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七十五 諸島 〜(凌統+曹植)×戦士=覇歌〜

 凌統だ。地上の楽園といっても過言では無い、グアムの地を離れて三月ほどが経つ。グアムで拠点を作っていた時に本国から届いたのが、大量の竹筒と、大きな木の板。


 竹筒には、中に硝子の拡大鏡というのが入っており、遠くがよく見えるようになっている。蜀の技術者というのはとんでもないものを生み出してくれた。これで、視認距離が十倍ほどになるだけでなく、その本領は、対になるかのように送られてきた木の板だった。


 その板は、縦横八ますずつの、六四ますでできており、どのますも、白黒を裏表で反転することが出来た。丁奉はすぐに使い方を理解した。


「これは、法正号ですね」


「だな。対応表もしっかりと付属されている。これだけあれば、四文字か五文字くらいの情報を間違いなく送れるということか」


「簡易な伝達の時は、周囲一ますを白で固めて、中の六ますだけを使うと良さそうです」


「なるほど」


「これと、この望遠鏡? を組み合わせれば、船同士の距離を、十倍ほどまで広げられますぞ」


「確かに。それはすごいな。それならグアムに着く前の、見落としの懸念なんていうものが相当減るはずだな」


「洋上で試しながら、少しずつ距離を広げていきましょう」


「ああ。そろそろ出立する頃合いだから、試しながらでよかろう」



 この技術で、同時に視認できる距離は五百里(二百キロメートル)まで広がった。それに、情報伝達も大いに加速したため、些細なことでも何かあったらすぐに伝えられるようになる。


 おかげで航海はすこぶる順調に進み、南東に針路を定めると、毎日のように多数の島を発見しながら進んだ。人がいる時もいない時もあったが、上陸できる時はできるだけ上陸。無人のときは簡易な櫓を建てて目印とし、有人の時は、少人数で話しかけつつ、言葉の違いなどを学び進む。



 多島海を進み、雰囲気が変わったのが、地元民がタラワと呼ぶ島に着いた時。これまでのように、警戒心はあっても気さくな者らが多かったが、この地では少し様子が違った。まず、どこから来たのかを念入りに聞かれ、西からと答えると、少し安堵したような雰囲気を出してきた。そして、


「西から来て、東にゆくか。この先に進むなら、少し奴らのことを知るのが良い。我らは東から広がった島の民。奴らはいつからいたのかわからない海の民。言葉も少し違う。何よりも、あいつらは船に誇りがあり、そして強い」


「島の民? 海の民? 船? 強い?」


「東から来たら、おそらく戸惑う。それくらい違う。ここまでは、島と島が別々。だからお前達の進み方は問題なかった。だが、この先は違う。たくさんの島が一つ。誇り高く、先祖を重んじ、儀礼を重んじる。それに、強い」


「それは、我らの故郷のようだな。我らも儒という文化がある。先祖と礼儀を最も重視するのだ。だが、強いというのは?」


「そのままだ。でかくて強い。こっちだ。ちょうど来ている。着いてこい。びっくりしても、動じるな」


 幸いなことに、ここから先の、違う文化圏という者らのところに案内してもらえるようだ。



「陸遜殿、どうする?」


「礼を重んじるといえど、向こうと決定的に食い違うわけでもありますまい。我らは我らなりに、礼を尽くしましょう」


「わかった。立礼拱手でよいか?」


「よろしいかと」


 

「こっちだ」


 どうやら、野外で食事をしながら、酒を飲んでいるようだ。二十人ほどだろうか。見るからに屈強な者達。流石に我らの側の兀突骨ほどの者はいないが、大半の者よりは大きい。


 全員整列し、陸遜殿が一歩前に出て拱手する。全員整列合わせて拱手。


「お初にお目にかかる。私は陸遜と申します。西の大陸から、島々を渡ってこちらに参りました。この世界の大きさを知った我らは、東の未知を探訪するため、船団を率いる旅路の途中です。

 こちらの地元の方に案内され、東の海の民の方に、挨拶しに参りました」


 すると、その集団の長だろうか。全員の起立をうながす。そして、なにやら陣を組み始めた。そして、陣内で族長が、勇ましげに声をかける。


 陸遜殿は列にもどり、拱手をつづけさせる。



「サモア!」


『ハッ!』ドン!


「タトウ! オ! エ! タウ! レ! タウア!

 タウ! エ! マトゥア! タウ!

 ファイ! イヤ! マファイ!

 レ マウ!」


『サウ イヤ!』ズン!


 隊長の声が大きくなり、その頂点に達すると、全員が同じ体制を取る。腰を落とした半身。いつでも突進できそうな、そんな迫力。だがその強い眼差しに敵意はない。そして、最後の掛け声に対して全員が答えると、


『レ マヌ サモア エ ウア マロ オナ ファイ オ レ ファイヴァ!

