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六十六 帰還 〜関平+徐庶=万全〜

 私は関平。『エクバターナの夜明け』として語り継がれ始めたあの日の翌日。私と徐庶殿は姜維らと別れ、羌族らと共に漢土へと引き返すこととした。

 西方ではフン族と呼ばれる、匈奴の動きがにわかに活発化していること。ここまでの道中ですでに、漢土へと持ち帰るべきさまざまな示唆を得たことがその決め手となった。エクバターナ、そしてサマルカンドで十分な補給と準備を整え、東の砂漠へと向かう。


 砂漠の手前、カシュガルの街はすでに匈奴の手に落ちているという噂だったので素通り。砂漠の北を通る道は危険と判断し、より険しい、砂漠の南を崑崙山脈に沿って進む道を選択した。どのような者が道中に潜むかわからぬため、可能な限り開けたところを通る。自然と砂漠に近い側を通らざるを得ず、どうしても水の消費は増える。


「お二人、水の補給は十二分にございますので、飲み水、惜しむことのないようにお願いします」


「あの水を忘れることで名高い馬謖が考案した『黒眉飴」もふんだんにあるからな。徐庶殿、喉が渇いてからではいささか遅いとのことです。怠りなきよう」


「ああ、砂漠の往来の要諦は、旅商から散々聞かされていたからな。抜かりはない。それにしてもカシュガル付近ではまことに多くの匈奴を見かけたな。噂は誠だったか。そなたらについて行っておらねば、今頃は巻き込まれていたかもな」


「縁という他はありませんな。我らにとってもまことに僥倖という他なき出会い。それにしても匈奴は、なぜ再び勢力圏を伸ばし始めたのでしょうね。力を強めるを信条としていたとして、勢力圏そのものには如何なる価値観を持っているのやら」


「それも、強さや知識を得るための手段にすぎないのやも知れんぞ。漢土の戦はしばし落ち着いたとすると、新たな戦の火種を探し、西に流れてきたのかもやも。パルティアとサーサーンの争いという明確な見積りがあったのかはわからんが、現にあの、後ろを向いて矢を射る技には大層関心を持っていたのだろう?」


「そうか。そうなると、あわよくばその先のローマ方面にまで、その好奇心のままに突き進むかも知れませんね」


「その言い方では、どこぞのどもりのようだな」


「お二方。ホータンが見えてきました。楼蘭までは、後砂漠を三分の二ほどといったところでしょう。この先は補給もままならぬので、ここでしかと整えましょう」



――――サーサーン朝ペルシャ 王都クテシフォン


「くしゅん!」


「ん? どうしたんだトト? 風邪?」


「だ大丈夫だ。大した事ねえ。さ最近ようやく、早起きしすぎる体の直し方のコツが掴めてきたから、ちゃんと朝起きて、夜寝られるようになってきたんだよ」


「時差、というやつに、ようやく適応してきたのか鄧艾」


「きょ姜維は最初から問題なかったからな。ひ費禕は、寝たい時に寝るから最初から関係ねえ」


「うん、今も寝てるね」


「このクテシフォンは、すっかりサーサーンの支配下、ということになっているな。そして、どうやらエクバターナでのお前の評判が、こちらにも届いてきているようだぞ」


「ボクだけじゃなさそうだよね。豪弓の語り手キョーイ、神算の奇術師トト、常夜の書記ヒィの名も、吟遊詩人の力で大いに広まっているよね」


「そうだな。で、でも一番はやっぱり、幼き導き手マニが一番になっているぞ」



 やいやい話をしていると、宮殿の方から、衛士風の者が近づいてくる。姜維は一瞬警戒するが、すぐに解く。


「あなた方は、マニ殿ご一行で間違いありませんか?」


「ボクの一行かどうかは置いといて、確かにそうですね」


「それはそれは。陛下と、王太子殿下が是非話を聞きたいとお呼びです。皆様もご一緒にお願いできますか?」


「えっ? あ、はい、それは願ってもないことです。よろしく願いします」




――――


「という形で、今頃はクテシフォンに着いてのんびり過ごしているだろうなあいつらは。あれだけ旅の歌い手が多ければ、評判も上々だろうし」


「かも知れませんね。それにいつの世も、国を起こすような者はすべからく英雄の気質を持ちます。アルダシールという王も例外ではなさそうです。そこで出会う彼らと、どのような共鳴を果たすのか。私たちがそれを聞けるのはかなり先になってしまいそうですが、それこそ旅の詩人たちが、何かを知らせてくれるかも知れません」


