表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生AI 〜孔明に塩対応されたから、大事なものを一つずつ全部奪ってやる!〜  作者: AI中毒
第三部 第九章 まあるい世界 落ちない連環
74/235

五十七 摩尼 〜マニ×母=??〜

 私は姜維。旅の途中に訪れた、戦乱の地、エクバターナ。母との再会を望み、己を磨き続けたマニという少年。その瞳の輝きは、何者にも代えがたい力がある。この戦乱が収まるよう、バベルの神話を再解釈した説話を広めること一月。

 ついに、旧王朝パルティアと、新王朝サーサーンの軍主力のみが、平原に集って相対する形となった。私と鄧艾は、マニを中心に、両軍のちょうど間に向かい、ゆっくりと歩き出し、中央で止まる。弓と、木を削って作った簡易な拡声器を手に、私は両軍に声をかける。


「両軍、お聞き召されよ! 我こそは姜維、こいつはトト。そしてこちらは、パルティア王家の血を引く少年、マニ! 東の国から訪れた我ら、少年の望みを聞き届け、この街の戦を沈まんがため、物語を披露し、踊りを広め、壁や家屋を直しながら過ごしたこの一月。かのバベルの講話のごとく、皆の相互理解は少しずつ広まったとみている。

 それでもなお戦うというのなら、存分にこの大地を血に染めるが良い! だが、少しでも話を聞く者がここにいるというのなら、その者らの意見を尊重させてほしい! なあに、ただでとは言わん! もしここから、私とトトがそれぞれ、両軍の旗を、この弓で射抜くことができた時には、この少年マニの話を聞いてくれ! もし外したら、マニだけ逃して、我ら二人をひき潰してから、存分に戦うがよかろう! いかがか!」


 サーサーンから、いかにも屈強そうな男が、前線に出てきて返答する。


「そんなところから届くのか? まあよかろう! はったりなら容赦なくひき潰すぞ!」


 パルティアからも、順番そうな、均整の取れた風貌の男も同調する。


「時はそれほど切迫してはおらん! よって、それくらいの余興には付き合おうではないか!」


 返事を聞くと、私と鄧艾は頷き合い、高く腕を上げたのち、同時に弓を引く。旗は十分な高さだが、相当な距離。


 だが、同時に放たれた二つの矢は、綺麗な放物線を描き、そして着弾。二人とも、旗の布地を傷つけないよう、柱の方に狙いを定めたのだろう。見事に命中。


「こ、これくらいなら余裕だったぞ。た短弓の射程が気になったくらいだ」


 遠目に見ても、明らかに呆然とする表情の両軍。だが約束は約束。互いの面目の現れか、この場でそれを忘れるような者は出てこない。


「さて、このままでは、マニののども裂けてしまう。両軍壁の前まで近づき、壁の上からマニに話してもらうとしよう」


 両軍の将は頷き、軍を動かす。我らは一度門をくぐり、中の階段から壁の上に移動する。そして、おおよそ整ったと思ったところで、マニが話し始める。



「皆さん、家族はいるだろうか。父や母、兄弟。もしかしたら妻や子だっているかもしれないね。その大切な人たちは、この街で共に暮らしているだろうか。それとも故郷で、あなた達の帰りを待っているだろうか。その家族の笑顔を最後に見たのはいつだったか、思い出せるかい? その笑顔は、あなた達がその弓を下ろし、家路に着く理由にはならないだろうか?


 そんなことも、少し考えないと思い起こせないくらい、今の世の中はあまり望ましくない状況だよ。幸いにして、戦乱自体は長くはないから、民はまだもう少し、耐えられるのかな。でもみんな知っている。メソポタミアは大きくはない。しっかり大地の声を聞き、天に祈りを捧げて、ようやくその実りがみんなのお腹を満たせるかどうかだ。


 だからわからなくはないんだよ。仲のいい者、考えの近い者と、その家族だけでその恩恵を手にして、他のものを外へと追いやろうとする、そんな気持ちを卑しいだなんて、言い切ることはできないよ。そんな思いが悪だなんて、ボクは言い切ることはできないんだ。だってみんな家族が大事なんだよ。



 善と悪。確かに世はこの二つで出来ているんだ。でもその善は、誰にとっても善ではなく、その悪は、いつまでも悪ではない。その二元は絶え間なく流転し、栄枯は盛衰し、愛憎は移ろうものだ。善と悪は交わらない。それはさながらコインの裏表のように、ふとした拍子にひっくり返る。コインのどっちが表だか、いつもわからなくなるくらいに、善と悪はそれほどに儚いものかもしれないんだよ。


 隣を見てみてくれ。その顔は悪かい? もしそうだとして、その顔が帰ってくるのを故郷で待っている家族や友の顔を想像してみてくれ。その顔はどうだい? そんなことをずーっと繰り返していたら、悪とはなんて刹那的なものなんだって、思ったりはしないだろうか。そんなことを想像したら、あなたはその相手の顔に、矢を放つことはできるだろうか?


