七十 始動 〜孫尚香×??=船団?〜
孫尚香じゃ。妾も暇ではないのじゃが、どうやら呉の国でたいそう面白いことを始めるようでの。妾のいる蜀も大いにその助けをなすが、互いの連絡のために行ったり来たりしておってなかなかの賑わいじゃ。
ちょいとその様子をのぞいてみるのじゃ。
「あ、尚香様!」
「姫様!」
「ひょひょっ」
「おう、月英、木鹿に左慈か。ここはいつも通りじゃの。何をしておるのじゃ?」
「どうしたら、船室を丈夫に組めるかを話していたのです。荷車とはかかる力が異なるので、どうしても勝手がわからず」
「なんじゃ。そんなことか。そなたらほどの者らでも、このような時は視野が狭まるのじゃな。船のことなら船を知る者に聞くのが一番じゃぞ。それと、木の建物ならば、蜀に名手は多いのではないか?」
「なるほど。我らだけが技術者ではありませんな。目が曇っておりましたわい。人の目を曇らせるのが我が生業だのに。ひょひょっ」
「それと、どう耐えるか、というより、どう崩すか、というところなら、そこらじゅうに名手がおるわい。槍働きなぞ、相手の体勢の崩しあいじゃろ。そなたらも時が惜しかろう。他のことを進めておれ! かかかっ!」
さて、では参るかの。衛士長の廖化は今日も励んでおるのじゃ。
「太后様、どちらへ!?」
「襄陽じゃ! すぐ戻る!」
「えっ? あっ!……」
襄陽に着いたぞい。割符? 待ってるぞい。割らない方の新しい奴じゃ。じゃがあまり出す必要もないの。顔通過とやらじゃ。
「姫様!? こたびはどちらへ?」
「凌統はいるかえ?」
「はい。都督のところに」
「ほう。重畳じゃ」
宮殿は、あっちじゃな。
「凌統、おるかの?」
「「姫様!?」」
「魯粛殿、また顔色が悪くなってきたぞい。若いのも育ってきておるんじゃ。いい加減仕事を部下に回すことを覚えんか!」
「むむぅ、耳の痛いことです」
「というわけでこやつ借りてくぞい! こういうめんどくさい奴は、直接面倒見るのではなく、違う経験を積ませるのが良いのじゃ」
「えっ? あっ? 姫様?」
さて、長安に戻ってきたぞい。こやつと、あとは……お、いたいた。ちょうど良い二人じゃ。
「ちょいとそこの二人、時間あるかの?」
「太后様!?」
「は、はあ。訓練も終わりましたし」
「ならばよい。着いてくるのじゃ」
よし、長安の、あやつらの所に戻ってきたぞい。うむ。今はなんぞ、変な液体を木に塗っておる。
「戻ったぞ! 臭いのじゃ!」
「あ、尚香様! これは、乾けば匂いもなくなります。木が水を通さなく……あっ、触るとかぶれるのでお気をつけて」
「ここじゃ狭いし臭いし話もできんの。きりのいいところで会議室に行くぞい」
しばし後、じゃ。
「して姫様、いきなり連れてこられましたが、この方々は?」
「おお、凌統は全員初めてかの。
こっちから、黄月英。孔明の奥方じゃな。
木鹿王。南蛮の幻術師じゃ。
左慈殿。まあ知っておろうの。
張翼。張嶷。二人とも西蜀の出で、武勇もあるが、山道や橋といった木造建築にも造詣があるのじゃ」
「尚香様。先日仰せであった、船の木組みを考えるために必要な方を、全員集めてきてくださったのですか? この数日で?」
「じゃな。ついでにこの凌統、いい年していろんなとこでいざこざ起こすのでな。すこし目線広げてやらんとと思ったのじゃ」
「むむ、凌統といったかな。そなた、最近大きな怪我をしとらんか?」
「は、はあ。山越との戦いで矢傷がいくつか」
「ちょいと皆様、待っとってくれるか? ほれ、そなたはこっちじゃ」
む? あっちに連れて行ってしもうた……まああれじゃな。左慈殿、何か見つけたのじゃろうな。その間に話を
「それで、こやつらなら、木組みの強さや脆さは、かなり詳しかろうて。月英、こやつらと相談しつつ、凌統にも相談してみるのじゃ」
「は、はい。お二方、よろしくお願いします」
「船ですか。確かにそれなら橋にも近いかも知れません」
「違うところは、先ほどの凌統殿? に聞けばよいのですね」