「そうだな。心配は無用だろう。我らの方がよほど危険の多い旅だ」


 仏教の色濃く、それでいて漢、匈奴、西方の支配を次々と受けているからか、少しばかり不安定さの目立つ、この砂漠の南を通る道筋。カシュガルまでは頻繁にすれ違う事になった旅商人の影はほぼ無く、代わりに、我らの前にいつ人と会ったかも予想がつかないような、ボロい盗賊が何度か姿を表す。かなり痩せており、あまり力も出せないようだ。軽くねじ伏せてから、話を聞いてみる。


「そなたら、どうやって食いつないでいるんだ?」


「半分物乞いのような盗賊だよ。近頃は、匈奴のせいで旅の商人が減ってきたから、途方に暮れているところさ。久しぶりに人が来たと思ったら、なんて強さだ」


「私など大したことはない。この辺りで食いつなぐのが難しいのなら、我らについてくるか? 敦煌あたりまで行けば、食い扶持を稼げる仕事も多かろう」


「本当か!? この辺りにゃ、困っている奴が沢山いるんだ。ちょっと声かけてきていいか?」


「ああ。構わないぞ。我らも進みながらゆえ、誘い合って合流してくると良い」



 もう少し進むと、匈奴に追われる商人と出くわす。


「ダハハッ! 俺たちが知らねえことを教えてくれれば、命はとらんぞ!」


「そんなこと聞かれても、貴様は何を知らないんだよ?」


「めんどくさければ、その積荷の書をいくつか置いてけ。新しいのなら多分知らねえ」


 よくわからないやり取りをしていたので、間に割って入る。


「書物や知識の価値を知るのなら、さような理不尽を通す愚から、まず思い知るが良い!」ガイィン!


「おっ? なんだ? 強えぞこいつ! ダハハ」キンッ! ドウッ!


「書物から何を学びたいのか知らないが、学ぶなら偏った学びではなく、儒や法と合わせて学ぶが良い! さもなくば付け焼き刃の域を出ることは決してない! そなたらやそなたの主人が蛮族の地位から抜け出たいのなら、それこそが正道だろう!」


「んんっ? よくわからねえ! 主はいろんな学びを得ようとしているが、そんなとこの大事さは分からねえ」


 そんなよくわからないことを言ってきたので、私は襲われていた商人に聞き、彼らからいくつかの書物を買い取って匈奴に渡す。


「ならばこの五経と、この孔子の言行録を持ち、立ち去るが良い。その主はこれらを知らんわけではなかろうが、匈奴の民が知らんとあらば、しかとその意が伝わっていないも同然。時間も惜しいから、あとは勝手に読んで勝手に考えろ」


「ちっ、わかった。読み回せば良いんだろ!」


 匈奴兵は去っていき、商人にはひとしきり感謝され、再び先に進む。そして先ほど別れた賊たちが声を掛け合ったのか、三千人ほどに膨れ上がった。ついでとばかりに、羌族や徐庶殿と協力し、彼らがいっぱしの警備兵程度のことはできるよう、道すがら鍛え上げる。


 そして、想定と比べるとそれほど過酷では無かった旅も、一つの終着点に近づく。楼蘭。往路でも立ち寄った大きな街で、その手前にはロプノールという塩湖がある。しかし、湖畔から見えるのは、およそ現実とは思えない光景だった。まず気づいたのは羌族だが、その規模の大きさゆえに、我々もすぐに視界にそれを捉える。


「んんっ? あれは蜃気楼か? 何やら大軍勢が動き回っていないか?」


「そなたらの目の良さでもそう見えるんなら、蜃気楼では無く現実なんだろうな。徐庶殿、どう見ますか?」


「軍勢同士が争っているように見えるな。だとすると、双方の陣営は火を見るより明らか。あそこに匈奴がいるとすると、楼蘭も彼らの手にあるのかも知れませんね。それに、どう見てもこちら側が易々と勝てるようには見えない。ならば答えは一つ。直ちに救いに進むとしよう」


