五十五 単福 〜(鄧艾+姜維+費禕+??)×マニ=賢母?〜
エクバターナ。旧王朝パルティアと、新王朝サーサーンが、市内で争いを続ける街。少年マニの手引きで市内に入ることができた我らは、旅の疲れを癒すために早めに休み、次の朝を迎える。私単福が起きると、皆すでに起きていた。東からくると、時がずれた分だけ早寝早起きになるようだ。トト(鄧艾)、姜維、関平の順に置き、マニと費禕が同時くらいとのことだった。
マニは、幼い頃に別れた母を探している。母はパルティア王家の出だから、どこかに捉えられている可能性が高いとのこと。その困難さと、想定される被害から、彼は諦めて自分を納得させようとしていたが、そうは行かねえ。大人だってそうだが、がきが母と会うのを諦めた先にある善なんてのは、どこの国にもありゃしねえんだよ。
「おはようトト。何しているんだい? えっ? なんだこれ?」
「おはようマニ。へへっ、は、早起きだから、ち地図を写しといたぜ。ご五枚だな。近くの壁の塔にか階段があったから、登って変なとこを直してからな」
「すごい……なんか道具も使っているね。ものさしと、この紐は円を書くのか」
「この地図と、か簡単な書き付け用の手帳、そしてこの砂盤。こ、これくらいあれば、議論に困ることはねえな」
相変わらず早起きの鄧艾、色々やってくれていたらしい。とりあえず飯を食って、議論の前に、私から話しておくかないといけないことを話すか。
「みんな、議論の前に、一つ昔話を聞いてくれるか? まあ、今回の話には、関係なくはないからよ」
「ん? なんだ? お、おとぎ話か? それとも単福殿の話か?」
「ああ、私の話だ。だがまあ、二十年は前の話だから、下手するとおとぎ話みたいになっちまうかもな」
「へへ、どどっちもか。聞こうか。い、いいかマニ?」
「うん、大丈夫だよ。関係あるって言うなら尚更だよ」
「ああ。そうしよう。まあ知っているやつもいるかもしれないが、最後まで聞いてくれや。
むかしむかし、都から南に広がる、荊州という地域の入り口、新野という町に、一人の愚かな軍師がいました。
その男は、その町の新たな君になったのが、北からやってきた、百戦錬磨で王朝への忠義が深い、有名な方だと知り、ぜひ会いたいと、自分を売り込みました。
その君の軍には、国で五本の指に入る将軍が三人とその部下達、気が回る優秀な文官が何人かいましたが、軍を束ねて戦術を考える、軍師という役の人がいませんでした。
自分ならできる、と言った男は、単福と名乗って君と話をし、半信半疑に思われながら、雇ってもらいました。
その頃、北から強力な敵軍が攻めてきました。まだ様子見程度でしたが、普通に戦ってはこちらの消耗は激しくなりそうな、そんな数の部隊と、優秀な将軍でした。その将軍は、八門陣という、巧妙な罠で獲物を捕えるような、そんな厄介な陣形を敷いていました。
その陣形を知っていて、弱点を見破ることができた男は、三人の将軍の一人に策をさずけます。その陣形の横から突入して逆から抜けさせ、陣形を大混乱に陥れて、見事に勝利しました。
君も将も大喜びで、男を大層もてなして、これからもよろしく、と言われました。男も喜びました。
ですが、負けて帰ってきた将軍から話を聞いた、敵国の悪い策士が、ある策を実行します。その男の母が、敵国の都で暮らしていることを知り、その母に、息子に帰ってくるように手紙を書かせようとしたのです。母は拒否しましたが、策士は母が寝ている間に忍びこんで筆跡を盗み、偽の手紙を男に送ってきたのです。
男は大層驚きます。もしかしたら偽物かも、と思いつつも、母が心配で、ご飯もなかなか食べられません。その様子を見た君は男の話を聞くと、『それは絶対に行って、母を助けた方がいい。偽物だとしても、母がいるのなら尚更だ』と言ってくれました。
男は悩みましたが、最後は君の言葉に背中を押され、敵国の都に向かう決意をしました。その別れの際に男は、自分の真の名が徐庶であることを告げ、そして自分よりも百倍優れた友の軍師二人を君に紹介します。そして君と三人の将らと、涙ながらに別れて旅立ちました。
都に着くと、母と、悪い策士がいました。母は私を見ると、喜ぶどころか大層怒りました。『こんなものに騙される、愚かな子に育てた覚えはない!』
母はその場で刃物を手に取り、自ら命を断ちました。
それからその愚かな軍師は、この敵国に策など絶対に授けない。しかし大恩ある君のもとに帰るのもままならない。そうして男は、表舞台から姿を消しました」
漢の四人は、これは全員知っていたな。そしてマニは……号泣してやがる。そして、ギリギリあったことがあるはずの関平が、私をよくよく見て、どうにか思い出す。
「ま、まさかあの時の軍師殿でしたか! ずっとどちらにいたんだと、主君も養父も心配していました。年月が経ちすぎて、すっかり顔も忘れておりましたが」
「いや、こちらこそ驚きです。まさかあの時の関公の養子殿が、はるばるカシュガルまでおいでとは。最初は忘れていましたが、すぐに思い出し、道中をお助けせんと見定めていました」
ふふっ、思い出してもらった途端、昔の丁寧な言葉になってしまいます。なぜでしょうね。おそらく私の悪友、あの仕事狂いの影響でしょう。もう一人の親友は今は亡き、しかしその残滓とやらの影響が多大であることを含め、漢土のおおよその情報は、付き合いのある羌族らを通して、どうにか聞き知っていました。
