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転生AI 〜孔明に塩対応されたから、大事なものを一つずつ全部奪ってやる!〜  作者: AI中毒
第三部 第九章 まあるい世界 落ちない連環
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五十二 険峻 〜鄧艾+姜維=摩天楼?〜

 絹の道の要地、サマルカンドから、その先の高地にあるエクバターナに向かう道中。その地は、つい前年に王都が陥落したパルティア王朝の、残党というにはやや多い数の勢力が集結し、新王朝のサーサーンと、激しい争いを繰り広げていると聞く。


 私姜維は、敦煌から同行している鄧艾、費禕、関平殿、そして何人かの羌族らと共に、西へと向かう。その一行には、道中のカシュガルからついてきた、やたらと頭の切れる宿の親父、単福殿が同行する。高地で気が薄い、ということによる体調の崩れが起こらんよう、慎重に歩みを進めつつ、周囲を警戒する。


 そうしつつ、サマルカンドを出る少し前の話し合いや、行動を振り返る。


「布や紙といったかさばるものを、おおよそ売り尽くしたのは正解だったかもしれんな。この銀貨はローマでも問題なく使えるのだろう、単福殿?」


「ああ、銀が入っていれば問題はないはずだ。色々な絵柄があるが、新しいものや、ローマのもの、銀の多いものを優先して確保している。

 紙は、道中で使いたい量を確保しつつ、アレキサンドリアやギリシャ、ローマで、質のよさと、製法を伝えるに足る数があればよかろう。まあそれでも一万くらい残しているのには呆れるが」


「ローマは、い、いい紙がないんだよな? よ羊皮紙とか、分厚い繊維の紙しか。なら、確かに広めるのがよい。か紙が足りねえと、知識が残らねえ。ち知識が残らねえと、争いが減らねえ。争いが減らねえと、人は前に進めねえ」


「そなたらの考えはそうだったな。確かにこのペルシャとローマは長きにわたって争いを続け、そしてその大きな争いの中で、様々な部族や考え方の人々が、小さないさかいを繰り返す。それはたしかに、それぞれの考え方が、やや排他的になっていることが遠因の一つもしれん」



 こんなふうに、普通? に振り返る話をする。この道中の会話が、そんなまともな終わり方をしないことは、最初からわかっていたんだ。


「バベルの塔。よ、よくない話だ。人間が、神の頂に届くかもしれない。そのために、か、神の域に届くために建てる塔。だが、ある高さに届いた時、神の怒りを買って塔は破壊された。

 そして、そんな高い塔が建てられたのは、皆が同じ言葉を話せるからだ、と神は考えた。だから、その言葉をバラバラにした」


 鄧艾というやつは、こんな形で、まともな話の中に、こういう脈絡のない話を持ってくる。そして費禕というやつは、滅多に喋らないくせに、その話題が琴線に触れると饒舌になるんだ。


「はじめに聞いたときは、荒唐無稽な寓話と切り捨てていたのですが、よく考えてみると、少しその考えが変わって参りました。その者らは始めから、言葉など通じていたのだろうか、と」


「むむ? ど、どういうことだひ費禕? その聞き方、か神の怒りってやつがある前から、言葉なんて最初からバラバラだったって言っているぞ?」


「鄧艾、あなたが一番わかる気がするのですが。同じ言葉を話していても、それが通じていることなど、どれほどありますか?」


「……あんまりねえな」


「そういうことです」


 ……こいつら、勝手に二人で納得しやがった。こういうことだから、人は高い塔ひとつ、まともに建てられないんだよ。仕方ない。そばで頭に???が浮かんでいる、羌族や現地の皆にもわかるように伝えるか。


「お前ら、説明する必要ないからって、話をすっ飛ばしすぎだ。少しは伝える努力をしようや。

 まあこの場はどうにかするがな。つまり人というのは、初めから皆が同じ方向を向いていれば、何となくでも言葉を交わして物事を進められる。高い塔を建てたいなんて言う、わかりやすい目的ならなおさらだ。だが、一度でも『ここからどうするんだっけ?』と、疑問に思った瞬間に、他の者との少しのずれが、当人が理解できないものとして、大きく広がっていくんだ。

 その結果は、神ならずとも、せっかく途中まで建てていた塔をぶっ壊すくらいの、意見の違いが発生してもおかしくはないのかもしれんな。そして、我に返った人々は、それぞれが別の言葉を喋っているってことに気づくんだよ」


