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六十三 元譲 〜(曹彰+曹植)×夏侯惇=神威?〜

 夏侯惇、字は元譲。孤高の奸雄、魏武曹操にとって無二の朋友にして、挙兵当初からその右腕としてその飛躍をささえた。主を亡くした落胆は大きかったが、同時に迫り来ていた蜀漢の躍進が、かえってその気力を繋ぎ止めていたのかもしれない。

 そこに追い打ちをかけてきたのが、空前の大凶作、そして迫り来る匈奴の影。もはや冥土に思いを馳せるなど許される状況ではないことを、この大将軍は誰に言われるでも無く理解していた。しかし……



「叔父上!」


「叔父上様!」


「大将!」


「……ああ、曹彰、曹植、それに許褚か。孟徳が先に逝ってから、この危急にてどうにか気を張ってきたが、もはやこれまでのようだな。腕の力もはいらぬ。左目も見えぬ」


「叔父上……」


「左目は元からでございます!」


「分かっとるわ! 和ませただけだ! 

 とはいえ、この先を見通し、そして四方に睨みを効かせるべき我が右目も、役目を終えつつありそうだ。曹彰、曹植。そなたらの兄はもはや政務に戻ることは叶うまい。甥の叡を支えてもらいたいが、並のやりようではこの内憂外患を乗り越えるのも難しかろう」



 曹彰、そして曹植。この二人は、帝位を継いだ兄曹丕が大いに警戒するほどの才をもっていた。鮮卑をどこまでも追いかけながら矢を放ち続けて屈服させ、黄鬚の異名を轟かせた曹彰の武。その才を妬む兄の無理な問いかけに、七歩のうちに家と国への想いを綴った曹植の文。そんな評価が後世にも伝わるとみられるが、この時先に尋ねたのは、曹彰の方だった。


「誠にその通りです。夏侯淵叔父上は今や亡く、徐晃は負傷し、期間への対策で于禁や郝昭らも手一杯。若手もまだ頼りない中で、叔父上までおられなくなっては、この先どう凌げば良いのか」


「兄上! そんな弱気でどうなされますか。叡は若輩なれど、父上に生き写しの如き才知。それに及ばずとも、我らが団結すれば、再び漢土に覇をなし、蛮夷を打ち払うことも叶いましょうぞ!」


 ん? 逆ではないかと? 否。この陳寿が記述を違うはずがない。やや慎重な入りをしたのが兄の曹彰、そして猛々しい物言いが弟の曹植で間違いない。


「二人とも落ち着け。許褚、こいつらが忘れんよう、しかと心に留めておいてくれ」


「分かった。俺も頭は回らんが、聞いたことは忘れねぇ」


「つまり、まあこんなところだ。知っていたか? そなたら二人とて同じ。勇猛果敢な黄鬚の曹彰に、文才あふれる詩聖の曹植。世の評判はそんなもんだが、それぞれの持つものはかように浅いものではなかろう。

 時に危うさすら感じる勇ましさの裏に、その虚弱を覆うための繊細な采配と弓の扱い。詩から溢れ出る熱き思いの裏に、知る人ぞ知る果敢な統率と槍さばき。そして二人揃って、誰よりもこの国を、民を思うて策を練るその仁と智」


「「叔父上……」」


「だがそなたらはその力と同じくらい、若く未熟ゆえの殆うさを内包しているのだ。曹彰は長き戦に耐えることができず、曹植は実践経験が少ない。そなたらだけではないぞ。この魏国の若き者、歳をとった者、すべからく才を持つ。

 その才を、文だの武だのと大雑把にくくる時は終いにせよ。そして、深く深く掘り下げ、その原石を磨くのだ。

 そして、その力が満ち満ちるまでの、時と経験を稼ぐ必要がある。曹の宗家たるそなたらに、些細な武名など必要なかろう。ならば、その勇名を、しばらくの間儂に預けるのだ」


「叔父上に、預ける……つまり、それぞれが十分に成長するまでの間、軍には叔父上の名を冠しておく。その事で、その右目の睨みを効かせながら、国が整って機が熟すを待つ。そう言う事ですか?」


「その通りだ。そうすれば、長安や襄陽の側にも睨みが聞き、匈奴もおいそれと攻めかかって来られまい」


「承知いたしました。では早速、叔父上に大々的に『御出陣』いただくことと致しましょう」



 そして、『夏侯惇率いる』十五万の部隊は、匈奴の地をまっすぐに突き進む。先鋒は許褚と龐徳が務め、左右それぞれ曹彰と装飾が担う。中央にはその『隻眼が睨みを効かせ』る、威風堂々たる布陣。


