七十二 呂宋 〜(陸遜+孫尚香)×幼女=新語?〜
陸遜が半年をかけて学び取った『鳳雛の残滓』『叡智の書庫』の知識群。それは東の島国、倭の国主、卑弥呼の力と、孫尚香の儚い願いを経て、奇跡と言ってもよいだろう怪異現象による結像を果たす。この孫権としても、塞ぎ込む妹を見ていられなんだから、望外のことと言えた。
幼子の風体をした小喬、改め喬小雀は、時には姿をみせ、時には文字や声のみで情報を伝えながら、この国の、世界の未来を大きく推し進める事業の準備を、一層円滑にして精緻なものとしていく。
その間凌統らは、新造船の試験をしながら、台湾島、そして呂宋島という大きな島との往復を繰り返す。台湾には何度か上陸し、豊富な植生や木材資源に期待が高まるが、先住民の言葉がため、彼らの警戒を解くことができずにそれ以上の交流が滞っていた。
だが、小雀を連れていったところ、その問題が一気に解決の芽を見せる。小雀は、一度聞いた言葉をすぐに体系化し、漢語との比較によって直ちに解釈出来るという、とんでもない能力を持っていた。
例えば、小雀と凌統、丁奉が台湾に向かい、何度止めても聞かん孫尚香が同乗していた時に、こんな話をしていたとのこと。
「なるほど姉様。彼らの言葉は、単語や文の成り立ちから異なる部分が大きすぎるゆえに、漢字を使った表記がそぐわないんじゃな」
『そうなんだよ。むしろ、倭の国で作った片仮名という文字表記の方が相性がいいんだ。倭は、漢字と仮名を混ぜた表現が最善で、漢は漢字だけで表現できるのさ。でもこの台湾の言葉は、そのどっちでもなくて、当面はこの音だけで表現するのが正解だろうね』
「倭のように、単語の一部に漢語が混ざっていれば、漢字を混ぜる利があるんじゃな。じゃとすると、彼らの言葉にいずれ漢字を混ぜるか混ぜないかは、この先の未来が決めればよい、ということなんじゃな」
『そうだね』
二人が話していると、先住民の女性が近づいて話しかけてきた。
「チャイ キソ チ カネナン ア イニ ヌ?」
「ん? 瓜じゃな? 食べるぞい! 妾吃瓜!」
「グア? グア(瓜)! チ カネナン キソ ア グア! あはは!」
『チャイは、疑問だね。キソが貴方。カネナンが食べる、かな。イニがこれ』
「チとかアとかヌっていうのが付くんじゃの。これが確かに漢字での表現が出来んところなのじゃな」
『それぞれ、動詞や名詞の前につけるのと、疑問の言葉の後につけるやつだね』
「カネナン キソ グア。アハン! チ カネナン キソ ア グア!」
『アハンは、わからない、知らない、という意味だね』
「なるほどなるほど。なんか楽しくなってきたぞい。チャイ キソ チ カネナン ア グア ヌ?(そなたも瓜を食うかの?)」
「チ カネナン アク ア グア(私は瓜を食べる)! あはは!」
『瓜か。この食べ物は保存が効くし、航海に欠かせない栄養もあるだろうね。このまま持っていってもいいし、乾燥させて保存食にしてもいい。いいことづくめだよ』
こうして、小雀が、彼らに存在しなかった文字体系を成立させていくことで、急速にその交流が加速する。最初は全てを仮名で表現していたが、接頭詞に独自の記号を用いる改良がなされると、より一層見やすく、伝わりやすくなり、現地の民にも『文字』という文化が急速に広まっていく。そして、交易や船の整備ができる港の建設が受け入れられると、国内で造船所建設がひと段落していた呉や蜀の技術者たちが台湾入りする。
呉から諸葛瑾、歩騭、虞翻ら、やや手持ち無沙汰となっていた経験豊富な文官らと、蜀から腕っぷしと技術力を兼ね備える張翼、張嶷らが、ともに台湾に出向く。そして建設や交流、そして言語や文化、植生の調査が進められる。
