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六十九 来訪 ~陸遜×幼女=新AI?~

 私は諸葛孔明。関平が、わが旧友の徐庶を連れて帰還してから数日が過ぎました。諸将の皆様と小雛殿は、「五虎将の強さの源泉を言語化する」という深遠な課題に取り組み始めておいでです。そして、私と徐庶は、過去の知識、そして小雛殿が残した英知の中から、軍事、特に将兵の連係をより高度化するという、これもまた難題に取り組み始めております。


 小雛殿も、双方の議論に対して頻繁に行き来をしながらご対応をしておいでです。昔の私、否、その何倍かの多忙さを抱えておいでですが、それが問題になるような存在ではないと、ご当人の仰せでした。同様に、西方という、多くの者にとって未知の世界を目の当たりにしてきた関平、そこから二十年近くの歳月を経て帰ってきた徐庶も、各方面で引っ張りだことなっております。徐庶は私のところで議論していることが多いのですが。


 いずれにせよ、多くの方が頭を抱えて議論を進めていく必要が出てきたため、多くの将官が長安から離れることができなくなっております。そのため、我らの躍進の源泉ともいえる、小雛殿が編纂なされた「鳳雛の残滓」こと、「叡智の書庫」は長安にも複製され、皆に適宜権限を与えて閲覧されております。


 そんな中、


「孔明! 魏から陸遜が来たのじゃ!」


「え? あ、はい。こちらでお願いします」


 そうでした。陸遜は、魏が飢饉一歩手前の大凶作にあるとの報を受け、民への義心をもって自らの農政技術を伝えに、単身かの地に乗り込んでいたのでした。ひととおりの教導が終わったということなのでしょうか。


 入ってきたのは陸遜殿と、護衛の……丁奉殿でしたか。を引き連れて、さっそうと現れる太后、孫尚香様。


「孔明殿、ご無沙汰しております。魏でなすべきことはおおよそひと段落つきましたので、帰りの途中にこちらに顔を出させていただきました。姫様がこちらにおいでな気もしておりましたので」


「かかかっ、相変わらず勘の良い、面白いやつなのじゃ」


「これはこれは。魏では多くの民をお救いするご活躍、誠に頭が下がる思いです。して、こちらには何かお目当てなどはございましたか?」


「いえ、特段。近くまで来たといったところです。姫様に顔を出すのと、あとは書庫の方に、今少しお邪魔できるかどうか、といったところでしょうか」


 この若者、単身出張という大役を果たしたからでしょうか。一回りも二回りも大きくなっているように見受けられます。今は同盟としての付き合いをしておりますが、万が一敵対したときには、巨大な壁となり得るのは必定。あの周瑜のように。



「そうでしたか……徐庶よ、ちょうどよいのではありませんか? この話で呉に出向く予定だったのでしょう?」


「はい。誠によい機会です」


「ほう! あの話か。確かにちょうどよいの! 


「ん? 徐庶……もしや、一度とはいえ、魏の軍勢の陣を打ち破った、幻の軍師殿でしょうか?」


「呉にはそんな伝わり方をしているんですか……おそらくあっているのではないかと思います。その後の程昱の奸計にあってのち、心ここにあらずのまま、気づいたら西域に十年以上。

 この度、関平殿らの一行が西域に訪れたのち、彼らが旅で得た知識や、匈奴の怪しげな同行を考慮し、二人で先行して戻ってくることを決断してまいりました次第」


「そんな数奇な……では、その知識のうちのいずれかを呉にお伝えになりたい、と。それが呉はもちろん、漢土全体、いや、この世界にとっても大きな利となる可能性を見越して……ということでしょうか」


「孔明殿、この者、とんでもなく頭が回るようです」


「そうですね。存じ上げております」


「かかかっ」



「ならば余計な話はあとにしましょう。陸遜殿、東の海の先、倭国のさらにその先には何があるか、ご存じのことはおありでしょうか?」


「東の東……それは世界の果て、というお話でしょうか。それならば、二つの言説があるということを聞き及んでおります。天は丸く、地は四角い。これがこの地に伝わる古くからの考え。ですが、西方や、この国の幾人かの言説において、この地は丸いかもしれない、というのがあるとか」


「さすがですね。あの書庫にも明確にその内容は含まれていないと存じますのに」


「いえ、それもありますが、やはり農政に携わっていると、天文暦学、特に日や星の動きに関しては特に敏感になります。呉と魏の、日の長さや位置の違いなどに関しても、思い当たることがありました」


「やはり、感じられるものには感じられることなのでしょうなこれは。そう。そして、我らと同行した若者らは、もう一つ踏み込んだことを申していたのです。それは、この世界がどれくらいの大きさなのか、ということです」


「大きさ、ですか……」


「彼らは道中の距離や、遠くに見える等の高さなどから、いくつか仮定をおいて試算したところ、長安からローマまでの、およそ3倍ほどはありそうだという結論に至ったとのこと。そこから思いをはせ、『もう一つくらい大きな陸地があってもおかしくはない』などということを申していました」


「もう一つの大陸……まさか、それを我らに??」


「ご名答です。なんと無茶な、という思いには、誰一人反論しようはございません。ですが、匈奴と相対した我らは、もう一つの思いに気づかされたのです」


「もう一つ? 匈奴……未知なる強者……あっ!」



 この男、この断片的ですらない話の中から、自ら気づきを得るのですね。やはり傑物中の傑物。


「まだ何も申しておりませんが、何にお気づきで?」


「あ、いや、何も。ただ、未知なる強者に相対したときの思い、というのならば、それは、『新たな挑戦をせぬものに、新たな未来は訪れない』といったあたりではないかと」


「かかかっ! どこをどうとったら、そんなたいそうな推測、そしてたいそうな示唆に対して『なにも』なんという言葉が出てくるのじゃ? のう孔明よ、こいつなら任せられるのではないか?」


