く。
「あなたは人質です。この、アリラ全体の」
「私一人で、アリラの全員分の人質に変わるなどありえない。どういう事なんだ」
「あの、敬語やめてもいいですか?」
不意に、ディレンが言う。
会話が数秒固まり、ユーイが小さく、あぁ、という。
ディレンが再び話を続ける。
「あなたはこの街の人々に慕われている。それこそ、ありえないほどに」
「だから、私を人質にして何をしたいのだ!」
「それは強者を、英雄をここへ招き入れるため」
語気を強めるユーイにディレンが軽く受け流す。
ディレンは右手を顔の前に持ってきて、その手を握りしめる。
「この二週間弱ほどだな、パーティでも、個人でも七組の英雄たちが来た。まぁ、俺にあっさり殺されたがな」
「それが、お前の魔王打倒と何か関係があるのか?」
「いや?全然」
ユーイが扉の向こうで絶望のような、諦めのようなこもった「は?」と言う声が聞こえる。
ディレンは言葉を続ける。
「私は魔王に敗北した。そしてその後に負けないように強くなりたいと思うのは自然な流れだろう」
「それが、その理由だけで、その悪行が許されるとでも思っているのか!」
「我々は魔族だ。人間とは違う生物なんだよ。人間の勝手な理性を共通認識ということにしないでくれ。もう、いい」
そう言ってディレンは扉から離れ、館の出口へと向かう。
その気配を感じ、ユーイは叫ぶ。
「まって、待ってくれ!」
「なんだ?食事なら備蓄のものをそこに揃えておいたぞ」
備蓄といっても、一週間持つか持たないかぐらいだ。
「いや、そう言う事じゃなくて、いや、あの、お前らは何をしたらここを去ってくれるのか?」
「そんなもの、魔王を倒したらに決まっている」
これ以上、ユーイの会話を聞かないように少し小走りで出口へと向かう廊下を歩いていくディレン。
「なんでこうも話が通じないのだろうか…」
まぁ、魔族と人間の関係はそんなもんである。
魔族が同等の地位だと思っていても、人間は魔族らを過大評価する。そんな世界だ。
「あと、一ヶ月くらいか…」
そう言ってディレンは館の扉を出た。
〈裏話〉
・ユーイ
突然、魔族に侵入されたと思ったら人質にされて監禁されてる、可哀想なおじさん。
・キラクトの水の光線
射程距離は1キロ。すげぇ
・なんでディレンがアリラに立て篭もった情報が英雄たちに入ったのか
行商人共に新たな魔王が誕生した、と情報を拡散しろ言ったそう。
馬鹿と莫迦の使い分け方、多分誰も知らない。
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