六十七 楼蘭 〜(馬超+関羽)×(関平+徐庶)=??〜
エクバターナの地で、急遽トンボ帰りを決めた私関平と、西方の地で邂逅を果たした徐庶殿。道中は決して順調とは言えないながらも、道中で鍛えたさまざまな力を使い、充実した帰路を進む。
そして、砂漠を抜けた先の要地、楼蘭に差し掛かろうとしたところで、我が軍と匈奴の戦場に出くわす。敵将は、八門禁鎖と赤兎の集団を率いる赤い影。そして、当方は五虎将の一人にして、羌族と共にある西方の雄、馬超殿。包囲された彼らを、徐庶殿の起点と崑崙の者の協力によって解き放つ。
そして、匈奴軍はすぐ北の楼蘭にあるであろう本陣へと合流を図る。
「関平殿、まずは真っ直ぐ追うぞ! おそらく向こうも合流するつもりだ!」
「楼蘭は向こうの手に落ちてはいないのですか?」
「いや! なんとか持ち堪えている。だが流石にあの軍が合流したら厳しいだろう。なんとか追いつくぞ!」
「承知!」
楼蘭が見えてきたところで、匈奴は一部が立ち止まり、我らを足止めしようとする。
「甘いわ! 我らを止めるなら、八門禁鎖か赤いやつを連れてくるんだな!」
「ぐっ! バチョはつええ! この青いのもつええ!」ドウッ
蹴散らしつつ、楼蘭の手前に辿り着く。楼蘭は包囲され、少ないながらも投石器や攻城塔が稼働しているようだ。
「我ら半数以下だが、城内と連携し、兵器さえ破壊すれば、彼らもやれることは無くなって撤退するだろうな」
「でしょうね。ですがおそらく、あの赤い者らがそれを阻むでしょう」
「ん? 関平殿? この賢そうなおっさんは誰だ?」
「お、おっさん?」
「ああ、馬超殿はご存じなかったですね。徐庶殿です。一時先帝にお仕えの後、程昱の奸計にハマって離脱を余儀なくされるも、別れ際に紹介されたのが、かの臥龍こと孔明様。そういう意味では、蜀漢の躍進の始まりをつくられたお方、と申しても良さそうですね」
「ダハハッ! 聞いたことあるぞ! 母を使って騙し討ちとはとんでもねえやつだって思ったな。我が父の友韓遂と、俺の中を巧みに割いてきた賈詡ってのもやべえが、魏にゃそういうのが何人もいるんだよな」
「あのような計に嵌るとは、策士としてお恥ずかしい限り。ですが、二十年ばかり西方でしっかりと頭を冷やして参りましたので、もはや死角などはございません」
「ぷくくっ、面白え策士様だ! だが頼もしい限りだ。戦場の策士ってのは、思いの外育ってねえからなこの国は。まあなんでもできる姜維や鄧艾は西にやっちまっているし、孔明殿も女神様も、そっちはさほど得意ではないからな。
長話はここまでだ。徐庶殿、打つ手はありますか?」
積もる話はいくらでもあろうが、ここは戦場。こうしている間にも、攻城兵器は少しずつ門扉を削り、城兵に圧をかけている。私も楼蘭の守将が気になっているが聞けていない。ゆえに馬超殿も徐庶殿も、頭を切り替える。
「では、にわか西方仕込みの奇術戦法と行きましょうか。我らと同行されていた羌族の皆様、ご同族ならば、息を合わせることは問題ございませんか?」
「おう! 誰に言ってんだ? あれをやるんだろ? 一、二の三ってとこだ!」
「それは頼もしい! では皆様、このように……」
……
「ダハハッ! やっぱりこのおっさん面白え! そしたら、皆んな行くぞ!」
「「「応!」」」
そして、馬超殿が率いる半数は、攻城兵器と、おそらく潜む赤い影のいる南門へ、突撃を開始。
「ちっ、やはりきついな。数がだいぶ違ぇ」
「ダハハ! じゃあなんで半分で来た?」
「さあな。まあ見たな」ガイィン! ドドド!
