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五十九 脅威 〜曹魏×匈奴=非言語化?〜

 匈奴。遥か西方ではフン族と呼ばれ始める、草原の騎馬民族。前漢の半ばごろに最盛期を迎え、一度その勢力を大きく縮小するも、後漢の権威縮小に伴い、再びその動きを活発化させ始める。

 だが、何か違う。その感覚を覚え始めたのは、羌族と共に彼らと相対する、馬超ら蜀漢軍と、徐晃ら歴戦の将が交代で警備に当たる魏軍、おおよそ同じ頃であった。


 そして、「徐晃が重傷、一命を取り留めるも戦線復帰は絶望的」の報が入ったとき、その懸念は緊張へと急変する。直接聞いた魏、情報を入手した蜀漢の順に、洛陽、長安でそれぞれ主要人物が集合し、それぞれ対策を練り始める。幸か不幸か、この陳寿も、下級の記録官として、魏の様子をつぶさに書き記すことができる。



――――


「徐晃よ、大事ないのか?」


 洛陽。現帝曹叡自ら許昌に入り、声をかける。


「はい。華佗殿に見ていただき、命は長らえららようとの事です。戦は難しいかと存じます」


「あいわかった。そなたの永年の功勲、その右将軍の位を永年のものとする。戦に出られずとも、将兵への教導、軍略への提起、そしてなにより、今回の匈奴への対応組織。そなたの役の重さは変わらぬと心得よ」


「ははあっ! ありがたきお言葉」


 戦士が戦に出ずともその位を保つ。当たり前のようで当たり前ではない、そんな厚遇に、徐晃は感謝の言葉しかない。


「龐徳よ。そなたが将を継ぐことに問題はなかろうと考えている。だが、それは平時のこと。今は危急の時ゆえ、上将が入る時には相応の対応を頼むぞ」


「承知いたしました。謹んでお受けいたします」



 そしてその上将のほぼ全てが、この洛陽に一堂に会する。中でも最上位の夏侯惇と曹仁、近衛の許褚らは、自ら出動する必要もあろうかと、緊張と覇気を露わにする。無論、程昱、賈詡、荀攸ら謀臣とて、こたびは事の重大さに思考を加速させる。


「程昱よ、北の動きはどうだ?」


「陸遜の提案通り、鮮卑に対しては華北の一部を切り取るにまかせております。その結果、必要な軍の備えはだいぶ減らせております。匈奴も間断なく来るわけではないので、落ち着いた時に押し返すことは問題ないかと」


「民に被害が出ぬようにな。荀攸、農政は?」


「はい。陸遜殿の指導により、三公と于禁殿、郝昭らがその要諦を把握し、次の年からは収獲が見込めます。正常になるまでは三年ほどかかりましょうが、その後は江北も作物の取れる地となりましょう」


「そこは任せる。郝昭は時折守りに入ってもらうことになるが、于禁は屯田と土木をしかと伝承させる役目でよい」


「ははっ」



「では本題だ。龐徳、喫緊の危険性はどう考える?」


「その点は問題ありません。匈奴と相対する部隊が足りておらなんだことで、やや苦戦しておりますが、個々の強さや軍組織としての力は、我らや蜀には大きく劣るかと。漢土に深く入られる懸念は少ないでしょう。ただ、こちらから攻め入るのは、どこに標的を成せば良いかがわからぬゆえ、難しいと存じます」


「徐晃も、やや寡兵で多くを相手したがための疲労が要因であったと聞くからな。しかと整えれば問題なさそうか」


「はい。しかしそれは喫緊は、でございます。ですよね徐晃殿?」


「龐徳の申す通りです。あやつらの真の脅威は、その変性、そして戦への熱にあると存じます」


「変性、熱、とな?」


 帝は、ひたすら順に話を聞いているだけではあるのだが、臣が次々に報告と意見を上げていくのに真摯に答えを返すため、臣もやり易さを感じているように見える。そして、今回最も話を聞いておきたい相手が発言を始めると、それぞれ手元の記録用筆記具を用意する。



「少し前までは、一度突撃したのちは、てんでばらばらに攻撃を仕掛けてきたので、各個撃破すれば問題なく対処できておりました。ですが最近は少し様子が変わってきております。一度仕掛けてくると、後から間断なく襲いかかってくるので、少しずつ体力などが削られ、突破される者も現れる形です」


「戦法の中核が変わっているのか」


「はい。さらに、当たるたびに細かな変化があるようにも見えます。前回は必ず一人ずつ向かってきてましたが、私が不覚を取った戦いの時は二人ずつやってくることもありました」


