五十三 戦乱 〜鄧艾+姜維=無双?〜
私は単福。そう名乗っておく。我が身の上は、後でいくらでも話す機会はあろうから、目の前の面白い奴らの話をする。トト、いや、鄧艾、姜維、費禕。この若者達は見ていて飽きない。関平と二人で保護者面しているが、まあその必要はないのだろう。
向かうはペルシャ西部、高原の大都市、エクバターナ。ここはどうやら、旧王朝のパルティアと、新王朝のサーサーンが、最も激しく争っている地。だがこいつらがアレクサンドリアやその先まで視野に入れる上で、今この地の戦乱を避けて通るのは難しい。
しかしこいつら、とにかく強く、そして勘が利く。そこらへんの賊などは相手にもならない。そんな中で現地で出会った賊を率いる少年、その名はマニ。幼いながら、溢れ出す才気、そして妙な眼光。そう、言うなればあの方達と、我が友を併せ持ったような、そんなとんでもない気質を秘めている、そんな面相。
道中、鄧艾と姜維が、変わる変わるにマニに聞き込む。
「マニ、パルティアとサーサーンはどう区別する? じゅ重騎兵がいるかいないか、だけでは難しいぞ」
「サーサーンは隠れないで、旗を掲げて索敵してるんだ。パルティアはヒソヒソして、旗はないよ。ただの賊はいない。パルティアかサーサーンだけだね」
「そうか。商人や旅人も、しばらく近づかないってことか?」
「うん、滅多にいない。いたとしても、さっきのどっちかっぽく振る舞うんだよ。東から来たならパルティアっぽく、西から来たならサーサーンっぽく、だね。相手を間違えたら、取り繕うか諦めるしかない」
「パルティアは、ろ籠城が得意ではないのか? だから、こ、籠もらずに潜んで暴れる?」
「うん、パルティアの強みは、弓騎兵の散開戦術だよ。元々は重騎兵もいたけどね。今は歩兵にせざるを得ないんだ。どっちにしろ、弓自体が馬上用の短弓だから、そんなに強くなくてね。城から打っても威力が足りないんだ」
「パルティア、う、後ろに走りながら撃つのか? い威力足りるのか?」
「同じ速さで走っていれば大丈夫だね。向こうが遅い場合は、わざわざ追いつかせて撃ったり、近寄ったりするんだよ」
パルティアン戦術。後方に逃げながら矢を射るという話が先行するが、確かに止まっている相手には力が弱まりそうだな。それをいろんな手で補うのか。奥が深い。
「む、サーサーンだ。そうだ、君たちはどうする? 戦いには参加するの? しない?」
「する気はないな。聞いた限り、どちらに大義が、ということでもないんだろ?」
「恥ずかしながらその通りだよ。ボクたちはそれぞれ、別々の理由で戦っているんだ。エクバターナは、それがなんとなく重なり合うことで、こんな状況になっている」
「り、理由がバラバラか。は、漢土の場合、う上の方の偉い人以外は、は腹減った、か、あいつ嫌い、か、あいつ好き、か、どれかだぞ」
鄧艾が、とんでもないまとめ方をする。だが、否定する理由が思いつかない。
「ふふふっ、そういう言われ方をしたら、ここの戦いもそうかもしれないよ。好きな人のためか、嫌いな人のためか、食べるためか、野心のため。すごいね。それならみんな理解できる」
「ひひひっ、だから、そ、その四つを知ることが大事なんだよ。彼を知り、己を知れば、百戦殆うからず。腹減ってたり、嫌われてたら、話通じないから、逃げるか倒す。違う場合は色々やりようがある」
「そうか、ならボクにはまだ、やりようがあるのかな? まだボクは、好きな人のために戦っているんだ。でもそれが失われたら、嫌いな人のために戦うことになるか、戦うのをやめるか、どっちなんだろうね」
「ちっ! 話は後だ! 見つかったぞ! 一旦距離を取ろう!」
散開しながら距離を取るパルティア騎兵達。我々は羌族と共に隊列を組み、関平が先頭、姜維と鄧艾が最後尾。サーサーン軍は百人ほどいる。向こうから見てやや下り坂。
サーサーンは、我々の隊の組み方に違和感があるのか、軽騎兵は我らを避けて左右に散るパルティア側に、重騎兵がこちらに向かってくる。
「普通ではない兵に対しては、重騎兵が力で対応し、普通の兵には、軽騎兵同士で数の優位を恃む、か。まあ理にはかなっているが、我らには通用しないな」
「ひひっ、二人で十分だ。か関平! 距離を保て!」
「応!」
こいつら何する気だ……と思ったら、二人が少し距離をとって、重騎兵に突っ込んで行く。
「なんだコイツら? 二人で突っ込んできたぞ! えっ! 抜けた??」
あれ、通り抜けた。そして……背後から、馬の尻を叩き始める。そして、下り坂の勢いにのせられ、後方が加速し始める。
「げっ、後ろの馬が突っ込んで……避けられない!」
「いかん! 一度加速する馬を沈め、隊を整えろ! 追撃はその後だ!」
「ひひひっ、これなら下手なせ殺生なく、足を止められるぞ。か関平! 置いてっていいぞ!」
「わかった! 先で合流だ!」
軽騎兵も、重騎兵が算を乱したのを見て、追撃をあきらめる。相手を置いていき、問題なく合流し、マニが声をかける。
「ふふふっ、戦わないといいつつ、手伝ってはくれるんだね。それにしても面白い手を使うもんだ。地形と、相手の特性を利用して、列を乱させるとはね」
「じゅ重騎兵は、こんなとこの戦いには向いてねえな。こ小回りきかねえ」
「なるほど。確かにあの兵団は、どちらかというと平地向けだよね。だけど、真正面だとちょっと厳しいかな……あんな風に」
むむっ、マニがいう通り、正面には五十ほどの隊が、こちらに気付いている。重騎兵が二十。後ろには、一度は距離を取ることができたが、止まればすぐに追いつかれる。しかも、全員が左右に流れるのは難しそうな隘路。
そして、マニの顔色が曇っていく。その先には、すこし馬が気の毒になるくらいの、体躯に優れ、鍛え上げられた髭面の将が、笑みを浮かべている。
「あ、あいつはサーサーンでも五本の指に入る猛将だよ。部下も強者揃いだ。クテシフォン陥落の時も、あいつの力は大きかった」
「へへへっ、きょ姜維、どっちが行く?」
「……へっ?」
「ああ、問題ないな。私にやらせてもらえるか? お前だと数合かかるだろ。部下はお前と関平殿に任せたぞ。馬から落とせば、そのまま抜けられるだろ」
「へへっ。わ、分かった」
そういうと、三人が、両手を離せるギリギリの速度で駆け出す。そしてそれぞれすれ違いざまに、槍を一合ずつ合わせる。
「グッ」キン! ドサッ!
