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七十四 瓜夢 〜(陸遜+凌統)×幼女=順調?〜

 三国が合同で人員を出し、そして一年足らずで仕上げられた船団。その次の行き先は、先行してルソンの街、マニラに到達した将から、その候補となる情報を得ていた。


「サク、真っ直ぐ東に行くと、沢山の島にぶつかる。一番南が一番大きい」


「コー、その島からは、もっと東に行っても遠い。南東に行くといい」


「サクはおもしろい男、コーは固い男、娘よ、どっちがいい?」


「サクがいい!」


「そうかそうか」


 何がどうなったかは知りませんが、関索殿には、現地で奥方ができたとの事。養兄の関平殿も、大いに呆れておいででした。


 そして、ここから先は、正式に定まった船団の船出となります。中型船三十に、小型船百八十。それぞれ乗組員は五十人、二十人前後。つまり、総勢五千ほどの兵団。

 少ないと思うかもしれませんが、戦に行くわけではないので問題ありません。船速が大層速く、おそらく敵船や怪物などが現れた時も、被害が大きそうならば逃げることもできそうです。


 提督は陸遜殿。旗艦の艦長は凌統殿で、私丁奉と関平殿、曹植殿が、主にそれぞれ前衛、左翼、右翼に展開する船団への指示をします。


 指示は陽光を鏡で受けて、その明暗の間隔を用います。距離や方角の単純なものであれば単純な暗号を、複雑な指示は一度、二次元紋章号である『法正号』に書き起こして確認します。

 時に太鼓や、旗と望遠鏡の組み合わせなど、複数の手段を用意する事を推奨しております。これらのやり方は、建業に出向いておいでだった、法正殿や木鹿王殿が議論の結果定まっております。



 後で聞いた話ですが、我らが出立する前後に、このような会話があったのだとか。


「拡大鏡を、船で使えるようにしたいですね。それがあれば、法正号を直接見定めさせる手法が問題なく使えるようになります」


「硝子の研磨は、もう少しで良くなりそうじゃの。小雛殿の具現化の際に活用した技法が生きてきておる」


「竹筒に、凸面硝子をはめ込んでみると、拡大はできそうです。ですが、一つだと安定しませんね」


「二つだと上と下がひっくり返るの。ひょひょっ」


「それでも良いと言えば良いのですが。三つにすると……調整が大変ですが、まっすぐになりますね」


「彼らが次の拠点に行くまでに、どちらかを形せねば。その前提で、大きな法正号用の板も用意できたら」



 さて、出立の日、と言っても、すでに全員が何度かの調練や試験航行を済ませているため、特別なわけではありません。とおもったのですが、陛下や姫様、劉備様。呂蒙都督や関羽殿、張遼殿らが総出でお見送りいただいており、やはり感慨はひとしおでした。


「陸遜よ、そして、三国の志ある五千の者らよ! そなたらは、これより未知の海へと足を運ぶこととなる。この先いかなる苦難が待ち受けているのか、そしてどのような新しき世界が広がっているのか。誰一人その答えを持つものはおらん。

 しかし、否、だからこそ、今ここではっきりと言えることがある。ここから旅立つ五千の皆、そしてそのための準備にいそしんだ十万の者ら。皆全て、この旅立ちを決めた時点で、後世にその名を残すべき英雄である!

 旅立つ者には妻子もおるものも多い。だからこそ告げる。そなたらはすべからく、英雄の妻や子である。旅立つ者の父母がおろう。そなたらは全て、英雄を産み育てし者である。

 さて、ここで、私より相応しい者がいる。誰よりも多くを駆け回り、誰よりも多くのものを説き伏せ、そしてこの日を誰よりも待ち望んだ。我が妹にして英雄の妻。そなたの一言を、皆が待っているぞ」


 姫様は少々呆れながらも、確かな足取りで歩を進め、高台に登ります。その兄や夫からは、心配そうな表情は見られません。


「孫尚香じゃ。今この国は、かつてない三国の秤の上に立ち、史上稀なる脅威に身が置かれておる。じゃが、じゃからこそ、そなたらにやってもらうことが、この三国の、この漢の民の、そしてこの世界の運命を、大きく切り開くことになるのじゃ。

 今日この日から、新たな歴史は語り継がれ、そして今を生きる者たちは、そなたらの持ち帰った物によって、これまでになき輝きを放つのじゃ。いざ進むがいい! その通った道は、全てが永遠に人の世に刻まれるであろう!」


