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七十六 到達 〜(兀突骨+陸遜)×東=壁?〜

 テ・フェヌア・エナタ、人の土地。一月ほどサモアに滞在し、星読みの術と、筆記の技法を交換したのち、その地を出立して東進した我らは、そう名付けられた島々に到着した。サモアの人々曰く、ここから先はまっすぐ東に進んでもしばらく島は無いとのこと。進路を南東に取れば、環礁と呼ばれる珊瑚の島々が転々としているが、人もほとんどおらず、補給にも適していないらしい。


 先ほどの名は、「ここまでは」という意味を暗に含んでいるのかも知れない。実際、彼らがこの諸島に辿り着いたのも百年程度前の事だそうな。だが彼らはこうも言っており、我らとその見解は一致している。


「世界の広さを考えると、お主らが知っているローマ? とこの島々の間は、ざっと世界の三分の一以上残っている」


 また、こんなことも言ってくれた。


「ここの真北は島が見つかっていない。何も見つけずに帰ってきてしまうか、帰ってこないかどちらかなのだ。何かあるとしても遠いのかもしれない。それに赤道あたりは、ときおり風が止む。南もあまり広くはない。行くなら東だろう」


 そして、こういう言い方も。


「十五日までは何も見つからないと思う。その先はわからない。我らの知る限り帰ってきていない。だが、他の部族の中では、帰ってきたという噂や、何かを見たという言い伝えもなくはない。もし行くなら、十五日を過ぎたら、どんな些細なことも見逃すな」


 そんな話を受けて、我々はこう決めた。


「二十日何もなければ引き返そう。四十日なら、特に前半を切り詰めれば十分に足りる。矢印型に散開し、全速前進する」



 そうして、必ず再会すると誓ったのち、真っ直ぐ東へと船を進め始める。星読みだけでなく操帆術も参考になることが多く、より多くの風を受けて船速は増している。


「十日目、ですね関平殿。ここまでは何もないだろうと言っていましたが、その通りのようです」


「ん、丁奉殿か。確かにな。彼らの情報は本当に精度が高い。さすが文字なしであれほど緻密な航海術を確立していただけある」


「技術や学問という意味で、彼らと我らに何ら優劣はなかった。それがわかっただけでも、大きな収穫ではあります」


「確かにその通りだよ。匈奴然り、ペルシャ然りだ。環境に応じて得意不得意の違いはあるんだが、ある程度の大きさで文化が形成されていると、必ず何らかの学びがあるんだよ」


「ペルシャまで行かれた関平殿には、そこまで実感として見えているのですね」


「まあいずれ、多くの人々が、それくらいの所までは実感できるようになるだろうさ」


「そうなるように、我らが後押しせねば、ですね」



 その準備は並行して整えつつある。サモアから東進する際、潘璋殿、曹休殿、李恢の三名は、中型船五隻と、小型船三十隻を率いてグアムへと引き返している。この優れた知と勇、そして礼を持つ文明人の存在は、いち早く本土に知らせ、国と国として交誼を深めるべき、という判断だ。

 引き返す際に、サモアの者らに促され、トンガ、そしてフィジーという、同じくらい優れた二つの部族にも挨拶に向かうと聞いた。トンガはやや荒くれの趣向を持つようだが、あの面々であれば問題はないだろう。



 さらに五日が過ぎ、何があっても見逃すな、と言われた領域へと船が踏み入れられる。もはや誰一人、平らな世界の果てがある、という考えのものはおらず、ただ海が広がっているのか、それとも未知の島々や大陸があるのか、そのどちらかを想起していた。


「関平殿、左右の船に、何か問題は発生していませんか?」


「陸遜提督。はい。問題ありません。望遠鏡と法正号で、毎日しかと、水夫たちの体調を確認させております。無論、体調を崩す者らは何人かずついますが、管輅、王甫、趙累の三名がそれぞれ診察し、事なきを得ていますね」