「ギャッ!」ガキン! ドウッ!
「ダハッ!」ゴン! ドスッ!
そして、サーサーン朝有数の将があっさりと敗れ、あっけに取られるのを尻目に、我ら全員、この隘路を悠々と抜けていく。
「つ、強い……」
「きょ姜維は、漢土で五本の指に入る将に鍛えられ、たまに勝つ。か関平は、漢土で二番目に強い将に見込まれて養子になった。俺は、そこそこ」
蜀漢の五虎将。確かに、彼らと並ぶのは、魏の許褚くらいだろうか。夏侯惇や張遼、呉の甘寧すら一段劣る。彼らに勝てるのは、少し昔の呂布のみ。姜維が彼らと同列に近いとすると、この地でこいつに勝てる者はいるだろうか。
「鄧艾、お前もそう引けを取るものでもないだろう」
「へへっ」
随分と自信に満ち溢れた若者と思っていたが、そのような背景があったとはな。知勇兼備とは恐れ入る。まさか費禕も? と思って彼を見たが、首を横に振っている。
「さ、さて、この先はエクバターナだよ。門から少し外れたところの水路を目指そう。
「も門は、無理か?」
「たぶん門の前には、サーサーンの大群がいるんだ。蹴散らしていくのは、あなたたちでもさすがにきついよ」
だろうな。いくらなんでも、用もないのに敵陣に突っ込んで行くやつは呂布しかいない。用があったらあの方々なら平気で突っ込むのだろうが。
そして進んで行くと、水の音がする。だがその前には、軽騎兵のみの五百ほどの軍勢が、整然と巡回している。
「まずいな……この先なんだけど。仕方ない。一度引きつけて、あの岩山を大回りしてくれば、その間に入れそうだよ。ほら、あそこね。みえる?」
確かに、城壁が一部崩れている。
「ああ。わかった。そしたら我々と羌族は、少しここで待っている」
「おお、ゆ弓を後ろ向きで撃つか。俺も行く。やってみる」
「できるのか? 絶対に落ちるなよ? 落ちたら置いていくしかなくなるぞ?」
「た多分大丈夫。さ、さっき色々きいた。な何回か練習した。撃ってないけど」
少しふざけているようにしか見えない鄧艾はマニたちについて行き、そして彼らはその五百に見つかる。
パルティア兵達は、あえて一度散開している。こうする事で、相手全員に追いかけさせる気なのかもしれない。
「あっ! 待ちやがれ! 全員、手分けして追いかけろ!」
まだ矢を射ることなく、相手を引きつける。岩山の向こうに到達したところで、鄧艾を含めた全員が合流する。その間に、我々は城壁のすき間の水路に向かう。彼らを見ている余裕があるくらいには、距離が離れる。
そして、一度岩の陰で見えなくなった後、逆側から、こちらの兵達が見えてくる。
「そろそろ撃ち始めるよ!」
「応!」
すると、パルティア兵達は順番に、速度を緩めて近づいては射かけ、また加速する、という動きを、順々に繰り返す。そこに鄧艾も加わる。
「トト、少し早い! もう少し緩めないと意味ない!」
「わかった! こ、これくらいだな! ひひっ」
何かの旋律を奏でるように、規則的に、交互に射かける。羌族達も、触発されるように、一定の波長で水路に向かう。
そうして費禕や、我らの大半が城壁を抜けたあと、最後尾の私と姜維がくぐり抜ける。その頃には、加速して追いついてきたマニや鄧艾達も、ともに壁を抜けた。
「みんな無事かな? そしたら、ボク達の仮宿まで案内するよ。一応東側は、ある程度パルティア側にとっても安全なはずさ。西はすっかりサーサーンに入られていて、真ん中あたりで激しく争っているんだ」
「政庁はまだパルティア側なのか?」
「多分そうだね。まだ、パルティアの兵や家族達が、カシュガルとかに逃げようとする動きは多くないからね」
話しているうちに、マニが立ち止まる。決して豪華とは言えないが、しっかりした石作りの建物だ。
「ふうっ、着いたよ。ようこそ我が家へ。と言っても仮だけどね」
「よろしく。一旦荷をおろして、今後の話をしよう」
お読みいただきありがとうございます。