 匈奴はその威容に警戒し、いつものようには襲ってこない。時折、ある程度まとまった数の敵軍部隊を見つけると、左右の軍が容易く蹴散らしていく。


「ぐっ、あの黄色いの、やたらと弓が……ぐえっ」


「わあっ! 指揮官が落ちたぞ! あいつの弓すげぇ!」


「あっちのひょろいの、見た目より強え! ギャッ!」ドウッ


「やたらと勇敢だそうあの細っこいの! よし、勝負だ! ぐわっ」ドスッ



 その弓は、敵指揮官を的確に捉えて射落とし、その槍は、その書生と見紛う風貌に面食らう敵軍を次々と蹴散らしていく。そして常にその背後にちらつくのは、『隻眼の大将軍の威』。


「片眼のカコートンってのは、大軍過ぎて姿が見えねえ。けどなんか知らんけど威圧感がビンビン来るぜ」


「突っ込もうにも、正面はキョチョとホットがいるし、左右は黄色いのと細っこいのが強え」


「左から近づこうとすると、黄色いのの弓が一人ずつ狙い撃ちしてくるんだよ。兵の弓もちいと劣るが、どんどん撃ってきて厄介なんだよあいつら」


「右から近づくと、細っこいのが槍をぶん回しながら騎兵を引き連れて追い回してくる。やたらかっこいい歌うたいながら突っ込んでくるんだよあいつら」



「こりゃかなわねえ。一旦散るぞ。どうせこいつら腹減ったら帰るし、もう知らん! 気にしねえ」



 そうして堂々と帰還を果たし、大将軍夏侯惇の名は、その後数年の間途絶えることなく、時に洛陽の地を守り、時に匈奴にまでも睨みを効かせることとなる。その間に、現帝の叔父二人は、各地の民の困りごとを聞いて解決したり、徐晃に相談しながら対匈奴の作戦を練って鍛錬にいそしんだり。


 

 だが、時はそう長く待ってはくれない。彼ら二人が、それぞれ自らの名を轟かせざるを得なくなるのは、そう先のことではなさそうである。

 


――――


「むむむっ、やはりあの大将軍は厄介だね。それに曹操の息子達もなかなかだよ」


「ぐぐぐっ、あの軍勢相手だとこっちも被害を覚悟しないとね」


「でも、次はそうはいかないよ。ねえレイキ姉?」


「そうだね。次はおそらくあの堅牢な宿将さんだ」


「レイキ姉さん、任せていいんだよね?」


「うん、任せて」



――――


 一月後、魏軍は再び十万を率いて出陣する。将は曹仁。守りの要として名高いものの、若い頃はその勇猛さで多くの武功を挙げている。再び龐徳を副官とし、曹彰、曹植が左右を固める。


「曹仁様、いかがなされますか?」


「張郃の申す通り、あやつらは徹底的にこちらに何も伝えないように振る舞っているのだろう。ならば、集結して陣を構えても逃げ回られるのみ。散開して、広く視野を取るぞ。より多くの情報を手にするのだ」


「御意。では帝叔様方には大きく左右に開いて頂き、私と曹仁様がそれぞれ見守る形で参りましょう」


「ああ」



 洛陽から北上し、散開したまま進軍すると、数千から一万ほどのまとまった軍勢が複数、間を空けて布陣しているのが見える。


「あまり整った布陣ではないな。それぞれ同時に蹴散らすぞ」


「応!」


 曹彰、曹植の両翼にも伝令が飛び、それぞれ正面の軍を蹴散らす。


「ん? またホットか! 勝負だ! グエッ」


「このいかついやつも強えぞ! 軍が壁みたいに押し寄せてくる! こりゃ突破できねえ、巻き込まれる前に散るぞ!」

 

