四十七 騎戦 〜(馬超+張任)×匈奴=異質?〜
私は馬岱と申します。お初にお目にかかる方も多いと思います。兄の馬超が失意の末に蜀漢に帰順し、張飛殿と女神(?)鳳雛の残滓様によってその心持ちを急速に回復した後。ゆかりある羌族、世話になった氐族の方々、そしてその軽い乗りのままに半ば強引に連れ去った劉璋麾下の名将張任殿と共に、魏から涼州を奪還。
その後は、やや不毛な地である涼州を、その鳳雛様の『叡智の書庫』なる知識に基づいて立て直しつつ、東の匈奴、北の鮮卑との小競り合いという、なかなかに忙しく、それでいて刺激の強い日々を過ごしております。その一端をご紹介できたら幸いです。
兄の馬超はいつもどこかで駆け回り、張任様は近くにいてもあまりお話しされません。なので、私の話し相手の多くは、兄と同じく陽気に民政軍政をこなしていく、羌族の方々です。
「馬岱! 今年はこの辺りは遊牧で良かったよな? 去年植えた豆は、半分は豆腐にして、半分は馬に食わせるために飼い葉にまぜた!」
「よろしいかと。来年は麦ですね。馬に轢かせる鋤に不備がないか、確認しておきましょうか。足りなければ蜀から取り寄せないといけません」
「わかった! 李厳さんか孟達さんが通ったらたのんどくぜ!」
羌族はこのように気さくで、それでいて新しいものをどんどん取り入れる働き者です。少しばかりネジの外れた事をする者もおりますが、悪い方向にはあまり行きません。
「馬岱! 余った麦で、酒作ってみたぜ! 酒精が薄いのは馬乳酒と一緒だが、シュワシュワして水っぽいからごくごく飲めるんだよ! こりゃ上がるぜ! でもちょっと味がものたんねえんだ。何入れたらいいんだ?」
「ゴクゴク……ぷはぁ! 確かに良いものですが、何が足りないのでしょうね。甘みや酸味……は少し違うかも知れませんね。張任殿、いかがですか?」
「ゴクゴク……これはあえて苦味を足し、そこに自然な酸味と甘みがわずかにあれば、極上と心得ます。漢土にそのような者があるかどうか。あるいは敦煌、さらに西方によき物があれば」
「タハっ! 飲んだらちゃんと喋るんだなジン殿は!」
「確かに……あれっどっか行ってしまった。あっ、もっと飲みたいのですかな。探しに行ってしまいました」
「おーい、ジン殿、こっちだこっち! タハハッ!」
張任殿も、口数は少ないながら、その実直な人柄は誰からも好かれています。故郷を離れたことのない方でしたが、時折戻って旧君やお仲間とお話しする以外は、この地この民に大いに馴染んでおいでです。
そして、この羌族、やや変わった風習があるのですが、それはそれで慣れてくると、なかなか良いものではあります。
「馬岱! 麦を踏むのはこの時期でいいんだっけか? 何人か集めてきたから、どんどん進めてみるぞ!」
「はい、よろしくお願いします」
「よし、それじゃあいくぞ! 新しい振り付けだ! 一、二、三、四!」
「その手や頭の動きは不要ではありますが、あなた方に取ってはその方がやりやすいのでしょうね。踏み外しては麦を痛めますから、そこは抜かりなくお願いします」
「当然だぜ! こんな感じで拍子に乗っていた方が、変な踏み外したかもなくなるからな! それ! 涼の乾風、麦の音! 馬乳の酒に、麦の酒! 昼は麦ふみ舞い踊る! 夜は酒飲み舞い踊る!」
「「俺たち羌族! 馬羊と共に、舞い踊る!」」
なんですかあの、腕や上半身を全力でぐるぐるしながら、決して踏み外さないあの体感は。
……こうなっては仕方ありませんね。いつのまにか兄も参加していますし。それ、舞い踊る!