「じゃな。それに三人とも、人を倒す腕も抜群ゆえ、構造の弱さを見破るのも問題なかろう。時間があったら、黄忠殿にも見てもらうと良いぞ。あの方の目は抜群じゃし、船のことも知らぬではないからの」
む、戻ってきたのじゃ。
「終わったぞい。やはり傷から悪いものが入りかけておったわい。しばらくこの薬も塗るんじゃぞ。しばらく酒と激しい稽古は避けよ。さもなくばそなた死ぬからの」
「は、はい。命を粗末にするのは国のためにあらず。謹んで。お命救っていただき感謝致す」
「よいよい。ひょっひょっ」
「話は聞こえておりました。船の構造なら、確かに甘寧殿からもよく聞かされておりました。お手伝いさせていただきたく」
「かかかっ、重畳じゃ。凌統よ。念のため言うておくが、ここは他国じゃからの。くれぐれもやんちゃはするでないぞ。まあ多少は良いが、禍根は残すでないぞ」
「ははあっ!」
「では後は任せたぞ月英!」
「は、はい! あっ、行ってしまった……」
さて次じゃ。そろそろ手掛けておかんとの。
「法正、馬良、おるかえ?」
「はい! どうなされました?」
「そろそろ木材や布の確保と、できることから初めておくのがよかろうと思ってな」
「船ですかな。全体設計はもう少しかかりましょうが、物資を調達する計画と、造船所の増設は始められましょう」
「じゃな。同じような施設をいくつも建てて、木を一気に送り込んだら、だいぶ早められるかの?」
「はい。計画的に進めれば、小型五十と、中型十は同時に作れるかと。そうすれば、半年で二百近い船団が作れます」
「問題は人手ですな。慢性人手不足の呉は言うに及ばず、蜀も、単純労働者が足りていません」
「むう、そうじゃの……おっ! それなら一つしか残っておらぬではないか。少しでかけるゆえ、馬良は周倉や廖化と相談して、造船施設の計画と、その後の造船の段取りを詰めておけるかの? 人手は二万ほど行けるはずじゃ」
「二万? どこから……承知しました」
「法正は、小雛や木鹿、祝融夫人らと話をして、遠隔通信の技法を相談しておいてくれ。簡易で二十里余(10km)、詳細でも十里(4km)は欲しい。法正号を応用すれば、相当緻密に出来るはずじゃ」
「かしこまりました」
「では行ってくる」
さて、関羽兄上は、と。いたのじゃ。
「関羽兄上! 少しよろしいですかの?」
「姉上。私は兄ではなく弟だと何度申せば」
「幾つ年上だと思うておいでか。それで、折りいって相談が。ちいとばかし魏に用がありまして」
「魏!? それはいかなる」
「じつはかくかくしかじか……」
「……わかりました。私が着いて参ります。絶対に離れないでください。興、索、姉上から目を離すでないぞ」
「おお、関興と関索もですか。頼んだぞい」
一路、洛陽へ。道中の函谷関。門衛は、王双というなかなかの豪の者じゃな。
「割符のあらため……えっ? 関羽殿? 太后殿? 御用向きは……少し人手が?? あ、はあ……お通りくだ、いえ。私も参ります」
「うむ、頼むぞい」
洛陽につくと、関羽兄上は、旧知の徐晃殿を探す。
「徐晃! 久しいな」
「か、関羽!? それと、そちらは、弓腰姫!?」
「よろしくの」
「そなたの怪我は……やはり復帰は難しいのか」
「ああ、だが私に限らず、多くの宿将は、後進育成に励み始めたよ。あの赤い部隊や、それ以上の難敵。少なくともあの若さを考えると、この国も次代を育てないと立ち行かなくなる」
「そうか。そちらもそう切り替えたか」
「それで、何のようだ? 用があるのはそっちの姫か?」
「ああ。まあ跳ね返りの思いつきという奴だな。悪い話ではないはずだ」
「そうじゃ。跳ね返りじゃ」
「自分で言うか……まあいい。そなたら二人なら、陛下を出さねば釣り合わん。着いてきてくれ」
どうやらこちらも陛下が、国都ではなく洛陽に来ておるようじゃ。
「これはこれは、関羽殿と、孫尚香殿。こたびはいかなる御用向きで?」
「はい。私はあくまで護衛なので、詳細は太后から」
「それでは。先日魏国での働きを終えた陸遜から、少しまだ食糧に懸念があるということをお聞きいたしました。河北の鮮卑を押し返すいとまも少し足りぬと。それゆえ手すきの民が、難民のような形で洛陽や許昌に来ているとか」