「ネズミが出たという船も聞いたが、それも問題なさそうですね」


「はい。兀突骨達が、『ネコは絶対に連れていくぞ』と提案してくれていたおかげですね。最初に聞いた時は、水夫達の癒しとして良いなとも思っておりましたが、それだけでなく、率先してネズミを捕まえてくれるのには大変重宝しております」


「食糧や、資材をかじられては大型ですからね」



 ん? 何か騒がしいな。


「陸遜! 関平殿! なんかでかい魚が近づいてきた」


「どっちだ? クジラ? サメ?」


「おそらくクジラだ。サメにしてはデカすぎる。小型船よりでかいかもしれない。右翼後方からだ」


「絶対に接触しないように! 間隔をたもちつつ、並走させよ。すれ違ったら元の東向きにもどせ!」


「「「了解!」」」


 クジラは、衝突さえしなければ問題はないと聞いている。サモア人からも、「クジラはノロいが賢い。急な角度では衝突を避け難い。並走気味に航行していれば、しばらくして自分から避けていく」と聞いている。



「最右翼から、数頭の群れと接近したと入ってきた。なにやら緊張というよりは、興奮気味だな」


「興奮、か。うまく並走しているのだな」


「クジラに追い抜かれているらしいぞ。北寄りに進路を変えて、風向きが悪くなっているからな。抜かれたら、はぐれないようにしつつ、東向きに戻していけばいい」


「凌統か。だが鯨というのは初めてだな。何かの前兆と捉えていいのだろうか」


『可能性はあるんじゃないかな。陸地の近くの方が、外洋よりも餌は多いだろうからね』


「小雀殿。だとしたら、より様々な傾向を注視するのが良さそうです」


『サメと嵐には気をつけないとだけどね』



「ん? 結構近くまで来ているな。五隻ほど向こうか。我らの雁行とほぼ並行の進路になっているようだな」


「あ、見えてきた。本当にでかいな。小型船より中型船に近いぞ」


「潮を吹いているな。あれが呼吸なんだったか」


「すれ違うぞ。確かに安全な距離を保ちながら進んでいるようだ」


「左翼の者らは見逃してしまう位置だな。さぞ残念がりそうだが……」


「致し方あるまい。また会う機会はあるやもしれん」


「……通り抜けたようですね。なんというか、見事な並走と抜け方でした。進路を戻しましょう」


「何というか、自然の雄大さ、だな。騒いでいた水夫たちも、通り過ぎる時は大人しくなっていたぞ」


「絵を描いているやつもいたな」


「海においては、人は相当小さき者ということでしょう」


「十五日東に航る 幾万里鯨は往く 走る背を追うは叶わず 星を詠む筆のみぞ勝る」


「曹植殿、まことにあなたらしい、勝ち気な詩です。鯨に追いつけるのはあなたのみのようですね」


「いつかあの背を追い越せる日が、人にも来るのかもしれません。それでも、自然の優美に勝るものはありませんが」



 三日後


「あの鯨以降、変わった様子はないが……」


『ですが、何も無いということは無いでしょう。鯨が群れをなすということは、十分な餌があるということでもあります』


「もしかしたら彼らはすでに、どこかにたどり着いているかもしれませんね」


『だとしたら、あと数日ってところだけどね……』


「ん? 李厳殿か」


「少しばかり、潮と風の向きが変わったかもしれません。船速が落ちています」


「船速、か。どう見ますか陸遜殿?」


「風や潮が止まった、となれば凶兆ですが、勢いを保ったまま変わったのであれば、それは前方に何かあるという吉兆に相違ありません」


「凌統殿! 全線、横列に展開しよう。誰が何を見つけるか。最大限の視認をとるのが良さそうだ」


「ああ。了解だ。陣は変えておこう。だがそろそろ夜だ。無理は禁物だな。見張りもしっかりと休ませよう」



 そして世が明ける。外へ出ると、少しばかり海の色も変わってきているように感じられる。


「んー、あれは海鳥? 魚を取っているのだろうか」


「これまで見かけませんでしたね」