 正面の軍は、容易に蹴散らされる。そして左右も。


「黄色いのは近づくな! 撃たれるぞ! 横に回れ! 左右から挟むんだ!」


「だめだ! 挟もうとしても、片っぽずつやられる! 矢を打ちながら突っ込んでくるぞこいつら! グエッ」


 左の曹彰は、挟撃を避けながら各個撃破。右手を蹴散らしたのち、左手を追う。


「細っこいのは強え! 歌いながら突っ込んで来るから、兵もやたらとノってくる! 怖え!」


「突撃を正面から受けるな! そらしながら当たれ! 無理なら散って逃げろ!」


 右の曹植は、突撃を外側にいなされながらも、少しずつ相手を削ってゆく。



 そうして敵軍を蹴散らし、龐徳は状況を確認。


「被害は僅少。敵もあまり倒せていませんが、散り散りになっていきました。やや部隊の間が空いたのが気がかりですが」


「時が惜しい。進軍しながら整えれば良かろう」


「むうっ、少し空気が湿ってまいりましたな。霧が出るかもしれません。早めに距離を整えねば」


「そなた、鋭いな。あいわかった」



 少し進むと、岩山が、ちょうど曹仁の正面に立ちはだかる。


「む、確かこの山は、それほど大きくなかったな。まあ気にすることはあるまい。左から迂回するぞ。右の曹植とは少し離れるが、問題あるまい」


 そして左右に分かれて、岩山を過ぎると、その背後に匈奴が現れる。



「ひひひっ! 待ってたぞホット! 勝負だ!」


 やや粗末な伏兵。さほど苦労することなく撃退する。しかし……


「む? 曹植はどこへ行った?」


「ん? あちらで接敵しておいでですね。まずい。少し深追いしすぎです。近づいておきましょう」


 その時、左側で干戈が。


「黄色いやつ! 勝負! 弓だけじゃ強さは足りねえぞ!」


「まずい! 龐徳! 騎兵を率いて救援せよ! あやつは長期戦は持たん! 私は曹植を追う!」


「あっ! ここでばらけては……むう、仕方ない」


「黄色いの! まてえ! 弓はこの盾で防ぐ!」


「おい! 横からホットが来ているぞ! あっ、矢が! ぐえっ」


 龐徳と曹彰はどうにか合流するも、少しもやがかかり始めた戦場で、曹仁の部隊の姿を見失う。そして


「曹彰様、大事ありませんか?」


「はあ、はあっ。問題ない。叔父上は見失ったか……」

 むっ? あれは……ま、まずい!」


 もやの向こうには、五万はいるだろうか。ここにいる曹彰軍と龐徳軍は合わせて二万。全て騎兵なのがせめてもの救い。


「致し方ありません。この距離なら、もしかしたら向こうは気づいていないかもしれません。距離をとりましょう。曹仁様なら独力で曹植様と合流し、切り抜けられるはずです」


「むうっ、仕方ない。慌てずに、隊を整えながら退くぞ」


 彼らに気づかれていないことを願いながら、距離を取る。だがその淡い期待は打ち砕かれ、少しずつ近づいてくるのがみて取れる。


「ここは是非もなし。南は……先ほど散った軍が集まってくるやもしれません。南西に向かいましょう」


「南西? 蜀との境だぞ?」


「彼らも匈奴は共通の敵です。無碍にはされますまい。それに向こうには伝手もございます」


「そうか、そうだったな。あいわかった」



――その頃、曹仁


「くっ、曹植も見失ったか。手元の軍は五万だが……むうっ! なんだあの軍は! まずい!」


 明らかに精鋭とわかる軍勢が突撃してくる。なすすべなく切り裂かれる曹仁の本隊。そして、


「ふふふっ、見つけた」


 赤い馬、そして槍と矛を合わせたような武器。そんな数十人の部隊を中心とした、突撃に特化したような騎兵。


「ぐうっ! 呂布!? いや、そんなはずは」


「ふふっ、どうだろうね。えやっ!」ガキィン!


 重すぎる手応え。しかし、呂布であればその一撃で、曹仁は馬から落とされているか、胴を切り裂かれていただろう。


「くそっ、ここは引かざるをえんな。密集陣形をとれ! 敵の突撃兵は少数! これ以上の蹂躙を許すな!」


「あははっ! やるねぇ! 気ばりなよおじさん!」


「むっ? 女? だが先ほどの威力……」


「考えている暇はないよっ! それそれっ!」ガキィ! ズン!


「ぐぐっ、強い……なんとか陣が整ったか。皆、退くぞ!」


「「「応!」」」


「さあて、どっちに退けばいいのかなあ?」



――曹植。


「くうっ、完全に見失いました。ですが曹仁殿や、兄上ならどうにかなるはず。ここは真っ直ぐ東に撤退しましょう」


「おっ! ひょろいの! 勝負!」どさっ!


「ええい邪魔だ! 皆、陣を乱すでないぞ! 退けぇ!」



――曹仁。


「ふふふっ」


「へへへっ」


「くうっ、こちらで合っているはずなのだが、すこし霧がかって、どちらへ進んでも草原だから、いまいちわからん」


 曹仁は、ある程度進むと敵に遭遇し、方向を乱される。そして、度々聞こえるようになってきた笑い声。


「なんだ忌々しい。だがこれも敵だということか。

 それにしても、この脱出しづらさはどこかで……」



「あははっ」


「思い出すかな?」



「思い出す……まさか!」


 そう。それは、八門禁鎖。彼自身が十年以上前に採用し、その時は徐庶という知恵者に見破られたが、原理そのものの有効性は損なわれることはない堅陣。

 そして、手順さえ間違えなければ脱出は可能。そう思い立って進み続ける。


「こちらで良いはずだ。まさかこんな所で、私の昔の手遊びを引っ張り出されるとはな。なんという奴らなのだ」


「ふふふっ」


「えへへっ」


 いつのまにか兵数は大きく減らされていることにも気づくが、武器の音はほとんど聞こえないため、皆脱出できているのか、それともいつの間にかやられたのか。


「くうっ、これは大失態だな。帰ったら懲罰だが、その前に、こやつらの厄介さをどうにか伝えねば」


 だが、本人も限界が近づいてきた。すでに齢は五十を超え、戦場を駆け回ることも減ってきている。


「諦めぬぞ……」




「曹仁殿、こちらです」




「む? なんだ?」


「そちらはまやかしの生門。こちらがまことの道」


「ん、この声は……そなたは!?」

 お読みいただきありがとうございます。


 彼らの運命や如何に?

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