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六十八 帰着 〜徐庶×(劉備+孔明+幼女)=未来〜

 妾は卑弥呼。東の島国から、大陸の行く末を見つめし者。以前は、国全体を揺るがす群雄の動静や、偉人の運命を大きく変える出来事を、ふんわりとした予兆として観測できるにとどまっていた、我が卜占の力。それは少し前、蜀の先帝に嫁いだ呉のお転婆姫が、鳳小雛と申す、巨星の残滓を引き連れて来たときに変わる。


 その者(?)との語らいの中で、我が占術は格段に力を増す。特に、秤の狂いし三国の新たな中心たる、長安、洛陽、襄陽で行われる、国家の大計などは、それはもう克明に見極めが効く。今日は、妾と小雛が共に見定めし、漢土の運命の分水嶺たる特異点らが、無事西方より長安に帰還したのじゃ。



「関平、ただいま西方より、若者らに先んじて帰還いたしました!」


「おお! 随分と逞しくなったな。先に戻ったということは、今の時点ですでに何かを見定めてきた、ということなのだな。して、そちらの御仁、は……まさか!?」


「む? 妙に懐かしさを覚えるその顔立ち。よもや……」


 短い期間の付き合いだった先帝劉備はともかく、昔馴染みの孔明は、もう少し答えようはあるのでは? と、小雛は怪訝がる。じゃがそれは、二十年近い時の長さを測りきれていない若さゆえではなかろうか、と擁護したくもなる。


「皇叔さ、否、先帝陛下。孔明。お久しうございます。この徐庶、忠と孝を打ち捨て、この年まで拾いに戻ることかなわず。その悔悟が漢土から足を遠のかせ、西域カシュガルという地に落ち着いて十余年。関平殿のお導きで、ようやっとこの地に舞い戻ることがかないました」


「辛かったのはそなたであろう。もっと早く戻ってきても良かったのだが。まあそれは申すまい。小雛らの言、漢土の運命を大きく変える分岐点というのが、そなたの救出を意味していたなら、大いに頷ける話だよ」


 この徐庶という男、自らの過去に対する屈託はあれど、その才に関しては無用な謙遜をせぬ傾向にある。じゃが、それを差し置いても、漢土の運命というのはいささか背負いかねると見受ける。


「ははは、それは大袈裟に過ぎましょう。なれば私だけに対する予測ではありますまい。関平殿らと共にあの若者らが進んだ道中の出来事。その学びをいち早く持ち帰り、今後の動乱に対して存分に役立てること。それが上乗せされてはじめて、国の運命を揺るがすに足る、と言ったところかと存じます」


「そなたにしては珍しい謙遜ですね。ですが、確かにその、関平とそなたがなぜ帰還を決断したのか。その理由に関しても、私や陛下、皆に教えてもらえるのでしょうな」


 孔明め、旧交を温めるとかそういうのはないのか、などと小雛あたりが感じている面相。じゃが、かような危急の時に、そんなネジの外れたことに思いを馳せて自由な発言をするのは、馬超や鄧艾、孫の姫様くらいじゃろうて。



「無論。なれど一つ目は、我らが西方で聞いた話から思い至ったのですが、結局はあの者が答えを申してありましたな」


「あの者? そう言えば関羽と馬超は戻っていないのか?」


「養父も馬超殿も、報告は私や徐庶殿に任せたと仰せで、西涼にとどまって調練にいそしんでおいでです」


「なるほど。そなたらの合流した前後に、重大なことがあったのだな。それも含めて話ができるのか?」


「はい。そのつもりです。私と関平殿が、こちらから見て砂漠の入り口にあたる、楼蘭の地に差し掛かった時のこと。馬超殿と関羽殿が、攻め寄せる匈奴の大群と交戦しておいででした。相手は、赤兎馬の血を引く赤馬を操る数十人の精鋭が率い、騎馬で構成した変幻自在の八門禁鎖という、誠に厄介な陣容」


「徐庶殿の知識と機転、羌族の連携、そして西方で得た戦術などを駆使し、何とか馬超殿、関羽殿とともに楼蘭を解放するに至りました。その匈奴の撤退の間際です。赤兎の軍勢の長が、養父上の呼びかけに応じました」