「あいわかった。馬は人数分いるからな。全員で向かうぞ」


「「「応!」」」



 近づくと、その状況が少しずつ見えてくる。どうやら、匈奴の騎兵の大軍に包囲され、それを打ち破らんと中から仕掛けている、そんな構図のようだ。


「むっ、八門禁鎖だと!? なぜこいつらが……いや。あれだけ知識を欲していたこいつらなら、そんな名高い陣を取り込むことも不可能ではないな」


「八門禁鎖、ですか。確かあなたが我らの陣営に加わった時、相対した曹仁が使い、あなたが破った陣が、そんな名でしたか?」


「ああ。だが今の状況は数段厄介だよ。あの時と違って、匈奴は全軍が騎兵だ。ならば正門と死門、開門と杜門を入れ替えることなど容易。出入りを阻み、中で幻惑と分断を繰り返すことも可能かもしれん。そのためにはよほどの熟達と統制が必要そうだが、今のこの激しい争いの音からすると、それもできているように見えます」


「どうします?」


「基本は変わらない。とにかく開門や正門から入って抜ける。陣を入れ替える前にそれを繰り返せば、いかに熟達してようとも、我らと中の軍の動きを同時に制御することなどかなうまい」


「あいわかった。徐庶はどうする? 突っ込むか?」


「いや。外で見る者がいた方が良い。そなたが二千を率いて突撃している間、我ら千は正門と開門の位置の外に移動する。基本的に我らの方に向かってきて貰えば良い」


「わかった。では羌族、そして崑崙の民よ。参るぞ!」


「「応!」」



 そして私は、まず南から突っ込む。そして、匈奴と、蜀軍と見られる軍の争いを横目に見つつ、止まることなく徐庶殿のいる方向に突き抜ける。


 蜀軍は、包囲されている割に、随分と強健な闘いぶりを見せている。誰かの軍だろうか。羌族が多いので馬超殿だろうが。


「ん? なんだ? 新しいのがきたぞ? 変な奴らだ」


「貴様らに言われる筋合いはないわ! 死にたくなければどくが良い!」


「へへへっ! どかねえ! 勝負!」 ドウッ!


 やはりそれほど強くはない者も、勝負を挑んでくるという、匈奴の気質は聞いていた通り。そして、一度南から北西へ抜けると、次は四分の一ほど右に周り、北東から突撃を開始する。


「我こそは軍神関羽の養子、関平なるぞ! 同胞の危機を目の当たりにして、命を惜しむ小者にあらず!」


「ん? 関平殿か? 私だ! 馬岱だ!」


「おおっ! 馬岱殿! 話は後だ! 合流しながら、外の軍のいる方角に向かうぞ!」


「承知! 皆の者、散開を中止し、関平殿に続け!」


「「応!」」


 そのまま合流する兵が増えていく。そして、ひたすらその時その時の正門、開門、景門を徐庶殿が見定め、的確に指示を出していく。


「関平殿。慣れない崑崙は、もはや突撃の必要はあるまい。外で、参加者の安全な門の印に回します。増えてきたら、二箇所から突撃して行きましょう。繰り返せばいずれ崩れるはずです」


 果たしてその通りとなっていく。二箇所からの突撃をして行くと、相手の陣は少しずつ乱れ、多くの自軍が合流を果たす。



 だがそこに、赤い影が現れる。赤兎? まさか父上か?


 否! 敵だ! 青龍刀ではなく、画戟。


「シャァッ!」ガイィン!


「何者? 呂布!?」 ダダダッ!


 一当てしては離れ、私の突破の勢いを削ごうとしてくる。徐庶殿の目印を見失いそうになるが、左右の羌族や馬岱殿が導いてくれる。そして、


「関平殿! 助太刀感謝! ダハハ!」


「馬超殿!」


 私が将と合流したとわかると、赤い敵将は、何やら合図を出す。そして法螺貝がなる。



 ブォォン ブォォン


 すると、陣を組んでいた匈奴兵は一気に散開し、霧散していく。


「あっ! 徐庶殿が危ない!」


「むっ? あちらか? すぐ向かうぞ! 待ちやがれ! 赤い影!」


 間一髪、私と馬超殿の声を聞いて、近くにいた張任殿が反応。


「くっ!」


 そして、赤い影、そして匈奴兵はバラバラに霧散し、またひとまとまりとなって北へ去っていく。


「関平殿! いろいろ話をしたいが、それは後だ! 奴らを追う! 行く先は楼蘭だ。行けばわかる!」


「?? 承知!」

 お読みいただきありがとうございます。

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