マニは泣き止まないので、少し放っておいて話を進めようかと考えます。
「トト、姜維、費禕、どう考えますか? 今の話を考えて、あなた達の知恵を尽くした論を聞きたいところです」
「確かに、徐庶殿の話を聞くと、このマニ少年が、ただ母を見つけ、会いにいく。そんな単純な話ではないのではないか。そう思えてきた。この話は印象に残っていたが、今回の状況と照らし合わせた思考にはなっていなかったな」
「ど、どうやって会うか、だけじゃなくて、どどういう会い方をするか。それも大事だってことか? ただ会うだけでも、な仲間を危険にさらしたり、く国の誇りを傷つけたり、悪いことしたり。そ、そんな方法で、マニが会いに行っても、かあちゃん喜ばねえか?」
「その通りなのでしょうね。母様はパルティア王家の正統と聞きました。ならば、その正統、その誇りを保ちながら、堂々と会いに行ける。そんなやり方がまことに出来るか分かりませんが、それを目指して知恵を絞るのは、善に違いありません」
「ハハハッ! さすがです。やはりあなた達に任せるのが正解のようです。マニ、どうですか?」
ようやく泣き止みましたか。ほっといてこれ以上話を進めると、また泣き始めるかもしれないので、そろそろ話に入らせましょう。
「ヒクッ、ズズッ。どうやって会うか、だけじゃなくて、どんな風に会うか。そこまで考えないと、単福、いや、徐庶さんがせっかく話してくれたお話を、無駄にしちゃうってことなんだね。人が真剣にしてくれた話を無駄にするのは確かに善じゃないね。
そして、善を尽くして、母に堂々と会ってこそ、母にも、そしてこの国にも、そしてボク自身にも、きっといい未来が訪れる。そう言うことなんだね!」
「ああ、マニ。い、一緒に考えるぞ!」
「ありがとうトト! よろしく!」
「だが、堂々と、か。そうすると、この状況、つまり市内が戦乱にあり、敵と味方が入り乱れている状況。これ自体をどうにかしないといけないかもしれないぞ」
「ま、まさか姜維、この戦い自体を止めるって事? そんなことできるの?」
「で、出来るかできないかじゃねえ。ど、どうやってやるかを考えるんだ。こ、ここにゃたくさん頭があるんだ」
ここで頼りになるのが、滅多に話をしない費禕。流れがなんとなく固まりつつあります。
「ん、さっき徐庶殿が話をしてくれた。それが鍵になるかも」
「ん? してくれた話、じゃなくて、話をしてくれた、か?」
よく分かりませんが、なぜか姜維が広げ、費禕が頷きます。
「ん? は、話? あっ! 語り手きょ姜維!」
「鄧艾、よくそんなの思い出すな。それ敦煌でしか出てこなかった名だぞ?」
「へへっ、でもマニも分かったんじゃねえか? さっきじょ徐庶殿が、何をした結果、お、俺たちは新しいことを考えた?」
「話を、してくれた……あっ! 話、なのか! つまり、今この街で、この国で起こっている戦いは、みんな好き勝手な思いで戦っていて、相手がどう思っているかなんて考えちゃいないんだよ! だから終わらない。だから傷つけ合う。そうだ。話すんだ。みんなで話をするんだよ!」
「へへへっ、せ、正解だ」
「どんな話……あっ! あれです! 姜維のバベル!」
過去一で、でかい声を出した費禕。確かにあの話ほど、今のこの状況に相応しい話はありません。
「きょ、姜維のバベル? あっ、あれか! ボクがあなた達と会った時に話していた、バベルの話を再解釈した話だ!」
「むぅ、あれか、あれなのか……まあいいだろう。あの話が、あまりにも今のこの街、今のこの国の状況に合致していることは、議論の余地はないな。ならばあとは簡単だ。費禕、わかるな?」
「ああ、任せろ。完璧に仕上げる。砂盤は借りる」
「へへっ、ひ費禕は、どんな文章でも、その状況で、一番いい形に仕上げるんだ。それで、きょ姜維が語るんだ。俺は、最初に騒ぐ役だ」
「すごい役割分担! 最初のきっかけがないと、二人が生きることはないから、トトも大事。姜維も大事。費禕も大事。みんな大事! あっ! 費禕、書いたら見せて? 絵を描いてみたい!」
「おおっ、そいえばマニ、ち地図もうまい。絵も上手いか?」
「絵は小さい頃から好きなんだ。母も喜んでくれたのを、ちょっとだけ覚えているんだ」
「へへっ、絵はいいぞ。も文字や言葉だけだと、よ、読めなかったり、ずれたりする。絵もあると、し、知りたい奴が、ちゃんと知ってる奴に聞くんだ」
「よしっ、頑張る! ねえねえ徐庶さん! このバベルの話が広がったら、そのあとで、あなたの話も広げていい? 悲しい話だけど、もし母さんに伝わったら、それはボクからの伝言になる気がするんだ。ボクはしっかりと母さんに会いに行くから、それまで体を大切にしてね、っていうさ」
ふふっ、こんなにまで私の話がお役に立つとは。なぜでしょう? 私自身の視界もやや霞がかっていますが、この確かな輝き。あの主君や親友のような目の光に免じて、この愚か者の話も、最大限に活用していただきましょう。
「もちろんです。どうぞ最大限に活用してください。我が賢き母も、それならば報われるかも知れません」
「うん! ぐすっ、分かった! ありがとう!」
そうして、二つの物語は、一日かけて完成します。
お読みいただきありがとうございます。