「その通りですね。食い繋ぐことはできても、全ての者が槍働きは難しそうですし、手習いを始めているところです」
「ちょうど呉は、食糧や土地は余れども、人手が足りておらず。そこで、魏のあぶれ者、できたら一度や二度ほど屯田をしてきた者らを、しばらくお借りできないか、と考えまして。開墾や土木、海洋貿易に備えた荷運びなどを任せたく」
「なるほどのう。それは確かに名案ですな。どうじゃ程昱?」
「はい。まことを申せば、やや頭の切れるものを混ぜて、呉の巧みを学ばせることも考えたいところですが、その余裕があるかどうか」
「かかかっ! それはそれで構わんぞえ。学ぶ頃にはこちらは先に進むゆえの。そなたらの腹が満たされ、北方異族との戦いが進むのなら、悪いことではないぞえ」
「くくっ、それはそれは剛毅な」
「よさそうだな。では、五万ほど曹真にとりまとめさせ、曹爽、張虎、楽綝をつけます。三人は今一つ伸び悩んでおるゆえ、そのままそちらで経験積ませるもよし、すぐ突っ返すもよろしいでしょう」
「承知しました。ありがとうございます」
さて、いったん魯粛殿に報告を入れておくのじゃ。
「兄上、襄陽に報告が必要ですな」
「そうですね。まあ呉なら問題ありますまい」
襄陽へ。
「魯粛! 魯粛はおるかえ?」
「姫様! 今度はな……関羽殿!?」
「ああ、少しばかり魏に要があってな。かくかくしかじか……」
「なんとまあ……ですが、これで人手の問題が解決したのは確かですな。曹爽、張虎、楽綝という三人は、才覚を見定めて、対応を決めると致しましょう。魏からくる難民は屯田や荷運びをしてもらい、呉や蜀の市民には、建設や造船の主要な仕事をしてもらえれば」
「じゃな。じゃが差配はそなたではなく、若きものにさせよ。諸葛瑾に、頭の切れる息子が負ったじゃろ? あれなんかどうじゃ?」
「諸葛恪ですか。あの者は、少々才を鼻にかける癖が……」
「そんなもの、若者なら少なからずあるわい。こんな仕事なら、多少失敗しても取返しをつけられよう。こういう時に試さずしていつ育てるんじゃ。心配なら朱然あたりをつけるがよい」
「……承知いたしました。試してみます」
「興、索、そなたらもしばし残れるか? 五万となると、少々手に余ろう。操船や荷運びも学んでおくとよい」
「「ははっ」」
長安に戻る。
「では兄上、ありがとうございました」
「だから兄上ではないと……」
さて、馬良じゃ。
「馬良、五万じゃ」
「おかえりなさいませ。帰ってくるなりいきなり数字ですか……まあわかりますが。予定よりずいぶん多いですね」
「向こうの若いやつ二人と、関興、関索が差配として残るのじゃ。向こうも張遼と楽進の息子ゆえ、見込みもあるが、どこまでできるかの」
「そこは見極めですな。呉の側も、しっかりと見極める者らがおりましょう」
『あ、尚香様。造船所は、このように統一的な規格を設けてみました。こうすれば、どこでも同じように作ったり直したりができます』
「ほう、さすがじゃの。設計図面もわかりやすいのじゃ。船自体と違って、壊れてどうこうってことはないからの。先行で建て始めてよさそうじゃな」
『はい。向こうの将官の方々はしばらく総動員でしょうけれど、建て終われば開放されますね』
「そうじゃな。年食った文官武官は、まあ余っておるからの。問題なかろうて」
そうして、蜀の仕事術や、規格建築、そして木や布を、大々的に呉に送り込み、魏は人手と若手を送り込む。そして、呉の地で、三国共同の大規模施策が始まったのじゃ。
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二〇??年 某所
「一気に何人か、死亡フラグ折った?」
「ひ、人手が足りないのです。まあいなくはないのでしょうけど、西域にあんなトップクラスを送り込んで、こっちが小物というのはすこしつり合いが取れないのです」
「まあそうだね。こっちはある程度数が必要そうってことになりそうなんだね」
「そ、総動員ですね」
お読みいただきありがとうございます。