馬超殿を横目に、私は残り半数を率いて、東門へと向かう。こちらも梯子をかけるなどして工房が繰り返されている。
「んんっ? こっちもくるのか? 厄介だぞ!」
「助かります! 今のうちに梯子を外せ! 奴らを上がらせるな!」
我らが壁に近づいたところで、張任殿が、文を乗せた矢を放ち、壁上に届かせる。
そして、一当てしたところで、東門から離れる。
「こいつら邪魔だ! 先に蹴散らすぞ!」
「おいこら待て! 四方から攻めるって言われているだろ!?」
やや統制から外れた匈奴軍が追ってくる。そして、
「よし、では行くぞ兄弟達よ! 一っ、二ぃ、三っ! 二ぃっ、二ぃ、三っ!」
一で速度を緩めつつ矢をつがえ、二でその矢を放ち、三で加速する。そう。西方の消えゆく王朝が残した高等戦術。馬で後退しながら矢を放つ、パルティアン戦術である。
「あばばば! 厄介! これじゃあ追っ手が足りねえ!」
「ほっとけ! 壁に集中だ!」
「ははは! 良いのかな? 匈奴は走りながら射ってくるひょろ矢を怖がるか? 三っ、二ぃ、三っ!」
羌族は挑発しながら矢を放つ。いつの間にか、弓の名手、張任殿も加わると、彼は敵の指揮官らしき者を的確に狙い始める。
「ぐうっ、やはり無視だ! 壁に戻るぞ!」
そうして東を抜け、北門に回る。そこにはやや多めの軍と、少なめの兵器。だがこちらに来るとは予想していなかったのだろう。慌ててこちらに向かってくるが、あっさり蹴散らす。
「げえっ! 壊された! 俺たちにゃ直さねえぞ!」
「兵器がなくても梯子で攻め続けろ! 攻め手がゆるむと南も壊されるぞ!」
「させるか! こちら側には力のある将もおるまい!」
「ぐぐうっ……」
北門は予想通り、おとり半分だったのだろう。しばらく交戦していると、城への攻撃が止む。そして城内はそれを確認すると、東西、そして南へと守兵の数を集め始める。
「ちいっ、あちらが本命か」
「ダハハッ! 赤いやつ、焦っているか? 今から向かおうにも、この馬超様をかわして辿り着けるかな?」
「……」
北門がある程度落ち着くと、西に向かっては追ってくる兵に矢を射かけ、軽くちょっかいを出しては北に戻って矢を射かけ。何度かそうしていると、壁の兵は大半が南に集まり、そして
「ん? 南門が開いたぞ? なんだ!?」
「突撃いっ! 我らが過ぎたら門を閉じよ! 兵器を破壊する!」
「「「応!」」」
まさかと言うか、やはりと言うか。あの声は。
そして兵器は破壊され、諦めたのか、赤い影は撤退の合図をする。
「待て! 赤兎の一族を操りし、呂布の面影をもつ将よ。そなたも武人なら、名乗る名くらいはあるだろう」
「くくくっ、流石だね。アタシに名乗らせるのは、あんたか張遼おじさんくらいかな、っておもってたんだ。
久しぶりだね関羽おじさん。覚えているかい? 父の呂布が打たれた後、あなたが一時的に曹軍に降伏した時。張遼おじさんと仲の良かったあなたが家に来た時、何度か遊んでくれたのを覚えているよ」
「む、張遼の家……まさか、そなたは!」
私も南門へと戻り、その様子をうかがう。
その赤き影の将は、他のものとは少し異なり、長い飾り羽をつけた兜を外す。出てきたのは、整えられた黒い長髪。やや西方の者にも近い、くっきりした目鼻立ち。そして、目を合わせれば石にでもされようかと錯覚する、その鋭い眼光。
「アタシは呂奉先の遺児、呂玲綺!」
「よもや、あの時の娘御か。無邪気に遊んでいたと思ったが、やはり父の仇への想いは、長じて高まったということなのか?」