「細かい変化、か。一人ずつ来るのが何らかの信条からくるものだとすると、二人ずつというのに違和感があるのは確かだな」


「その通りです。とにかくあやつら、何をどう考えているのかがさっぱりわからず、我らも戦いながらその心根を測らんと、話を聞いていたのですが」


「何かわかったことはあるのか?」


「最も特徴的なのは、死者に対する軽さですね。あいつらは、死んだ奴に興味ないようで、死んだらただ物っていう考えが浸透しているように振る舞っていました。さらに極端な言い方をすると、落馬しただけでも、その関心から抜けていくような、そんな風を感じて取れます」


「それが単なる野蛮な風習とこきおろすのは容易です。しかし、そこからの学びを止めて仕舞えば、もし彼らのその変性が、何らかの形での進化なのだとしたら、我らの歩みが止まる隙に、彼らがその力をます可能性が出てきます。

 例えばそうですね。生者からこそ人は学べる。それが戦いであれ、口伝であれ。そういうことだとしたら、彼らは学ぶために生きる信条かもしれない。そんなことも視野に入れなければなりません」


「なるほど、学ぶ生者は尊くも、互いに学ぶことのない死者には関心なし、か」


 このまま進めればここで、急報が入る。


「失礼します!」


「どうした?」


「匈奴が内地深くまで侵入。被害が出かけたところで、こちらに向かっていた張遼様のご活躍で、どうにか一度は追い散らすことに成功しましたが、またいつ入ってくるかは分かりません。詳細は、半刻もすればご到着なさり、おん自らご説明いただけそうではあります」


 張遼がたまたま追い払ったことに安堵や喜びの表情をする者はなく、皆一様に、懸念していたことが実際に起こりつつある憂慮の念を浮かべている。


 

「程昱、賈詡、ちなみに聞くが、何らかの策は考えられるか?」


「拠点がないゆえ、漢土の機略が使える場は限られております。あるとすれば、こちらから進出して拠点を構築することですが、現場はその捻出が難しくはあります。並の町や村、砦は簡単に壊されます」


「要の人材に対する策謀は、真っ先に思いつくことですが、そのための諜報活動も苦慮いたします。匈奴の血が混ざる者、よく似たものを潜入させようにも、その考え方に差が大きく、簡単に露見するのが実情」


「なるほどな。簡単にはいかんのだな。だがそなたらや、その後継たちであれば、何かを見出すことに期待を続けても良いであろう?」


「ははっ」


「御意」


 

 少しばかり話していると、その一刻よりもだいぶ早く、一陣の風が宮殿に舞う。そして、他の誰よりも歴戦を潜り抜け、その威風をまとう将が入室し、拝礼する。


「張遼か。先ほどの報告は聞いている。そなたなら一度や二度はさほどの労はなかろうが、先行きも含めてその考えを聞いておきたい」



「ははっ。この遼、徐晃殿の危地をお聞きしてより愚考いたしておりましたが、やはりあの匈奴という者、死なずに戦を繰り返すことが、その血その身に染み付いているやもしれません。さすれば奴らにとって、戦場こそが鍛錬の地。

 合肥という地もそれと同様、魏と呉の間でそういう場になっていたのやも。そして、蜀の地から三国に伝わりし、情報取得の効率化や、情報分析の技法が、奴らにも流れているのだとすると、それはあの者らが更なる力をつける可能性を、より詳らかに指し示すことに相違はありません」


「さすが張遼殿ですな。我が不覚と、己の経験の双方から、そこまでのご賢察。たしかに彼らにとって、あの戦こそが鍛錬と申すのであれば、彼らの強者との勝負へのこだわりも、敗者や死者への関心の薄さも、合点がいき申す」



「なるほど。ならば張遼、いかが致す?」


「鎧袖一触。まずはそれを目指すのみ。奴らに学びの機を与えぬことこそ肝要。そして、少数精鋭で凌ぐのではなく、凡なる大兵を持ってことに当たる。当方の弱兵どもも、それで少しは鍛えられましょうぞ」


 ここで全軍の最高責任者たる夏侯惇が、彼の発言を受けて方針を提言する。


「ならば当面、大兵による軍事演習と、屯田を、国境にて繰り返すとしようか。私と曹仁殿、張遼、張郃の四名が、年にそれぞれ一度ずつ、ここ洛陽から河北まで進み、帰ってくる。奴らと遭遇した時には、瞬く間に蹴散らすか、その血を草原に捧げるがよかろう」


「あい分かった。当面はそれで凌ぐこととし、引き続き皆の叡智を集めることとする! 内憂外患、多大なる負担をかけるが、幸いなことに祖父の魏武が残した枠組みのお陰で人材は豊富。ならば、皆の武、皆の知をもって、この危難を乗り越えるのだ!」


「「「ははあっ!」」」


 そうして、まずは張遼が、十万の兵を率いて、威風堂々と草原に向かい、遭遇する匈奴軍の駆逐を開始。匈奴軍は衆寡敵せず、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。だが、その軍が去ると、いつのまにか戻ってきている、というのが何度か繰り返され、そして何度目かの演習後に、再び事件は起こる。

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