 レ マヌ サモア レネイ ウア オウ サウ!』


 全員が一糸乱れぬ振り付けで、胸、腕、腕、腿と力強く叩き鳴らしながら、同じ旋律と言葉を発する。時折足踏みや、異なる順。だが一つも乱れはない。

 重低音の声音と、おおよそ一音一音叩かれる、やや高い打音が、単なる勇ましさを、調和の取れた旋律に仕上げる。


『レアイ セ イシ マヌ オイ レ アトゥ ラウラウ!

 ウア オウ サウ ネイ マ レ メア アトア!』


 小雀殿が、『戦場に向かう自らを鼓舞するような、そんな意味のように感じられます。おそらく合っているはず』と。こちらにしか聞こえない小声。

 そして、少し前の喧騒が嘘のように、他の音は一切聞こえない。周囲で飲み食いするものも、黙って聞き入る。これも、この島の民達の「礼」なのだろう。聞こえるのは波音と、たまに弾ける薪の音。


『オ ロウ マロシ ウ アトアトア!

 ラ エ ファアタファ マ エ ソソ エセ!

 レアガ オ レネイ マヌ エ ウイガ エセ!』


 炎は男達の汗を照らし、その剛腕を浮き立たせる。

 そして、加速する打音や声は最高潮となり、そして力強くもう美しい旋律が鳴り響く。


『レ マヌ サモア! レ マヌ サモア! 

 レ マヌ サモア エ オ マイ イ サモア!

 レ マヌ!』



 ここで終わりのようだ。彼らは全員居住まいを正すと、長が歩み寄り、ややたどたどしく拱手する。


「んー、こうか? 我らの礼に付き合う者、我らも主の礼で返す」


 どうやらこの島の周りの言葉も話せるようだ。


「これはこれは。勇ましき儀礼。戦場の歌なれど、目に敵意はなし。礼には礼を尽くすのが、我らの信義です」


「ガハハ! それはいい! 西から来た者。しばし話をさせてもらいたい。タラワの民よ。彼らにも酒と飯をお願いできるか?」


「喜んで」



――――


「なるほど、お主らも先祖を重んじ、礼の高い者を重く用いるか。だが、そのいくつかは行き過ぎを招き、力や才ある者の活躍が阻まれ、何百年に一度、その不満が社会をひっくり返す、か」


「はい。今はそれがおおよそ収まりましたが、三つの国に分かれています」


「陸が続けば食い物も増え、暮らしやすいと思ったのだが。人が増え、欲が増えると、それはそれで良くないのか」


「かもしれません。強きものや弱き者、賢き者や愚かな者。人が増えては争い、減ってはまた、外の敵に脅かされる。どのように世を治めれば良いのか、答えは出ていません」


「我らは海の中のたくさんの島。全ての島を手にすることは望まん。だが負けるのも望まん。だから、強さを誇り、奮い戦う。サモア、トンガ、フィジー。どの民もそれぞれ、戦の歌があり、それは何よりも尊重される」


「誇りのために強くなる、ですか。我らの北にいる、匈奴という名の草原の民は、馬と共にあります。彼らは最近、『誰よりも強ければ、誰も傷つけずに済む』と言い始め、それから急速に力をつけ始めました」


「そうか。大陸ならば、それも間違っているかはわからん。海は、人が弱い。人の誰よりも強くても、海や空に負けることがある。だから、その草原の民と語らい、そして戦うための言葉は、我ら海の民の地にはないかも知れん」


「そう思うのですね。あなた達一人一人は強く、そして賢い。それでもわからないものは多い、と」



「ああ。だが船の術や、星を読み、海を渡る術は、お主らよりも優れているところはあるかも知れない」


「我らにも、星を読み、暦を作る術はありますが、それで陸の見えない海を渡り切るのは難しそうです。だからこそのこの大船団。とくに、この望遠鏡を使って、互いの位置を確認できるようになって、航海は格段に安全になりました」


「そうか。だが、いかに遠くが見えても、この丸い海、遠すぎれば何も見えん。だからこそたくさん並べた、お主たちの判断は正しい。サモアに来ると良い。それらを合わせれば、はるかに海を航る力が増す。我らも明日には戻るからな、共に来ると良い」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、同道いたしたいと存じます」



 翌日、サモアという島の者に導かれ、我々はその島へ向かう。そこには、整然とした木造の建物が立ち並び、これまでの島の、集落、という表現とは明らかに一線を画す情景。つまり、明確な「社会」が成立していた。


「ん? 屋根や柱はあるが、壁がないのか?」


「壁か。暑いからな。風通しを良くしないと、食べ物は腐り、病は増える。それに大きな風が来ると、むしろ壁がある方が飛ばされる。だからこのままなのさ。隠したいところは布で隠せばいい」