「アハハハッ! そうだね。漢や魏蜀への個人的な恨みなんぞもなくはないが、アタシらを動かす志はただ一つ。
――誰よりも強ければ、誰も傷つけない――
それが間違っていると思うなら、いつでも挑んでくると良い。それが正しいと思うなら、アタシらを超えてみせるがいい。アタシの本気はまだこんなもんじゃないよ。それに、アタシが大将ってわけでもないんだ」
「まだ天井ではないという、張飛の言は確かだったか」
「あの人の勘は間違いないよね。まあそう言うことさ。だから、アタシ達も信念もってやってるんだ。下手な情や親心なんてのは、その刃を鈍らせるだけだよ。全身全霊でかかってきて、ようやく釣り合いが取れるってもんだ。今日は譲るけどね。じゃあまた近いうちに。張遼おじさんにもよろしくね!」
「あっ! むぅ……行ってしまったか」
「養父上!」
「関平! 少し早い戻りだったが、その判断、そしてこたびの救援。全てがそなたの答えを示しているようだな」
「はい。私に到達が叶わぬところは鄧艾や姜維、費禕に預けて参りました」
「そして、またとんでもない方をお連れしてきたか。単福殿、いえ、徐庶殿、久しいな」
「関羽殿、お懐かしゅうございます。あの時は大した助けもできませなんだが、どうやら再びお力になれる時が来たようです」
「どうやら小雛殿の予測は、妙な形で成立したようだな。救援に行けば、新たな光明がある、という言い方が、まさか逆に救援される側になってその言が叶うとは思わなんだわ」
「些細はある程度関平殿から聞いています。鳳雛の残滓にして、叡智の源泉。その活躍と、孔明とのやや捻れた二人三脚」
少し暇そうにしていた馬超殿が、軽く口を挟む。
「ああ、その二人三脚も、一つ課題があるっちゃあるんだよな。まああのお二方、その自覚すらも踏まえて、二歩先三歩先を見ているようだけどね。直近の話をすると、蜀漢には、純粋な意味での戦場の策士っていねえんだよな」
「ああ。まさに。この国の知者賢者は、すべからく民政や技術、そして天下の大計というところに特徴をお持ちだ。あの二人然り、法正や馬良然り。まあそれでも問題なくやっていけるだけの知恵が、将軍の多くに備わっていると言うのもあるんだが。
なんにせよ、その策に専念する人材は不足しているな。特に呂玲綺のような相手だと、下手をすればそこで遅れをとりかねん」
「先ほどの臨機応変、徐庶殿ならでは、という閃きを感じたぞ。まあ姜維や鄧艾にもその素養がありそうだが、彼らはそう言う枠も超えたところに目指すところがあるからな」
「直近で匈奴に相対するまでのところで、素養という意味なら多くおる。黄忠殿のところの魏延や馬謖。うちの馬岱やそちらの周倉。その辺りに壁を越えてもらうというのがひとつ」
「もう一つは、あの二人の叡智の中から、軍事的な部分に使える要素を引っ張り出すというところだな。おそらくそこまでやらねえと、さっきあの娘が言っていた、あいつよりも強い奴。ってのに対応するには、そこが必要になってきそうなんだよ」
「いま一つ、やや長期的な策もございます。これも道中であの三人が見つけたことに基づくのですが。いずれにせよ、全ては長安に戻り、一つずつ手を打つことといたしましょう」
この立ち話のうちに、この国や、漢土を大きく巻き込む策が三つ。この徐庶という人物の帰還は、それだけこの国に大きな意味をもたらす、ということか。いずれにせよ、長安までの道中は、賑やかなものとなった。
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敵キャラの正体、第一号です。