「そのものは、かの呂布の維持、呂玲綺と名乗りました。女性とは思えぬ屈強さと、男でもそうは出来ぬ陣さばき。そして名乗った後で申していたこと。それは、『誰よりも強ければ、誰も傷つけることはない』という信条。それに加えて、彼女が大将ではなく、もっと強き者がいる。そう言う口上でした」



「まさに国を揺るがす情報ですね徐庶よ。つまり、彼らが漢の民と一向にかみ合わぬ理由。それこそ、その信条に従って、ただ強くなることを最優先に置き続ける民族というその一事。

 強くなるために強者との戦いを楽しみ、強くならぬ死者に関心を抱かず。より良き戦場や、少しでも知識を得るために、弱き町や村を襲うことまでも辞さず、ですか。それはそれは……」


「知識を得ることや、とりわけ医術に関しての造詣は深い模様。家や死者を平気で焼くのは、そこに打ち捨てられた者が新たな病の一因となることを知っているがため。そして略奪の時も、書画を優先し、金目のものに目もくれぬ動きと聞きました」


「なるほど。その価値観があまりに純粋ゆえ、わかるまでは全く交わることなく、そしてわかってしまえば全てに説明がつく。そう言うことなのか。むぅ……」



 先帝や孔明も、その答えに対して動揺を隠せない。特に道徳心の強い二人ゆえ、価値観そのものが異なる者らに対して、それを受け入れるのに一層の時がかかるようじゃ。突飛なる若者らと共に旅をした関平や、異文化に長く染まった徐庶らとは、その順応にかかる時がだいぶ違ったとみうけられる。


 それゆえに、しばらく押し黙る彼らを横目に、徐庶に声をかけるのは様子を見ていた小雛。


『徐庶殿。鳳小雛と申します。旧知の龐統の残滓としては、いささか変わり過ぎかもしれませんがご容赦を。

 して、その匈奴の事実を明らかにしたのち、私達が如何すべきか。そういったところまで、すでにある程度お考えが整っておいでのご様子。いかがでしょうか?』 


「さすがですな。孔明と補い合う力、残滓となってもそこは変わらぬ様子。その通りです。楼蘭までの道中、そしてその後の関羽殿や馬超殿との語らいの中で、この後いかにあの難敵と相対すべきかを、いくつか見定めておりました。

 一つ目が、戦場で必要な知者の不足。つまりは、武官と民生官の充実に対して戦場の策士が足りていないと言うこと。呂玲綺は八門禁鎖を駆使しつつも、それがまだ天井にあらずと言うことを当人が申していました。それに抗するほどの戦術眼と、応変の才。そこの養成がまずなすべきこと」


『確かに、孔明様や私、そして馬良殿や法正殿ら、ことごとく治政と戦略大計にやや偏りが目立つところ。魏で言う賈詡や程昱のような者らと、陣頭に立つ将の連携は、この先重要になりましょう』



 呉で言うと周瑜や魯粛、呂蒙や陸遜が、みなそう言う奴らじゃの。姜維や鄧艾もその枠じゃが、しばらく戻ってはこん。そして魏でも、一人ばかし忘れているような気もせんではないの。ちなみに鍾会という幼子が頭角を表すのは、しばし時が必要じゃ。



「若き才は、その芽がある者らも多いと聞きます。私もこの目で見定めていきます」


『わかりました。そこに関しては、私は支援者に回ることになりましょうか』


「さよう。ですが、その支援こそが、こたびのこの国にとって、最大の強みの一つとなりましょう。あなたの力の一つに、目標や課題、あるべき姿を言語化する、と言うのがあるとお聞きしましたがいかがですか? その技を磨き上げ、急速に成長した方もおいでと聞きます」



 周倉、あるいは廖化といった者らが、特にその技を磨き上げたことは記憶に新しいのじゃ。



『はい。私はもともと、言語そのものに成り立ちの背景があります。よって、おおよその方向性、と言ったものをしかと言語化し、そして仕組みとして万人のなせる技術となすこと。それこそが私の得手とするものです』


「ならば、あなたの一つ目の課題は、『五虎将の強さ、それをしかと言語化すべし』です」


『!! 五虎将を言語化、ですか。たしかにそれができれば、その要素を高度に理解できる知恵者となった皆が、その知と勇を、最大限に活かし切ることが出来ましょう』


「そうです。関羽殿や張飛殿、趙雲殿や黄忠殿、馬超殿らがいかにして、この漢土において誰にも負けることのない強さを得ているのか。それはひいては、当代最強たる呂布に近しい強さをその軍組織に体現せんとしている、あの呂玲綺に手を届かせるためには必須と存じます」