 それでも確かに、あいつと自分は違う。そう思うかもしれない。肌の色や髪の色、話す言葉や暮らしてきた土地。そして信じている教えや、祈る神の名や姿。そんなのが全部全部、ちがっていたら、分かりあうなんて難しい。そう思ってもおかしいなんて言わないよ。


 でもさ、ちょっとだけ考えてみてほしい。あなたの家族や、あなたが信頼する仲間。その人達と気兼ねなくお話をしていたとしよう。これまでその人と話していて、自分の言ったことが、ぜんぶがぜんぶ、ちゃんとその通り伝わったことしかない相手なんて、いるのだろうか? 相手の話したことに対して、一度も分からなかったこと、聞き間違えたことがないような、そんな相手はいるだろうか?


 もしいたら、その人はあなたの運命の人かもしれない。それはそれは大切にするといい。だけど、その人と一度でも話が合わなかった時に、その人を嫌いにはならないでほしい。その人と出会ってから、死が二人を分つまで、一度たりとも話が合わないことがないなんて、それは、砂漠の砂つぶの中から、同じ二つの砂が再び出会うよりも、もっともっと少ないかもしれないんだから。



 だからボクたちは、あのバベルの話を広めたんだ。みんな、隣の人と違うことを恐れないでくれないかな? 隣の人と、祈る先が違うことを、間違っていると思わないでくれないかな? その違うと思った祈った先が、本当に違うのか、ちゃんと証明できる人なんて、多分いないはずだからさ。


 メソポタミアを中心としたこの大地は、沢山の人が住むには過酷すぎる。だから誰もが皆、より過酷なところで暮らすしかない祖先を持っていると思う。だからこそ、その時にその時、違う時、違う場所、違う状況で、一心に祈りを捧げた時。奇跡が起こり、その暮らしが少しでも良くなった時に、祈った先に感謝した時。


 そんな時に別の人から見えた姿、聞こえた声、受け止めた想いが、全部が全部同じになるだろうか? もしそうだとして、直接その話を聞いて受け止めた時。さらにさらに、それが又聞きだったり、消えかけた絵や文字から伝わったりしたときに、それが全部同じままになるだろうか? 



 そうさ。それが違ったところで、何が正しくて何が正しくないなんて、誰も決めることなんてできないのさ。もしボクが、一心に祈りを捧げた結果、預言を得たとして、その全てを、一切の遺漏なくみんなに伝え、一切のずれなくみんなに伝わることは、それこそ奇跡に等しいんだ。


 だからみんな、違うことを恐れないでくれないだろうか? そして、違うってことを理由に、戦いたくなったら、このボクの言葉や、バベルの話、そして、これからボクたちが語る話のいくつかを、思い出してくれないだろうか?


 確かにメソポタミアは足りない。ナイルも十分ではない。東の高原の果実も、北草原の羊や鹿も。だけど、遠く東の地では、億という数に迫る人が住めるくらいの、広大な地が広がっていると聞く。西の地中海では、さまざまなものを育てる事ができると聞く。


 足りなかったら旅にも出られる。そんな旅はね、多分おんなじ考えの人だけだと、ちょっと退屈してしまうかもしれないんだよ。だから、旅に出てもでなくても、違うことを恐れないでみないか? 今日からそれを始めるといい。そんなふうに考えたら、争う理由なんて、だいぶ少なくなるんじゃないかな? どうだいみんな?」



 話終えたマニ。そして壁の下では、考え込む者がいる。家族を想っているのか、上を向きながら涙をこらえる者がいる。人目もはばからず涙を流すものがいる。隣の者と語らうものもいる。


 そして、両軍の将は、互いに見つめ合い、周りを見渡し、また見つめ合う。そして考えこむ。


 そうしていると、階段を駆け上がる、すこし危うげな足音が聞こえる。マニは振り返る。



「マニ! マニなんだね!」


「お、お母さん? お母さん!」


「マニ! マニ! こんなに立派になって。大切な私の子。夫から追い出され、あなたが四つの時に母の手から奪われ。その後も、ずっとひそやかに、お前が真っ直ぐに育っているのを見守っていたんだよ」