「「「!!!!!」」」


 この場にいる者全てが、あらん限りの咆哮をあげました。そして、三つの国の名を、三人の帝の名をそれぞれが挙げ、最後に、孫尚香の中が、高らかに唱和されていきます。おそらく全土に広がり、匈奴にまで届いたのではないかというくらい、その声は長く長く続いていきました。


 曹植殿がなにやら書き留めておいででしたが、それはまたいずれ。




 そうして我らは、ひとまず台湾の淡水、そしてルソン島北部の港へと、やや慣れた航路を進んでいきます。

 大船団での視認方法、それは、大きく横一線に散開し、互いを視認しつつ進むというもの。十里(四百メートル)ほどの視界は確保できるため、二百余りの船団が互い違いに二列横隊となれば、千里ほどの視界を確保しながら進めます。海域を線ではなく面でとらえ、島だけでなく、不慮の外敵や岩礁も見つけやすい、理想的な視界となります。


 この方策は、すでに匈奴と相対した蜀軍が、威力偵察という作戦を実施した時に組んだ方法とのことです。その時は、動き続けねば敵方にかわされてしまうという、より強い制約があったそうですが、海上は海上で、何もなければ何も見つからないという、また違った緊張感があります。


 呂宋に到着し、食糧を補給します。特に体調が悪いものなども出ず、すこぶる順調です。そしてここから先は、我々にとって未知の領域。陸遜殿や凌統殿、関平殿や曹真殿と共に、喬小雀と名乗られた人工知能とも慎重に話しながら、あくまで計画通りに進めます。



陸遜:「ここからまっすぐ東、ですね。広めに視界を取りたいのはやまやまですが、はぐれては元も子もないので、一里間隔の二列縦隊が現実的な幅でしょう」


「「「全船、基本横隊」」」


小雀:『しばらく何も無いと言うことに対して、諸将や水夫らがどう反応するか、と言うことも、しっかりと聞き込む必要があるんだよ。中型船の主艦長には当面、小型への巡回と対話をお願いすることにしたんだ』


曹真:「その巡回も、人によってはかなり得意、苦手が分かれそうでしたので、事前にどんな事を書けばいいか、艦長それぞれと面談を済ませているのでしたな」


関平:「それぞれの皆さんがいっぱしの将だから、部下の心をつかむのには長けているはず。そういう意味では、一からやり方を指導すると言うよりは、普段皆さんが実施している対話を言語化し、長所と課題を意識させる、と言う形になりましたね」


 そう。どれほど緻密に準備を重ねても、やはり未知は未知。だからこそ、孫尚香様や孫権陛下、劉備陛下は、一人一人の心の部分の変化ついても見定める必要があると、よくよく我らに言い含めておいででした。


 その中で、特に役立ったものがありました。それは、『敦煌書籍』と呼ばれる、多数の創作書物の群。漢土から離れた西域の入り口、敦煌と言う都市で形成された独自の文化。史実を基調にしながら、時に面白おかしく、時に情熱的に、時に絵を交えながら、様々な群雄や架空の人物を主人公に描かれる創作物語の数々。


 これらを持ち込むことを申し入れてきたのは、蜀の地で、敦煌への紙や筆記具などの物資調達を担当していた李厳殿。そしてその意義は、その地の結果を肌で理解していた関平殿。とにかく同じ景色の続く海上で、それは間違いなく諸将や水夫達の心を癒し、震わせることとなりました。


 一部の船では、自分も書くと言い始める者や、幾人かで物語の場面を演じる者、歌や詩、踊りなどを作り現れ始める者も現れ始めます。それらを艦長達に積極的に披露する者らが現れ始め、船ごとにその得意どうし、好き同士が集まるようになってき始める。そんな光景が生まれてきております。



「我こそは張飛であるぞ! この長坂の橋を通りたければ、何人でもまとめてかかって参るが良い!」


「張遼が来たぞー! 八百で十万を蹴散らしたあいつらが来た! 泣く子らを黙らせ……あれっ? 勝手に黙ったぞ?」


「万里を征して匈奴を伐し」ドンドドン! 「戦えば必ず首級を挙げる」ドドンドドン!