『わかりました。徐庶殿が取り組む間、そちらを取りまとめることに従事致します。それぞれお聞きするのが肝要ですね』



 英雄の言語化。それはこの小雛にとって、大きな意味を持つ主題。そのような気は、少し先を見通す妾にもしておったのじゃ。いい加減、そこに正面から向き合う時が来た。そう言うことなのじゃろうの。



「よろしくお願いします。そして二つ目は、当代最高峰の知者たることに疑いなき臥龍鳳雛。そしてその知恵から生まれし様々な施策。その中、あるいはその外において、兵略機略に適用できそうなものがないか、今一度振り返っていただきたい」


『うーん、それは武具や兵器といったもの、あるいは兵站や諜報といったところでしょうか。その辺りは着々と進めてはいるような気はしております。武具防具に関しては工夫の余地があるでしょうし、先ほどの諸将方との対話の中で、改善がないかを聞いてはみます』


「そちらも必要ですが、もう一つ。特に、将兵がより迅速かつ正確に連携を強める術について、なにか思い当たるものがございましたら、お願い申し上げる。遠距離などの伝達技術は技術としておきつつ、どちらかと言うとさらに素早く、即座のものを」


『それは、八門禁鎖の連動や、羌族の息合わせなどに想起されるもの、と言うことでしょうか?』


「はい。それに近いものがありそうです。おそらくあの赤兎の集団も、すこぶる高度な連携を身につけている様子。匈奴全体としても、何らかの疎通手段を持っているような気もしています」


『……わかりました。孔明様と話を詰めてみましょう。あなた様も、これについては引き続きご討議をお願いします』


「承知しました。おそらくこれは、呂玲綺を超える者。そこに手を届かせるためには必須と捉えるべきかと存じます」



 連携という意味では、妾とこの小雛は、特に主体的に連携をしているわけではないのだが、互いの予測精度を高め合うことによって、擬似的に対話をしているように振る舞うこととてあるのじゃ。そのあたりも材料になるかもしれんの。


『……』


「? いかがしました?」


『あ、いや、お気になさらず』


「……わかりました。それでは三つ目。と、やや惚けておいででした孔明殿や、考えにふけっておいでだった先帝陛下も、途中から話はお聞かのようでしたな」


「ああ、おおよそ入ってきていたよ。五虎将の言語化、そして新たな連携手段、か。もう一つ、となると、小雛もなかなか忙しくなりそうだな」


「こちらに関しては、さほど手を煩わせることはないかと存じます。支援できる限りはお願いしたく存じますが。それとなにより、奥方様のご協力が重要なのです」


「ん? 尚香が? ということは呉の関係か?」


「はい。何を勘付かれたのか、足跡を立てて向かっておいでですが」



 まことに。どういう勘をしておいでなのじゃ。



「なんじゃ! 旦那様? 妾に何か御用ですかの? こちらの御仁は……ああ! 徐庶と申したか。外でそなたらと同行していた羌族の者らから、話を聞いとった」


「さすがだな尚香。面白い話には真っ先に食いつき、はなさぬ」


「当たり前です! それ故に旦那様の妻をしておるのです」


「もう少し言い方があるだろうに……まあよいが」


「それで、徐庶よ。妾に手伝いとは、あれか? さっき羌族らが申しておった。あの三人が見出した一つの結論。

 『この世界は丸く、そしてかなり広い。もう一つくらい、倭からローマまでに近しい広さの地が存在しうるくらいには』じゃったか。そこを呉に目指させるか?」


「話がとんでもなくお早い奥方様ですな。まあ全て正解ですので進めましょう。

 左様。未知には未知を。匈奴のに対して切り札になるかはわかりませんが。やはり呂玲綺を上回る者、と言うところに対する策としては、そう言うものが必要になるやもしれません」


「じゃの。匈奴がいかなる高みに到達しているのか、そして今後より高きに達するのか。それがわからぬ以上、未知には未知を。それは逃避ではない。未来への期待。それは備えとして、紛れもない上策じゃ」


「ありがとうございます。いずれにせよ長期的にも利があるのは必定。多くの苦難は伴いましょうが、彼らなら成し遂げられる。そう信じることは、呉の皆様にとっても悪い気はなされますまい」

 お読みいただきありがとうございます。

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