六十 脳嵐 〜蜀漢×幼女=御前会議〜
お久しぶりです。鳳小雛です。幼女兼AIとして、孔明様の仕事を一つ残らず奪い取ることで、この地の皆様に本来の英雄としての叡智をとりもどす。そんなことを生業にしております。
どこぞの主人公感の強い三人組と、もっと主人公感の強い、若き教祖のご活躍によって、しばらく出番の目処が立っておりませなんだ、蜀漢本国の皆様方。こちらはこちらで、匈奴という名の難敵によって、がぜん緊張が高まる状況にあいなっております。
当面、馬超様を主導とした、羌族の方々との連携で問題なかろうと考えていた、私を含めた首脳陣の皆様。甘かったというしかございません。その緊張が高まったのは、魏の宿将、徐晃殿の敗北。一命は取り留めたとは聞いておりますが、肘を痛めて戦線復帰は絶望的。この時代に靭帯移植手術などできようはずがありませんので、そのお方には、この難局を乗り切るための知恵者としてのお働きを期待いたします。
その緊張の走る蜀漢。各所から要人が集合し、盛大なる評定が実施されます。が……
「おおっ! 女神様! おひさしゅうございます! お変わりは……なくはないですが、身長が伸びることはなさそうですね。重畳でございます」
「女神様! 新しい踊りです! 麦を踏む時に、踏み外さぬよう工夫を凝らしてございます!」
「女神様、この西域より送られてきた苦味の実をもちいたら、たいそう爽快な味の麦酒が出来上がりました。ご賞味は……不適切でした」
馬超様と、羌族の方々、張任殿ですね。この崇められ方は完全に馬超様由来ですが、この方といい、張任殿といい、誠に鬱々とした日々を過ごしてきたことがあったのか、そして今も、誠に難敵と接しているのか、と思いたくなる弾けっぷりでございます。
『皆様お変わりないようで。匈奴の方は、後でたっぷりとお話し頂くことになりますので、それまでに緊張感の演出などはお忘れなさらぬのが良さそうです』
「ダハハ! そりゃそうですね! ですが心配いりません。この身この骨に、しっかりとそこは刻まれていますからね」
そうこうしているうちに皆集まったようです。この後、多数人の対話のみがひたすら続きますので、どなたのが発言かも含めて控えておくといたします。
誰もが皆、この脅威を差し迫ったものと認識しているからか、いつもの皆様の個性的な言行は大きく影を潜め、全員が論を進めることに注力しておいでです。先ほどおちゃらけておいでだった馬超様や、やや大仰なご口調が威厳を与える関羽様とて例外なく。
劉備「皆集まってくれて感謝する。どうやら北方の様子は思っていた以上のようだな」
黄忠「鮮卑の方は、魏が飢饉対策で野放ししていると話が入ってきました。これは呉の筋からもきているので確かでしょう。ですが、匈奴の厄介さが増しているようです」
馬良「魏も匈奴も、まだ鮮卑と連携できているわけではなさそうですね。お互い都合よく利用し合う関係を探るというところでしょう」
李厳「敦煌は安泰ですが、楼蘭から先にも手が広がっているとのこと。目の前の軍勢のみの変化とは言い難いでというのが見通しです」
劉備「軍と版図。一旦切り分けるか。優先はやはり軍事力の方か?」
鳳小雛『そう考えましょう。彼らが版図を広げられる原動力が政事でなく軍事なのは明らかなので、そこからです』
張飛「直接当たっているのは馬超のとこだけか。いくつか気になるところがあるんだったか」
馬超「はい。気づきとして古い順と新しい順どっちにしますか?」
小雛『新しい順にしましょう。古い情報を、補完的に使ったり、仮説検証したり、という使い方が良さそうです』
馬超「心得ました。三つです。一つ。兜は真新しいのに鎧は傷が大きい。しかも兜は回収されて鎧は打ち捨てられていました。二つ。最近になって、どんな時も一人で挑んでくる彼らが、二人ずつ挑んでき始めました。三つ。こちらもそうですが、向こうの死者数、どれだけ少ないのでしょうか?」
関羽「兜はどんな形だかわかるか?」
張任「こんな形ですね。丸で、やや後ろに膨らみ。頬の下まで守り。余計な飾りはなし」
関羽「よくかけているな。小雛殿。ここから何か得られるか?」
小雛『まず、材料や手間が最小限に抑えられていますね。それに、斬撃にはあまり有効性を感じません。刺突を逸らす形状ではありますが、それも角度に限界がありそうです』
関羽「確かにな。斬られたらひとたまりもないぞ。逆に、打撃には強そうではないか?」
小雛『そのとおりです。実際、多少打たれても、衝撃を分散してくれそうですね。ですがこの形状、最大の利点はそこではないかもしれません。前や横ではなく、後ろからの衝撃なのですよね。後ろから殴られる……違うな。情報に不足があります』
馬超「な、なあ女神様、まさかそれ、落馬じゃねえか?」
小雛『あっ! なるほど。そ、その通りかもしれません。たしかに落馬すると、落ち方によっては頭をぶつけます。そうしたら致命的。そうでなくても、一時的に意識を失うことは、戦場では間違いなく命に関わります』