「この淡水という河口ならば、外洋の波を受けることも少なく、安定した拠点を形成できそうです」
「人が多く住むのは少しばかり上陸のようだな。ここなら彼らの生活を圧迫することなく、交流の輪を広げながら、さらなる東征のための重要拠点をつくりあげられよう」
そして凌統、丁奉らは、小雀力も借りつつ台湾からさらに南の呂宋島に上陸した。すると小雀は、その言語体系が台湾原語と類似したものだと気づいた。ちなみに、流石の孫尚香もここまでついてくるのは自制している。
『この言葉なら、理解し切るのにそう時間はかからないね。あったと同じ表記で、文字を広めてみようか』
「たしかにこの言葉なら問題ありません。台湾語もおおよそ理解できましたので」
「はあっ!? 丁奉、お前そんなはやく……そういえば倭でも普通に話していたな。漢語忘れねえか? 大丈夫か?」
「問題ありません。話すのが少し遅くなるくらいでしょう」
「そりゃあ元からだな」
丁奉が現地語をある程度理解することを察したのか、現地人が話しかけてきた。
「(兄ちゃんたち、どこから来た? この辺にも人は居る。島の中心はむこう。船で左にぐるっと回る。小さな入江は越えて、大きな入江。平原に街がある)」
「(ありがとう。北にある大きい国から来た。知らない世界を見つけるため、船で旅をしている)」
「(国? 世界? なんだ? 街に行けば、もっと知る人がいる)」
「(こちらには大河があり、平地もある。なぜ人が少ない?)
「(空は一つ目の怪物。雨を呼ぶ。去ると河が暴れる。風が湿って、あっちから風が吹いたら、絶対に船はだめだ。)」
『嵐が多く、洪水が絶えないのかもしれないよ。呉の治水技術がどこまで通用するかも分からないね。長い目で考えようか。それと、南風と湿度か。重要な忠告だよ』
「(わかった。ありがとう。では南の街に行ってみる)」
「(ああ。良い旅ができる)」
「良い旅ができる、ですか……なにやら、心地よき響きですね」
「そうだな。大きい街の方にも行ってみるとして、ここの人との交誼を絶やすのは惜しいな。彼らに文字を教えつつ、良旅の民という字を贈り、我らの友とするのがいいかもしれねえ」
「よろしいと存じます」
この地の治水改善への想いを残しつつ、良旅の民の助言に従い、島の南部に進むと、確かに大きな町を発見したとの事。しかし、
「警戒されているな。弓はないが、槍のようなものを投げてきそうだ」
「(敵意はない! はるか北の地から来た! 話をしたい)」
「(北の地? 知らないぞ! 南や西ではないのか?)」
「(北だ!)」
「(わかった! 皆、槍を下ろせ!)」
どうにか彼ら槍を下ろし、上陸。部隊長のような者が、ある程度話ができるようだ。
「小雀様、私がある程度対応しますが、万全ではないゆえ、ご支援をお願いします」
『わかった。ここで目立つ気はないから、自然に頼むよ』
「承知しました。(南や西だと問題なのか?)」
「(南は危険。話が通じない。西は色々押し付けてくる。北は初めてだ)」
「(そうか。西はある程度知っているな。確かに天竺やその西の者は、自分たちの考えを広めることを好む)」
「(ああ。同じところと違うところ。話すのが大変)」
「(そうしたら、この文字を使ってみるか? そうしたら、自分たちと、彼らの違いを説明して、話し合えるかもしれないぞ)」
「(文字、か。あいつらも文字があった。でも我らの言葉と合わなかった。これはどうだ? 合うのか?)」
「(試してみてくれ。あなた達と似た言葉を話す、北の島の民のために作った)」
「(わかった。文字を作るのは偉い。ありがたく受け取って、試してみる。それで、あんたらは何をしに旅に来た? 取引か? 教えか? 土地か?)」