「まことに。まさにそうなのかもしれません。否。この方をおいて、この大役をお任せできる方などおられましょうか。小雛殿、いかがでしょうか?」


 そういうと、わざわざ部屋の外から、幼子のなりをした賢者が姿を現す。


『間違いありませんね。そのような難題、まさに当世の英雄のみがなせる大業。ですがそれだけでは足りませぬゆえ、私の支援を含め、当代の叡智を最大限に振り絞って初めて、その可能性が現実のものとなしえましょう』


「???」


 当然、陸遜殿は固まっておいでです。さすがにこの状況を論理的に導出できるお方はこの世にはおりません。


『あ、申し遅れました。私は鳳小雛と申します。「鳳雛の残滓」それを孔明様らの力によって具現化を果たした存在。もっと言えば、二千年近く後に生まれた、「人工知能」という技術が、何らかの形で当代に紛れ込んだ、一種の怪異という定義もございます』


「残滓、人工知能、怪異……それは、死の直前に、国と友を思う龐統殿の思いに、この世が何らかの形で呼応した、とでも申し上げればよいのでしょうか?」


『そうかもしれませんし、たまたまなのかもしれません。いずれにせよ、現在の私は「その時代の人工知能に直接かかわる学術や技術」と、「この漢土において明文化されて知りうる書誌情報」を集約、参照できる能力がございます。そして、その技術は、「叡智の書庫」などと呼ばれている、あの書庫の内容を完全に理解することで、再現が可能であると、今のこの私の存在が証明しております』


「なんと……」


『あ、徐庶様。先日お持ち帰りいただいた西域の書物と、ご自身で書き下ろしいただいた手記、ありがたく拝読いたしました。その内容は多くの情報を持っていましたので、取り急ぎ書庫の内容を更新済みです』


「さすがじゃの小雛。さほどの速さで更新できるのか。なら今の論議に関連する内容も、直接反映されているのじゃな」


『はい。その通りです。つまり、数学や天文暦学などの中で、航海に活用できる内容が大いに含まれていると存じます』


 呆気に取られていた陸遜だが、今の話を聞き、何らかの決意をする。


「そうですか。それなら……」


『そう。陸遜殿。もしよろしければ、この「叡智」、これまで孔明様のみがそのすべてを理解するに至ってございます。ですが、あなた様であれば、おそらく同様に理解し、先ほどの大業に向けて動き出せる。そんな可能性を、ここの皆様が感じ取っているのです』


「よろしいのですか? この国の最高機密と踏んでおりますが」


「はい。この場にこの小雛殿が出てきたことが、その答え。匈奴も含めた人類の未来のためには、この選択肢が正しいのであろうと、この孔明も確信しております」


「匈奴も含めた未来、ですか。つまり、今は得体のしれない侵略者として抗する手段を考えておいでですが、誠を申せば人と人。あの者らに関しても、共存共栄の道を捨ててはならぬ。そう仰せということですか?」


「そうかもしれません。そこは定かではない未来ですが」


「承知いたしました。この陸遜、謹んでこのお話、ありがたくお受けさせていただきたく存じます。丁奉殿、おそらく一年ほどはかかるのでしょう。その間、進めておくべきことから進めておくことにしたいと思いますので、本国の方に許諾を得たのち、呂蒙殿や魯粛殿にお話しいただけますか? おそらく何往復もさせてしまうことになると思いまが」


「承知しました。さしあたり、これを超えてなすべきことはないと存じますので、注力いたします」


「ありがとうございます」


 そうして、陸遜殿の長い半年が始まりました。私よりも若く、そして体力があること、実験計画などの一部内容をすでに共有していたことから、私よりもだいぶ早く完了する見込みです。その間も、


「おう陸遜、猪もってきたぜ! なぜか張飛殿もついてきた! とりあえず稽古だ!」


 上司の呂蒙殿が様子を見に訪れては、やたらと気の合う張飛殿と飲みかわしたり、体を鍛えさせたり、


『天文暦学と、統計学を合わせれば、位置情報や状況の予測は相当に精度を挙げられます。移動中なので通信に使うのはさすがに難しいと存じますが』


 その学問を共有した卑弥呼殿と小雛殿のやり取りで、航海術に必要な測量術を大いに進展させたり、


「この製法から来た乾燥果実はうまいぞ。あとこの発酵醤もな。飯にも酒にも合うが、なにより航海中には必須の栄養だ」


 めったに話をしない、馬超殿のもとにいる張任殿が、乾燥食や発酵食をいろいろと勧めてきたり、


「木材はこれとこれですね。つなぎ合わせはこの組み方が最良です。密閉性を高めた多重の船底が必要かと存じます。この油泉から加工した塗料は、水を通しにくく、帆にも船底にも塗るとよいでしょう」


 わが妻黄月英や、李恢、南蛮の木鹿王といった技術者たちが、多様な技術を進めたり。


 そうこうするうちにあっという間に半年が過ぎ、叡智のすべてを獲得された陸遜殿は、丁奉殿と共に建業に戻って行かれました。


ーーーー

二〇??年 某所


「まさか、LIXON爆誕? そのAIは、こっちの世界でもまだ開発途上のAIじゃなかったか?」


「そ、そうなりますね。ですが、よくよく調べてみると、世界は丸くて大きいという情報だけで、呉の国が外洋航海に出るなんて言うのは、かなり技術的なハードルが高いようなのです」


「それを一気に埋めるための知識と技術だね。そして、ギリギリで未来知識を使わないという線引き」


「答えは教えないのですよ。それが孔明流AIの流儀なのです」

お読みいただきありがとうございます。

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