法正「これは関係ありますかな? 鎧と兜の間でしょうか?首を守るような、そんな分厚い防護具が落ちていたと聞きます。おおよそ持ち替えられていましたが、かけらを拾ったとのことですね」
馬超「落ちた時に首を捻るのは致命的だぞ。それは確かに重要だろうぜ」
馬良「馬超殿、直近の我が軍の死者や負傷者の記録はありますかな? ぜひ分析したく。蜀への遠征の時と、襄陽攻防の記録はありますので、比較してみたいと存じます」
馬超「ああ。張任がすげえのもっているぜ。なあ?」
張任「はい。全て克明に」
馬良「では私と張任殿は一旦失礼します。法正殿、何かあったらご連絡を」
法正「承知」
孔明「馬超殿は、引き続き警戒しつつ、兜の現品確保を、ある程度優先いただけたら」
馬超「あいわかった」
劉備「一つ目と三つ目は、あとは二人の分析次第だな。二つ目だが、どうだ?」
趙雲「私が彼らとやり合ったときは、確かに一人ずつでしたな。私は走りながら蹴散らしたので、どちらでも変わらなかったかもしれませんが」
馬謖「情報によると、徐晃どの怪我の原因は、彼の得物が大人数を一気に蹴散らすのに向く大斧であったこと、それで二人ずつ順々に来たせいで、腕、とくに肘に余計な負荷があったこと、という分析結果です」
関羽「徐晃の大斧か。あれは確かに、突撃の戦法で、敵をまとめて蹴散らすためのものだ。私の青龍刀もそれに近いが、一対一でも問題ない汎用性があるんだよ」
趙雲「不得手に付き合わされた結果、ですね。それに、匈奴との対峙は交代制だったと聞きます。ゆえに、彼ら専用の準備や鍛錬はなしづらかろう」
孔明「それは、論功行賞の仕組みの側にも問題がありましょうな。守りの戦、警備と小競り合いの連続は、たしかに評価を上げにくい実態がありそうです」
劉禅「蜀漢は、馬超の部隊が当面は専従しているが、大事ないのか?」
馬超「はい陛下。どちらかというと我らは、羌氐との融和、共通文化の構築を主にしております。それゆえ、今は匈奴への対峙が全体の一部、という形ですね」
劉禅「匈奴防衛が目的の組織と、絆を深め土地を守る手段の組織の違いか」
張飛「軍人としての本分の中に、小競り合いや警備、防衛がしかと刻まれていれば問題ねぇんだよ。だがまだそれはどちらの国も整い切っていねぇ」
趙雲「今後、馬超殿だけでどうにかなる問題ではなさそうですね。ならばそこの制度設計は必須でしょうか」
張飛「防諜と一緒だな。守ること、見守ることの価値を形にするんだ」
劉禅「法正、蒋琬、整えられるか? 不明点は叔父上や黄忠に相談しつつ」
法正ら「「「「御意」」」」
関羽「それと、一人から二人になったってところだが……これは見当がつかんぞ?」
小雛『価値観の変容、ですよね。ここまで急なものというのは、大きく三つほど考えられます。
一つ目は大きな危機。これは鮮卑あたりが何かをしていなければ関係なさそうです。
二つ目は、外から入ってきた情報による刺激。これは、どちらかというと漢土側からの刺激、ですが……これだけでは足りませんね
三つ目は、特異的な意思決定者の出現。これが一番しっくり来ます』
関羽「奴らの考え方を変えるだけの、刺激、というわけだな。だがそのような者、まだ聞かないが……」
黄忠「我らも全く掴めていません。漢土の防諜や諜報網は整いましたが、やはり種族や文化がことなり、明確な領土の境があると、やり方を変えねばなりませんね」
張飛「いっそ、突っ込んでみてくるか?」
関羽「張飛! なんてことを……ん? いや、もしや」
小雛『確かにそれは一つの手段ではあります。威力偵察、という形容がふさわしいかと』
趙雲「威力偵察、ですか。敵地深く侵入する必要がありますね。生半可なものでは敵に利を与えるのみかと」
張飛「ならば俺と、子龍、どうだ? 守りは兄貴と馬超、黄忠で十分だろ」
関羽「仕方ないな」
劉備「いいだろう。張飛、趙雲。魏延、馬謖と精鋭を揃えて威力偵察に向かってくれ。目的は、匈奴首領格の情報収集。必須条件は主だった者の生存」
張飛「心得た」
趙雲「承知」
孫尚香「小雛、そなたが東方より学びし技は、助けにならんかの?」
小雛『はい。まだ完成はしていませんが、技術の方々と、できたところまででお二人に共有いたします』
孫尚香「うむ、よろしくの」
劉備「では散会する! おのおの、抜かりなく」
一同「「「「ははあっ!!」」」」
次々に議論と対策が進み、それぞれ現地へ散っていきます。私は主に、卑弥呼様と相談した技法の調整と、お二人への共有、ですね。
この国は大きく変わりました。特定の者が務めと責任をまとめて負う構図はもはや跡形もなく、皆様がそれぞれの役割と特性を活かして動かす国へと。
ですが、どうやらそれだけでは、前へは進めても、その先の壁を越えるには不足があるようです。この鳳小雛とて、新たな力を必要とする日が、遠くはないようでございます。
八門
赤い影
お読みいただきありがとうございます。