間話③-そうかよ
これは、英雄歴714年の出来事である。
レノフは、リーセの故郷、ライレに訪れた。
「…懐かしいな」
ポツリと呟いた。
もし、リーセが生きてたら、一緒にこの街に帰って楽しく暮らしてたのだろうか。
いや、そんな事考えてもしょうがない。
かぶりを振ったレノフ。
再び歩き出す。
「…ここか」
レノフが立ち止まったのは、治安警備隊のライレ本部の屋敷。
屋敷といっても、レンガなどで作られた、小さめの大聖堂みたいなところだ。
リーセからの最後のお願い。
それはここの警備員の1人、神官ファルムに自分の想いを伝えてほしいとのことだ。
リーセはファルムのことが好きだったのだ。
全ての神官や聖女が入っている宗教は、エラネス教と言うもので、その教えの一つに婚約をしてはいけないと言うものがある。
しかし、最近の教えだと恋愛自体がNGになっている。
なぜ、その想いをレノフに伝えたのか。
宗教的に自分の想いを伝えられないリーセも、自分の死期を悟り、死ぬ前くらい伝えていいよねと言う想いがそこにはあった。
ちなみに、レノフに光魔術を教えたのもリーセの好きピである。
正面玄関を抜け、扉を開ける。
「ファルムと言う、神官はいないか?」
玄関近くにいた女の警備員が振り向く。
レノフの姿を認識し、言った。
「どうしたの?どう言う要件?」
どうやら、レノフのことを大した用事のない子供だと思っているらしい。
しゃがんで、レノフに目線を合わせてその女は話しかけている。
レノフの魔力を見ればわかるだろうに。
ため息をついたレノフ。
「ファルムは、どこにいる?」
「え?神官の?」
「あぁ」
そう言うと、すぐさま待合室に案内されソファで待っているよう言われた。
ようやく、レノフを用事のある人だと認識したようだった。
2分ほど待つと扉が開き、そこから金髪の神官、ファルムが出てきた。
反対のソファに座り、レノフと目線を合わせる。
「おぉ、レノフか!大きくなったなぁ!」
「ファルム、ちょっと話がある」
「あぁ、そう言えば、リーセはどこにいる?ひさびさに話したかったのだが」
少し、ためらう。
「…リーセは、死んだ」
一瞬、空気が凍った。
そして5秒ほど、間が開く。
ファルムの手が震えている。
「死んだ?何を言っている?」
「死んだ、殺されたんだ、人間に」
レノフは奥歯にある何かを噛み締め、途切れ途切れでいった。
その殺した人間の中に、自分自身も入っているからだ。
「…何があったんだ?」
詳しい経緯を、ファルムに伝えるレノフ。
賢者の試験に行った話。
リーセが死にかけていた話。
そして、自分自身でとどめを刺した話。
全てを話し終えると、ファルムはこう言った。
「そうか…、そうか」
天を仰いで、片手を目元において、口を開けっぱなしにした。
それを無言で見つめるレノフ。
「リーセは死んだのか…」
「あぁ」
ファルムが姿勢を正し、レノフの方向を向く。
その顔は仕事疲れでか、やつれていた。
「ありがとう、それを伝えるためにここまで来てくれたんだな」
「あぁ、じゃあ、帰らせてもらう」
ソファから立ち上がり、レノフは出口の扉へ歩いていく。
「あ、そうだ」
「ん?」
思い出した。
リーセとの約束を忘れるところだった。
ちゃんと、伝えないと。
振り返り様に、言い放った。
「リーセが、お前のこと好きだったって」
ファルムは無言でその一言を受け取った。
それを見届けたレノフは扉を閉めて、この屋敷を去った。
誰もいない待合室。
ファルムが1人用のソファに再び倒れ込み、小さくつぶやいた。
「…そうかよ」
その日、レノフは再びレンテに向かうため、この街の城門を抜けた。