こうして我が故郷は、中華の色と羌の色が曖昧におり混ざり、新たな時代への息吹を、確実に感じさせていっております。
――――
「馬岱! 鮮卑だ! やれるか?」
「ああ! 行くぞ! 張任殿は……問題ないな。軽装で行けるだろう。一気に蹴散らすぞ!」
「馬岱殿、できたら何人か捕えたいところです。最近回数がやや減っています。魏の方に集中しているのかも知れませんが、少し不気味です」
「わかった。だが無理はするなよ」
「承知」
鮮卑族。はっきり言って個々は強くはないが、匈奴の分裂に乗じて勢力を広げている。魏との駆け引きの妙であったり、全体的に無理をしない戦の進め方だったり、蛮族の中でも少し異質といえそうです。
「あいつらとっ捕まえても、踊りに乗ってこねえから面白くねえぞ? なんとなくぽやぽやしているやつだったり、よく喋るんだけどなんも知らなかったり、話も進みにくいんだよ。まあ悪い奴らって感じはしないんだけどな」
羌の皆も、肌が合わないというより、よく分からない、捉えどころがないという言い方ですね。なんにせよ、早いとこ済ませましょう。暇ではありませんので。
あっさり蹴散らして、何人か捕えましたが。しかし、最近の様子などを聞いても、東の方には行った事がないからわからんだとか、匈奴は最近怖いだとか。東で麦がないからこっちにきてみたけど、無理そうだから今年は羊で我慢するだとか。まあ要領を得ない。
「なにやら、情報の広がりに限りがありますな。もうしばらく注視しておき、気になってきたら本国の諜報部隊の皆さんのお力を借りましょう」
「分かりました。圧が減ってきてはいるので、しばらく様子見ですね」
――――
「馬岱! 張任殿! 匈奴だ! まだ距離はあるが、結構な数だ! しっかり準備してくれ!」
今度は兄上から声がかかります。今度は匈奴ですか。これは心せねば。鎧兜も完備します。
匈奴。父上がご健在の頃は、かなり弱体化しており、さほど脅威ではなかったと聞いております。ですが、今の我らの体制になってからは、急速に力を増してきているようにも感じられています。数がそれほどではないように見えるのが救いではありますが。
「ではいくぞ!」
匈奴と当たると、まず驚かされるのが弓の精度。なぜか馬に当たることはないのですが、馬上でくらって落とされるものは少なくはありません。ですがこれも、さほど数が多くないのは救いです。
それに、鎧を貫いて刺さるような鋭さはありません。どちらかというと、あたった衝撃で落馬したり、武器を落とされたりということが多いです。金属やその加工術が少ないというのが大きいのでしょう。
「馬岱! あそこ突っ込めるか?」
「承知! 匈奴共! いざ勝負!」
「オオ! バテ! こいつは結構強え! まずは馬勝負!」
突撃しての、全軍ぶつかり合い。互いの勢いが強く、多くの者が落馬します。ただその後歩兵戦になることは少なく、相手は落馬するやすぐに体勢を整えて逃げ去ります。こちらも落馬して無傷の者は少ないので、追撃を避けてどうにかその場を去ります。
「バテ! 勝負! この前より俺、強い!」
「一合で蹴散らせるやつをいちいち覚えてられないが、こっちを覚えているなら光栄だ! いざ!」
キン! ガッ! ドスッ!
「ワー! バテに三合だ! やるなアイツ! さっさとどけ! 次は俺だ!」
キン! ドサッ!
「ダハハっ! アイツ二合だぜ!」
「次は誰だ? 一人で足りるのか?」
「分からん! とりあえず俺だ!」
ドスッ!
このように、突撃が終わると、なぜか必ず一人ずつ突っ込んできます。戦というよりも、なにやらぶつかり稽古のような、そんな勘違いをしてしまいます。命のやり取りに変わりはないのですが。時折実際に命を落とす者も居なくはないのです。
「ん? 落ち方悪かったか。 死んだ? ダハハ! じゃ次俺だ!」
「味方が死んでも気にせずか! 冷たくないか?」
「俺あったかい! 死んだら冷たい! ダハハ!」
キン! ガッ! ドサッ! ゴロゴロ!
