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四十八 匈奴 〜(??+??)×??=??〜

 匈奴。その響きはただ恐ろしく、ただ分からない。そんな感覚しか出てこない。漢土に住まう多くの者にとってはそうかもしれない。江南や巴蜀など、遠いものにとっては尚更そうであり、近くの者にとっても、考えているうちに命を落としてはかなわぬ故に、彼らが何を考え、何を望んでいるのか。そんな論はこれまでほとんど進んでいなかった。


 その理由の一端に、「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」と示した孫子が、どちらかというと彼自身の出身である、漢土の南で親しまれたということもあるかも知れない。だとすると、その孫子を愛読し、その注釈が「孟徳新書」の名で広く世に受け入れられた魏武曹操の建てた国。彼らが対峙するうちに、少しずつだが匈奴の謎は解かれ始め、この陳寿の夢見もすこしは良くなるのかもしれない。


 だが、その魏に襲いかかる凶作。飢饉を免れるために呉から駆けつけた陸遜と共に、灌漑や開墾といった土木作業が急速に進められ、そこに多くの兵員が取られる。その結果、匈奴に相対していた徐晃、龐徳は兵が足りない状態での戦いを余儀なくされる。



「龐徳、二手に分かれるぞ!」


「承知! かかれ!」


「おー、またジョコ、ホットだ! 勝負! 勝負!」


ガキィン! ドサッ!


「むっ? 今日は二人ずつ来るのか?」


「そうだぞ! 今日は二人だ! そっちも二人でよいのだ! ダハハ!」


「意味がわからん! 兵たちは二人、三人で組み、難敵には五人で当たれ!」


「ダハハ! 五人か! 五人はいいぞ! ホットは一人か? 勝負!」 ドウッ! ドサッ!



「二人でも変わらん! どうした? 次はどいつだ?」


「ダハハッ! ホットは一人で強え!」


「バチョとどっちが強え?」


「バチョが強え! あいつは二人とか三人とか関係ねえ! ダハハ!」


 馬超……懐かしい名。あの方も涼州の地で、匈奴と対峙しているのか、と、そういう感慨に耽るような目。しかしそれが隙になるような龐徳ではない。


「ホット! 強え! 二人でも難しい?」


「まだわからん! 試していないのから順にやるぞ!」



 そうこうしているうちに、もう一方の戦場は、やや混乱の大きい形で進む。徐晃は大斧を自らの得物とし、どちらかというと歩兵の戦いを得意とする。匈奴との馬上の戦いは、彼自身の力を最大限に発揮できるわけではなかった。



「グッ、二人組だと、なかなかの手応え。まあどうにかならんわけではないが」


「ジョコ、やっぱ強え! でもその武器は、一人ずつと戦う用だ!」


「そうだな。だが俺は、それでも問題ないように、これまでもこの斧一本でやってきた! 貴様らなど、二人ずつだろうがなんだろうが取るに足らんわ!」 ドサッ! ガキィン! ドウッ!


「ダハハ! やっぱり強え! でも 少しずつキレが無くなってきたぞ」


「ぐうっ、まだまだぁ!」



「徐晃殿! 大事ありませんか!?」


「任せろ! 大事ない!」


「承知!」


 だがここで、得物の特性、当人の戦い方の特性、常に二人で向かってくる敵の連携の向上、そして、特に強い敵将との対峙と、様々な条件がかさなり、徐晃の手元が一瞬だけ狂う。


ガキィン! ドサッ!


 そして直後、匈奴の将の武器が徐晃の脇腹を捉え、落馬する!


 ドサッ!



「徐晃殿!! ええい! 邪魔だ!」


「ジョコ! 勝った! 怪我した? 死んだ?」


「死んでおらんわ! ぐっ、だが戦いは続けられんな。龐徳、すまぬ。ここは任せる!」


「承知! 皆、徐晃殿を守れ!」


「ダハハ! 守れ! ジョコはこれ以上強くならねえ! だけど、やってきたことを別のやつに伝えたら、また別のやつが強くなる!」


「なんだと? 見逃すのか?」


「見逃さねえ! ホット! 勝負!」 ドウッ! ドサッ! ダダダッ!