「我らの街は、家にも壁があり、その街自体にも壁があり、多くは四角く区切っています。そうか。島だとそもそも街の壁はいらないし、壁で何かを防ぐこともないのでしょう。文化の程度の違いではなく、何が必要か不必要か、なのですね」


「大陸では、人や大きな獣が敵か」


「そうだな。野盗や蛮族、それに戦。それと、砂や虫というのも大きな問題になるな。だから壁は必要なのさ」


「同じらの船にも、壁があるな。だが確かに、人や物を遠くに運ぶならそれがいい。我らのカヌーは、島と島の間で確実に辿り着けるためなら一番いいが、それ以上は難しい」


「どちらが良い悪いではないのですね」


 陸遜殿と共に家を眺めていると、曹植殿が若者を一人連れてきた。



「凌統殿、管輅を連れてきました」


「おお、曹植殿。それに管輅か。こいつは我らの国の星読みにはすこぶる詳しい。だから、しっかりと話をさせられるはずだ」


「管輅と申します。ここに来るまでも星と暦を見ておりましたが、確かに突き詰めれば、自らの位置や、島同士の関係は見定めることもできそうです。しかし、それには多くの情報が必要そうですが、どうやって記録するのですか?」


「記録? うーん、覚えたり、詩にしたりだな」


「詩、ですか。確かに詩にすれば、忘れ難くはなりますね。旋律や表紙に合わせれば、何度も口ずさむことはできます」


「ですがそれだけでは、複雑になってくると難しそうですね」


「そういえばお主ら、何か読んだり書いたりしているな。あれは絵ではないな。文字というやつなのか?」


「はい。ここまでの島でも、文字はないようでしたので、皆様の言葉に合わせて使いやすい形の文字をお贈りしていたのです」


「ほう、それは良いかも知れんな。その薄い生地のようなものも、作れるか、無理ならばお主らの仲間が持ち寄ってくれるのだろうか」


「どちらも試すことはできましょう。そして文字はこのようになっています」


「ほう。音をそのまま記述しているのか。これならそう時間はかからないぞ」


 どうやら先ほどからやたらとうずうずしているものがいる。曹植殿か。



「そういえばサモアの勇者様。あの歌は、いかなる意味を持ったものなのでしょうか? たいそう勇ましく、心を震わされるものでした」


「おお、シヴァタウか? あれはそうだな。我らの先祖に祈りを捧げ、戦に魂を込められるような、そんな戦士の歌だ。お主らのところにもあるのか?」


「はい。皆で歌ったり、旋律があることもありますが、私の詩はまだそういうものをつけたりつけなかったりですね」


 そういうと、彼は、あの白馬篇を披露する。そして隣では丁奉が、その訳をさらさらと書き記す。こいつ器用だな。


――白馬は金羈を飾り 連翩は西北に馳せる

 借問す、誰が家の子ぞ 幽并、游侠の児

 洛陽の壮士は天に叫び 魏の曹氏の旧恩に報いる

 万里を征して匈奴を伐し 戦えば必ず首級を挙げる――


「ほう。意味はわからなかったが、お主の気持ちがこちらに入ってきたぞ。これは実際に戦士たちを奮わせるために書いたのか?」


「はい。その通りです。一度は故郷から、出陣する戦士を送り出すために。二度目は、私も戦場に出て、危地に陥った自軍を奮わせてなんとか撤退するために」


「ガハハ! だからこその、お主のその魂か。ん? そして、これが文字か。なになに? 読んでくれるのか」


 丁奉が、丁寧に読み進める。無論、その勇ましい詩篇の裏に、撤退するしかなかった悔しさや、次は必ず勝つ、という意気込みが含まれていることも、こいつは知っている。すると、族長の目からは涙が。


「こ、こんな勇ましい歌で、皆がどうにかして強敵から逃げるのを助けたっていうのかよ! ズズッ。お主はなんと凄まじい魂の持ち主だ! その魂が、いつか国を助ける時が絶対に来るぜ!」


「あ、ありがとうございます……是非、そのような時が来るのを願っています」


 そうしてしばらくの間、様々な話題で彼らと語り明かす。そしてサモアの国主や知識人たちも次々に加わって、航海術や記録術、交易などの話の輪の広がっていく。壁のない建物が、そんな輪の広がりを象徴していたような気がする。


 そして、航海日誌には、こんな詩が記されていた。多分曹植殿だろうが、もしかしたら水夫や将の誰かかも知れない。


方家は砂塵を阻み 丸屋は多くの人を繋ぐ

打音は大地を奮わせる 我が詩よ友の心に響け

 お読みいただきありがとうございます。

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