 そうこうするうちに、あっという間に十二日あまりが過ぎます。食糧はまだまだ十分ですが、少しずつ疲れが見え始めている者、やや不安を隠さぬものも現れてきています。そんな時、左翼から、待望の伝達が。


「島影あり。左翼正面。大きい」


 凌統殿は、直ちに指示を出します。


「進路を北東に変更! 上陸箇所を探索せよ!」


「「「応」」」



 報告通りに北東に進むと、我々からも直接その姿が見えてきた。登り始めた朝日を遮る、小高い島の影。


 その島は、百里ほどの長さがありそうな、台湾や呂宋と比べると小さな島だが、全員が下船し停泊するには十分な大きさのようだ。


 外周を一周すると、北には島が連なっており、南や東には、見える範囲では何も無いと判断できる。


『少し南にずれていたら、見落としていた可能性がなくはなかったですね。視認性をもう少し高められると良いのですが』


「伝達手段もそうですな。主艦長達の往復は、やや負担にもなっていそうです」


「どうやら人がいるようですね。地元民と交流しつつ、拠点化を進める隊と、戻って報告し、本国の技術革新の様子をうかがう隊に分けましょうか。


『三体に分け、一往復ずつして行く形が良さそうです。一周する頃には、次への準備が整うでしょう』



 上陸しようとすると、やや警戒するかのようなそぶりをみせる、地元民の姿が。


「まずは一隻で行きましょう。見る限り武装は少なく見えるので、いきなり捕まることはありますまい」


「承知しました陸遜殿。全船集結、停泊!」


「「「応」」」



 上陸し、試しに台湾語で声をかけます。


「西から来た。ここで休んでいいか?」


「ん? 西? あっちか? あっちは遠いぞ? 何日だ?」


 違いは大きいようですが、大体伝わります。どうやら台湾で話していた通り、この一帯は、元々が似たような民族なのかもしれません。


「十日あまりだ。五千人くらいいるが大丈夫か?」


「五千? たくさんだ! 俺たちも同じくらいだ!」


「武器は船に置いていくから、頼む。あと、これは食べるか?」


「ん? なんだ? ココじゃねえな。ココはこれだ」


グァだ。甘くて美味しい」


「おお、甘い。ココも甘い。飲んでみろ」


「ほほう、


「グァか。俺たちの島は、グアムだ。なんか似てるぞ」


「グアム……瓜は無い。瓜無……いや、こっちの方がいいか。瓜夢」


 私は、砂浜に字を書いてみる。瓜の夢と書いてグアム。悪くなさそうですが。



「なんだこれ? これでグアムか? 難しいけどカッコいい!」


「簡単な書き方もある。こっちだ」


 続いて、台湾で広がりつつあるカナ文字でも書く。


「これはわかりやすい。グ、ア、ムだな」


「どっちもお前達のものだ。どうだ?」


「こうやって書くのは便利そうだ。それに、俺たちのって言われるのは嬉しい。ありがとう、西から来た人。俺たちはお前達を歓迎する。ゆっくりしていけ」



 そうして、たどたどしいやり取りながら、どうにか上陸を果たします。陸遜殿や関平殿とともに、出来るだけ丁寧な、彼らと共に拠点作りや、交易などの話を始めていきます。


 水夫達は、地元民と、船上で修練を重ねた歌や演劇で、地元民と交流を始めたようです。ココと言っていた椰子の酒や、さまざまな果実、新鮮な魚。こちらからも瓜の実や種、米などを提供し、賑やかに夜は更けていきます。


 数日後、徐盛殿が率いる分隊が帰ると、我々も大半がグアムに残って港を改修し、小型船数隻で、北に続くという幾つかの島を回ります。グアムの民も何人かついてきてくれる事で、北方の各島とも順調に話をすることが出来ました。


 地元の子供達は、瓜夢という文字と、多くのカナ文字を水夫達に習っては、共に演劇に興じます。最初はよくわからないお絵描き遊びのようでしたたが、少しずつその意味を理解し始めると、その目は輝きを増していきます。自分の名前を書いては見せ合い、きゃっきゃと騒ぎ始めます。


 若いもの達は、我らが持ち込んだ創作本を目にし、難しい字を説明しながら話に聞き入ります。ある時から、地元民の言葉を理解し始めた者らが、お気に入りの創作に対して訳本を作り始め、それらは大いに喜ばれることとなります。


 そしてどんな話よりも好まれたのが、「弓腰姫の千里行」。誰が書き始めたのかは分かりませんが、北の騎馬民族の脅威から、未知への希望。そしてそれを叶えるために、三国の人々を、底抜けに明るい振る舞いで説いて回る、赤き衣の姫様の百日行。

 この話は三国様々な方々が追記に追記を続け、この地でとんでもない完成度の創作に仕上がります。懲りずに船に忍び込んでこの島を訪れたご当人が、大いに驚き恥ずかしがりつつ、地元民に大いにもてなされるのは、少し先の話。


 そうこうするうちに三ヶ月ほどが過ぎ、拠点の構築と、安定な交易路の形成がおおよそ目処がたちます。そして、本国から届いた物が、我らの航海にする見通しを、さらに明るいものにすることとなります。

 お読みいただきありがとうございます。

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