「お母さん……そうだったんだね」


「戦乱が始まって、王都がサーサーンの手に落ちてからは、このエクバターナの政庁でも安心できなかったから、身分を隠し、いろんな家を転々としながら暮らしていたのさ。その暮らしの中じゃ、流石にあんたどころじゃ無くなっちまったんだよ」


「それはそうだよね。それまで見守ってくれていただけでも、ありがとうだよ」


「ふふふっ。そうしたらどうだい。殺伐とした危険極まりないこの街が、いつの間にやらちょっとずつ明るくなって、みんなおとなしく、子供達も外で遊べるようになってきたじゃないか」


 私や鄧艾は呆気に取られ、兵たちも呆然とする者、我に返って再び涙する者。


「私はマニが関わっていることを風の噂で耳にして、兵が見回っているのにも関わらず飛び出しそうになったね。でもね、そしたらさ、二つの紙が目についたんだよ。一つはあの塔の話だね。そして、もう一つは、ある親子の悲しい話さ。性急に母を求めた結果、母との悲しい行き違いの話。あれは、お前からの伝言だったんだろ? 一番いい形で、必ず会いにくるから、それまで慌てずに待っていてくれ、っていうさ」


「うん。うん! そうだよ! 徐庶っておじさんが、それを教えてくれたんだ! こっちの口うるさいかっこつけの姜維も、突拍子もないどもりのトトも、無口なお寝坊さんの費禕も、みんなを苦労してまとめる関平さんも、みんなボクを助けてくれるんだよ!」


「キョーイさん、トトさん、本当にありがとうございます。息子が大変お世話になっています。そうだね。ここは最後に、お母ちゃんが締めてやろうじゃないか」


「「「???」」」


 そういうと、マニの母君は、なんと壁の上の、外壁の上に登り、仁王立ちをする。私と鄧艾も慌てるが、いつでも捕まえられる位置に控えることにした。


「あ、危ないよお母さん!」


「心配ないさ。これでもあのパルティアの肝が冷える新しい遊戯と、あの陽気なやつらの踊りで、足腰も鍛えてんのさ」


「あはは……」


「おい! そこのもやしども! よく聞くがいい! あたしの息子があんたらのために、危険を犯して一月準備して、最後に今日ここで語った話、よーく胸に刻んで、帰ってあんたらの家族や、故郷の友にしっかり伝えるんだよ! 忘れちまうようなやつは、この人らがしっかり紙に書いて渡してくれるから、ちょっとばかし待っているといいさね!」


「「「!!!」」」ざわざわ


「そして、まだ不満があるやつは、一人ずつかかってきな! あたしは腐っても王家の娘さ! それなりに鍛えているからね。付け焼き刃で、鎧や馬に頼りっきりのあんたらなんかには、まける気なんてさらさらないよ! さあどうだい? 度胸のあるやつから上がってきな! あたしとしちゃあ、あんたらのその元気は、大人しく帰って、嫁や子を抱きしめるのに使うことをお勧めするがね! お母ちゃんの言うことは聞くもんだよ!」



 壁下は静まり返る。壁に上がろうとするものなどいるわけがない。そうしていると、二人の将は近づき、互いに頷き、握手を交わす。


「神が遣わしたかの如き、だがそうとは決してお認めにならないだろう、偉大なる母の子マニよ! そして、その至善なる少年の賢母よ! あなた方のその知恵、その仁愛、その勇気、その行いは、何度ひっくり返しても表にしかならないコインのごとく、善の善たるものと心得る」


「まさにその通りだ! そして今ここで、サーサーンとパルティアの戦いを終わりに向けるため、この両将は手を携え、この国の争いを鎮めることを誓う! 争いはおわりだ! 今宵は祭りだ! 皆、弓と槍を家におけ! 酒と肉と松明をもて! 人の子マニと、人の母、そして人の友キョーイ、トト、ヒィ、ジョショ、カンペーを讃え、歌って踊って飲み明かそうぞ!」



「「「「おおっ!!」」」」


 そうして、逆側に落っこちないように母を引っ張るマニを見ながら、壁から降りていく私と、やや眠たげな鄧艾を、半ば無理やり引っ張っていく将兵達。いつのまにか、ひたすら字を書いては寝ていた費禕らも話に加わり、二つの旗が交互に並ぶ道を抜けて、多種多様な歌踊りが披露される、そんな広場へと誘われる。飲んでは食い、歌い踊りながら、夜通し祭りは続いていく。


 その夜、祭りの灯火の裏側に、何度か見たことのある不穏なる部族の影が、ちらほらと見えるのを、地元の者らは気づくことなく騒ぎ続ける。私たち五人はそれをしかと横目に確認しつつ、今はこの最良の日を全力で楽しむことにする。

 お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