「……きょ姜維、二人の訳わからん話に乗じて、新しい寓話を作りやがったぞ」


「驚きです。そんな話は、読んだことも聞いたこともありません」


 ?? まさか、この話は、このバベルという寓話に対する、新たな解釈なのか? だが、このとらえかたは、これまでも、これからも、世の人々が何度となく直面する気がするのだが……


「きょ姜維、心配するな。単福殿が、今の話をしかと書き留めてくれている。そうなんだよ。か書き留めていれば、後で見ても、どこがあっていて、どこがずれているのか、確認できるんだよ」


「だからこそ、紙というものを西方に持ち込むこと、これだけの熱をかけて行わんとすることに、大きな意義があるのでしょうね。姜維、先ほどの寓話の解釈は、争いの絶えないこの地、そして、ローマや漢土にとっても、大きな示唆を与えるものかも知れません。一つの話として、しっかりとした形に編纂しましょう」



 山賊を警戒しながら話すような話ではないとは思うが、確かにこの話は、我らの旅の終着点として、必ず重要なものとなる。そんな予感がしていた。だから、先ほどから何度となく迫り来る賊どもを、適当にあしらいつつ、話をしっかりと進める。


 またか。岩の影から荷がはみ出ているぞ。あの隠れ方では、数もさほどではなかろうし、矢を当てて脅かせば逃げ散るだろう。


 バシュッ! ギャー!!


「そんな見えすいた隠れ方は、我らには通用せんぞ! 怪我をしたくなかったら立ち去るが良い!」


 ガヤガヤ、ダダダッ。


「に逃げたな。は、はみ出てたの見える距離ではなかったが、まああそこならはみ出ていなくても、気配で分かる」


 話の妨げにもならんな。だが流石にしっかりとした編纂はここでは難しいな。野営地を決めてから、改めてまとめなおそう。



 そして現地に詳しい単福殿が、核心的な提案をしてくる。


「なあ皆、アレクサンドリア図書館というものを知っているか?」


「アレクサンドリア図書館。文字通りアレクサンドロス大王が建設した街に、その部下が作った王朝によって建てられた巨大な図書館、だったか。一時期は、その図書館に何十万という蔵書が集められ、あらゆる学問の中心として栄えたと聞く。だが、だいぶ前に焼失したと聞いたが?」


「ああ。カエサルの代の大火というからだいぶ前だな。だが、その時に焼けたのは一部だったらしい。蔵書の被害も少なかったとも聞く。だがその後再建されるも、すでに学者たちは各地に散って、それぞれの新しい分野や、新しい宗教に基づく神学などに人々の関心が移っているらしい。だから往時のようにきちんとした管理がされておらず、徐々に蔵書も散逸し始め、図書館としても風化し始めているとのことだ」



「さ、散逸? ふ風化? 火災で一気に消えたんならわかるが、そうじゃないのに本が消えるのか? げ原本が朽ちても、しゃ写本は残せるぞ……あっ!」


「気づいたかトト。そうさ。写本を残そうにも、その残す先がたりてねえんだよ。羊皮紙や、作るのも面倒なパピルス。何十万なんていう蔵書の写本が全部写せるなんていう記録先自体がたりねえんだ」


「だ、だから、ふ風化か。別に焚書坑儒なんてことをしなくても、写す先がなければ、その時に重要じゃねえって思われた書物から順に消えていく、のか」


「ああ。最悪、新しい書物や、建材にするためなんかに、バラされて再利用されるなんていうのもあるらしい」


 それはまずいな……



「そ、それはまずいぞ。お温故知新、それが君子の道だぞ。確かに新しい知を生み出すのも大事だが、ふ古い知識が残っているからこそ、時に参考にし、時に反証しながら、あ新しいものが洗練されていくんだ。

 ふ古いのがなくなったら、あ新しいのがどう新しく、どう正しいのかも曖昧になる。そうなると、ち知識の伝承は曖昧になって、人の考えのずれているところをちゃんと見つめることもできねえ。そしたらそのずれが、争いの種だ」


 さすがト、鄧艾。こいつ知識に対する造詣の深さ、その熱意の高さは、今の世の全体から見ても、相当な高みに有るだろうよ。そして、こういう時に、また新しい気づきを得るのが費禕だ。


「あ、そこで先ほどのバベルにまで話が繋がるのですか。そのような知識新旧のずれに起因して、人や組織がその考えを異にしていく。そのずれはいつしか人同士の断絶を生み出し、大きな争いや破壊に向かっていく。まさに、塔が壊されるのに、神の怒りなど必要ないのかも知れません」


 その通りかも知れないな。だからこそ、私も含め、こんなことにまで話が膨らんでいくんだよ。


「もしかしたら、神は神で、その塔の完成を心待ちにしていたかも知れないな。少しでも自らに近づき、より人が近しい存在となれば、より詳らかな形で人は神を敬い、神は人を教え導くことができたのかも知れないな。まあこの真偽は確かめようがないのだが」