「くっ、本日もここまでか。皆、徐晃殿を守りながら退くぞ!」


「こっちも引くぞ! ダハハ!」



 互いに退いていくが、今回は明らかに匈奴側の戦果が大きい。


「徐晃殿! 状態は?」


「ああ、不覚をとった。腕をやっちまっているから、しばらくは無理だ。だが、強さ、そして、伝える、か……すまないが龐徳、帰ったらあいつらの言っていたこと、これまでのこと、しっかりと考えて見る時間をもらいたい。そなたの意見も聞きながらな」


「承知しました。まずは養生を」



――――


「あー、徐晃はもう限界だね、兄さん」


「そうだね。これでもう少し強いのがくるかな?」


「次は騎兵も得意なのが来るかな? 張遼? 夏侯惇?」


「ふふふっ、楽しみだよ。それでも僕たちほどではないと思うけどね」


「えへへっ、楽しみだね。まあこっちの将兵たちを全部蹴散らせるくらいじゃないと、足りないからね」


「蜀も来るかな? 趙雲? 関羽? 張飛? それとも……」



――――


 ほどなくして、その報は魏、そして蜀にも伝わる。徐晃は華佗によって一命を取り留めるも、後遺症が響き、前線への復帰は期待薄となる。



 蜀では、常に対峙している馬超軍や羌族の情報から、急速に強化され始めている匈奴軍の状況が逐一知らされている。そしていちど、主だった将が長安へと集まるよう、成都から伝令が送られる。劉備や孔明、そして鳳小雛も、状況を重く受け止めて集合し、善後策を練り始める。


「あいつらはもう、単なる蛮族じゃねえ。どう表現したらいいかわからんが、戦う力の強化、進化に特化した、いわば『戦闘民族』って言い方が正しいのかもな」


『一つの戦闘の勝ち負けを目的とせず、継続的な情報取得と利用を是としているかも知れない、それが馬超殿、張任殿の、現段階の仮の結論、でしたか。そこを軸に、この先どうするかを詰めていきましょう』


「全ての可能性を否定することはない。この劉備、そして孔明含め、全員で思考と議論を重ねるぞ。皆、新たな国の正念場と心得よ!」


「「「ははっ!」」」





 魏では、呉との小競り合いが収まりつつある合肥から、あの男が洛陽に到着。現帝自らも、程昱や賈詡、荀攸ら謀臣、そして許褚や張郃、曹仁らの歴戦の将。そして軍の最高責任者たる夏侯惇が集合し、怪我をおして出席する徐晃や龐徳の話をきき始める。



「あいつらは、死んだ奴に興味はない。死んだら物っていう考えなんだろう。だがそれを、単なる野蛮な風習とこきおろしていたら、ここで我らの歩みは止まるかも知れないぞ。生者からこそ人は学べる。それが戦いであれ、口伝であれ。そういうことかもしれんのだ」


「怪我を押し、敗戦の恥を忍んでも、そのことをお伝えになられた。そしてその価値は、この荀攸ならずとも皆様には重々伝わっております」


「この遼とてその重さは絶大と心得る。合肥という地もいつからか、魏と呉の間でそういう場になっていたのやもしれん。そして、三国に伝わりし、効率化や、情報分析の技法が、奴らにも流れているのだろうな」


「皆頼むぞ! 内憂外患、多大なる負担をかけるが、幸いなことに祖父の魏武が残した枠組みのお陰で人材は豊富。ならば、皆の武、皆の知をもって、この危難を乗り越えるのだ!」


「「「ははあっ!」」」




 呉は呉で、そのような状況で勢力の拡大を図るような野暮をすることはなく、後方支援と決め込んで食糧の確保をしつつ、彼ら自身も背後に抱える山越族への押さえなどに手を回す。


「食が途絶えては、彼らの戦は終わる。まさに我らこそが、この漢土の蕭何とこころえよ! そして、遠からず海洋からの援兵も実現できるよう、技術の鍛錬を怠るでない!」


「陛下の仰せの通りだ! 武官はいいかげん山越を制圧し、海軍に力を注ぐぞ!」


「「「おう!」」」




 その間にも、匈奴は北へ西へと影響力を拡大。そしてさらに北の鮮卑もその動きが読めない。遥か海の向こうの島国に住む占い師とて、その動向を把握できているとは思い難い。



 そうして、三国で安定していた漢土に、新たな動乱が巻き起ころうとしている。

 お読みいただきありがとうございます。


 これにて第二部を完結とし、この先は激しく歴史が変動する、未確定の多い物語が始まっていきます。この先も、是非ともよろしくお願いします。



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