「(取引は興味がある。教えは、あまりにも未開だったら考えたが、後で良さそうだ。人が多い土地はいらない。何よりも知りたいのは、あたらしい世界。未知の大陸、新しい人のいる大陸があるか、だ)」
「(南は、大きい島がある。大陸は、あるかもしれない。だが、街は少ない。人は狩りをして生きていると聞く。東は、島がたくさん。そこを渡る技があるから、あんたらにも役立つかもしれない。もっと東は知らない)」
「(なるほど。それは大変重要なことを聞いた。感謝する。この街には、もっといろんなことを知っている、偉い人はいるのか?)」
「(長老と、領主はいる。だけど、どれくらい知っているかはわからない)」
「(分かった。そうしたら我らは一度戻り、もう少ししっかりとした人たちを連れてくる。あなた達との関係を大事するため、そしてあなた達により良い暮らしをしてもらうために)」
「(ありがとう。ではまたいずれ。だが、一月すると、一つ目が出始める。だから、戻るのは急げ。そして、半年ほどは来ないほうがいい。その先は、急ぐよりも命が大事だ)」
「(重ね重ね感謝する。ではまた少し先になるが、その時はよろしく頼む)」
「(ああ、またな)」
襄陽まで来ていた蜀の劉備、関羽、諸葛亮、法正。魏の曹植、許褚、荀攸、程昱。そして呉は魯粛、呂蒙、陸遜と儂が、そんな報告を聞く。そう。これから始まるのは、反董卓連合まで遡ることになるかもしれない、三国一同に会した首脳会議。この先で、この先の東征の計画を、詳細に練り上げることとなる。
孔明「南は、苦難が大きくなりそうですね。そして、その割には、我らが今最も強く求めている『新たなる未知』に対して得るものは少ないかもしれません」
魯粛「そもそも、南よりも東のほうが、より広い世界というものが存在する可能性が高いという結論でしたね」
孫権「南に関しては、一歩一歩慎重に、現地との交誼を深め、新たな物資の取り込みや、文化圏の拡大といった、漢土に対する利を高めていくのが良かろう」
曹植「東に向けた船団の規模を可能な限り固めつつも、南は南で、しかとその活動を続けていくのがよろしいかと」
劉備「であれば、台湾、呂宋の二箇所に対しては、それぞれ相応の者を都督とするのがいいだろうな。それぞれ、ある程度老練だが老齢すぎない者と、若いが漢に対する忠義に疑いなき者が必要そうだが」
程昱「魏は都督やその補佐を出すのは難しそうです。曹爽、張虎、楽綝を船団に残しつつ、国内で人が育ち次第、増員を考えます」
孫権「わかった。台湾は、呉の文官を出しつつ、蜀の技師をいく人かつけてもらいたい。呂宋は、全琮、歩騭、呂岱を出す。それで関羽殿、相談なのだが」
関羽「なんなりと」
孫権「呉への忠義の厚さは、かの三人は疑うべくもないのだが、漢土全体への忠義ともなると、個人の資質を超えたところに頼る必要が出てくる。劉家も考えたのだが、この人に耐えうるとなると難しい。よって、あなたのお子らを、しばらくの間その任にあたるというのはいかがだろうか?」
関羽「なるほど。私の名が、その忠というものに対する何よりの重しになる、そう仰せなのですね。あいわかり申した。引き続き関興、関索の二人をつけるが、彼らには呂宋に滞在してもらうこととしよう」
孔明「華佗殿の青嚢医術を引き継いだ者らを何人かお連れすると良いでしょう。その未知の地で全てが通用するかはわかりかねますが、あるとないとでは大きな差がございます」
こうして呂宋、台湾の地における当面の滞在者は定まった。そして次が本題である。東の海への大船団、その編成を、しかと見定めることこそ肝要。
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