「少し海が浅くなってきているということか」


「風がよめねえ。まあ進めるっちゃ進めるが、船速は落ちるな」


「引き返す理由はありませんね。ここまでさまざまな変化が同時に起こるとは」



 やや船速が乱れつつも、日が落ちていく。


「んー、向かい風か。流れは北向き。水が冷たくなっているらしいぞ」


「仕方ありませんね。進路を北東に取りましょう」


「それでも赤道よりやや南だな」



 そして、世が明ける。


「んー、なんか変」


「どうした兀突骨?」


 兀突骨。面倒見の良い彼は、サモアまでは中型船の船長をしていた。だがこの道中では、最も背が高く視力も良いため、先頭を進む本艦で見張りを担当していた。


「少し、日の出が遅く無いか?」


「む、確かに……」


「なんだ? とりあえず前を見ておくぞ……!!」


「今度はどうした?」


「日の出、前がきらきら」


「?? 太陽を直接見るんじゃ無いぞ」


「大丈夫。東が広くきらきら」


「なんだ?」


 陸遜殿が、見張り台に上がる。


「よく見えませんね……確かに輝いて見えるような」


「きらきら。広い……日が登った。きらきら消えた」


「そうですね。もう少し近づかないと分からないようです。少し食料が怪しくなってきていますが、ここまで来ると明らかに変化が大きいです。この前進みましょう」


「ああ。問題ない。いずれにせよ魚もたくさん取れそうだからな」


「魚、美味い」


「ハハハ」



 昼過ぎ。魚を食べてお腹いっぱいになった兀突骨。ふたたび望遠鏡を覗き込む。


「おおお」


「どうした」


「なんだあれ、遠過ぎてわからねえけど、なんか見える」


「!!」


「陸遜殿! 左右の中型僚艦から、ほとんど同じ報告が。『水平線の先に何か見える。よくわからない。島ではないかも』と」


「何でしょうか」


『何か、であるのは間違いないね。まあ進むしか選択肢はないよね』



 そして、日が暮れる。皆胸は高鳴るが、しっかりと休むように伝達するのを忘れない。そして翌朝。


「壁、だ。日が昇らない」


 望遠鏡を覗き込む兀突骨。


「壁?」


「とんでもなく高い。日がさえぎられるくらい」


「僚艦からも同じ報告です。小型船からも」


「これは確定でしょうね。上陸不能の壁でない事を願いましょう」


「風向きは追い風だな。海風ってところだ。陸が近ければ確かにそうなる」


「ならば日のあるうちに近づけそうですね」



 昼過ぎ。


「こりゃ壁だな。とんでもない高さの山脈だ。まだ沿岸が見えないが。兀突骨、沿岸はわかるか?」


「まだわからない。見えない。でもなんかいる」


「水深はだいぶ浅いのでしょうか。かなり濁って来ましたね」


「ん? あれは……岸だ。すこし急すぎる。多分無理だ」


「無理ですか。ですが陸地に間違いはなく、島でもない。ならば我らは今確実に、新しい世界をこの目にしています」


「ああ。全艦に伝えよ! 我ら、未知の地に到達した!」


「「「応!!!」」」


 誰もが気持ちの高ぶりを抑えられない中でも、誰もが自らの役割を果たす。こいつらはそういう集団だ。


「左翼から報告。こちらはやや低いかもしれない」


「右翼から報告。高い。上陸不能」


「北に向かいましょう。視界はそれほど不要なので、距離を詰めて、旗艦を先頭に変えた縦隊陣で。陸に到達した今、食料は随分と余裕があります。最良の上陸地点を探します。低地や浜、いや、河口の一つや二つあるでしょう」


 水夫たちは大騒ぎをしながらも、しっかりと役割を果たす。左手にこれまでの海、右手には視界をさえぎる壁。多くのものが右を見ながら、この先待ち受ける何かに心を躍らせる。帆は横風を受け、船は北へ進む。

 お読みいただきありがとうございます。

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