「か神を遠ざくのは、儒の表現だが、じゅ儒とて、知識を深めた結果、真理に近づいて、そ、その先が神と言うものの一端である。そ、そんな可能性を、否定はしてないさ。

 もちろん、こ孔子様すらたどり着けなかった境地に、人がたどり着くのは簡単じゃねえ。だからこそ積み重ねと温故知新が必要なんだよな」



 単福殿が、我ら三人を、呆れたように見つめる。近くで息を潜めていた賊すらからも、そんな呆気に取られたような雰囲気が伝わってくる。なぜなら先ほどから練習がてら、現地の言葉を使って論じていたから、賊にも聞こえたらしい。先ほどと違って、やたらと隠れるのがうまい賊だったから、少し近づきすぎたと言うのもあるが。


「くくくっ、そなたらまことに面白いな。いつでもあしらえると自信を持って賊をやり過ごしながら、世の新たな真理に近づき始めるような論をかわすとは。

 よう賊ども! パルティアの残党か? こいつら面白いだろ? こいつらに襲いかかって金品を持ち去るよりも、文武に優れたこいつらに付いて行けば、もっと明るい未来があるかも知れねえぞ? どうだ?」


 単福殿が、まだ姿を見せない賊を煽る。

 すると、物陰から二十人ほど、弓騎兵だけの賊が出てきた。ひとりガキがいるな。だがこのガキ、なにやら鋭く、それでいて澄んだ目をしている。賊たちも、なぜかこいつを守るように動いているな。


 あ、そのガキがこちらに向かってくる。


「あ、マニ様! 危険!」


「大丈夫だよ。どう見たってこっちが賊なんだから。危険じゃないことを示さないといけないのはこっちだよね?」



 ここは、念の為、腕のある私と鄧艾が前に出るべきだろう。


「マニ、というのか。ただの賊ではなさそうだな。それに、そなたがこの集団の頭なのか? パルティアの中でもそれなりの地位だったのなら、その扱いは分からなくはないのだが」


「頭……そうだね。一応、かな。ボクはそれなりに高貴の出ではある。でも王都も落ちたし、家族もばらばら。あんまりそこは関係ないかもしれないな。単に、ボクがうまい戦い方、隠れ方、食べ物の探し方を教えていたら、みんな着いてき始めたってとこだね」


「ほほう、ただ単に実力、なのか。ちいこいのにやるな。ちいこくても出来るやつは、ひ東にもたくさんいたからな。学問もしているのか? 読んだり書いたり」


「あ、ああ。一通りは。ゾロアスターの善悪二元ってのはわかりやすい。だから人がついてくる。昔の法典やユダヤのこと、最近ローマで広がっているイエスのことも。隣人を愛せるのならどんなに世界は優しくなるのだろうね。だからこそ、教えに対して人がちゃんと着いていけるのかは、もう少し見極めが必要な気がするんだけど。

 さっきのこ孔子? じゅ儒? って言うのは知らなかったよ。詳しく聞きたいな。あなた達は東から来たのかな?」


「ああ。こいつはどもるからな。正確には孔子、そして儒、だ。東の漢という地から来た。私は姜維という。儒の書物なら、積荷にあるから後で見せよう。神とか聖典とかいう類ではないから心配はいらない」


「ととと」


「姜維、そして、ん? トト?」


「と鄧艾。難しいからトトでいい」


「アハハ、別に難しくないけど、トトでいいんならいいや。みんなもその方が楽そうだし。ボクはマニというんだ。もっと長い名前あるんだけど、今の状況だとそれを名乗るのも難しいんだ」


「費禕です」


「関平だ」


「単福という。カシュガルで宿屋をやっていたが、こいつらが面白くて付いてきた」


「ふふふっ、面白い人たちだね。そしたら、長旅なんだろ? エクバターナまで案内するよ。安全な入り方もあるからね。まあサマルカンドやカシュガルと比べたら、どうしたって危険だけどさ。門は厳戒だから入るのは難しいけど、入りやすい水路があるんだ」


「ああ、それはありがたい。よろしく頼む」


 こうして、五人と羌族十人、サマルカンドやカシュガルの商人十人の一行に、マニ少年を含めた二十人が加わって、ちょっとした大所帯となった。そうして動乱の地、エクバターナに侵入することになる。そう、侵入という言い方が相応しいくらいに、その街は大きく荒れていたんだ。

 お読みいただきありがとうございます。

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