「受け身大事! 受け身失敗、愚か! ダハハ! また勝負!」
「あっ! 待て!」
やはりそうですね。匈奴の奴らは、死者に対して一切の感慨を抱きません。直前まで仲間としてワイワイやっていたとしても、死んだかも知れないとわかった瞬間から、人を物としてしかみなさないようです。それは敵も味方も変わらないのだと、父にも兄にも聞かされています。
「馬岱! そろそろ俺が出る! いったん退け!」
「承知!」
「お? バテおわり? バチョ? バチョはつええ! 一人は無理だ! 二人で行くぞ!」
「二人でも三人でもかかってきやがれ!」 ドスッ! バサッ! ドドド!
「ヤダね! 二人だ! 二人でダメだったのはリョフとキョチョだけだ!」
「チョウンってのもいたぞ? あーでもアイツ走りながらどっか行くから、ちゃんと二人じゃねえんだよな」
バスッ! ドサッ! キィン! ドガッ!
何やら話しながら、次々に落とされては蹴散らされていく。
「馬岱殿、お疲れ様です。やはりあの者ら、前回とあまり人の入れ替わりがないようですな」
「わかるのですか?」
「念のため、顔などの特徴を克明に記録しております。あとは鎧の傷ですかね」
そう言いながら、やたらとうまい似顔絵に、鎧の傷の位置と数を合わせた手帖を見せてきます。
「こんな克明な記録を? いつの間に?」 ドカッ! バキッ!
「法正から、そういうのが大事になるかもしれんと、この前蜀で会った時に言われたのです。あの野郎、裏切った身でしゃあしゃあと、と最初は思っておりましたが、今にして思えば巴蜀や漢土、劉璋様の行末を、あの者なりに考えてのことだったのだと、今は納得せずとも理解はしております」
「それは複雑なお気持ちでしょうね……あ、今はその話ではありません。記録、ですか?」バキッ! ドドド!
「はい。やはり匈奴という部族。陽気になんでもこなす羌族や、手仕事に無上の喜びを見出す氐族、それぞれが個性的な振る舞いを見せる南蛮とも、あまりにも違いすぎるそのありよう」
「その通りですね。あまりにも違いすぎる。掴みきれません。それに日に日に増しているような強さ、そしてその違いがもつ不気味さ、まことに恐ろしい」
「そう、恐ろしい。だからこそ、目を逸らすのではなく、『彼を知り己を知る』を尽くし、『殆うからず』に持っていかねばならぬ。そう思わせてくれたのがあの法正だというのが、なんの皮肉だと言いたくはなりますが」
「そうですね。知らねばなりません。張任殿、今の時点でお気づきのことというのは?」
「そうですね。まず、何度も当たっている者は、着実にその力を増している事、誰から先に、というのが必ず毎回違うこと。そして、どちらからあたって、どんな攻撃を加えるかも、毎回異なること、ですね」
「つまり、当人のくせのような物もなく、とにかくばらばら、ということですか? それは不思議ですね」
「はい。それと、鎧の数は多いのですが、兜に傷がある事がほとんどありません」
「兜に傷がない、ですか……落馬したり、頭に攻撃を受けることはなくはないとは思うのですが。それは打ち取られたから、ということではないのですよね?」
「そうですね。明らかに落ちて傷ついた者もいるはずなのですが、例外なく無傷なものに変わっています」
「むむ? その兜、戦場で回収したことはありませんか?」
「ありませんね……あっ! いつの間に? 先ほど討ち取った者の兜、なくなっています! それに武器も。鎧は打ち捨てられているままですが」
「……鎧だけでも持ち帰って調べましょう。本日はこれまでのようです。いつのまにか兄上が蹴散らしておしまいでした。武器や兜は、次以降に必ず鹵獲いたしましょう」
「あいわかった! 今日もお疲れ様! 戻って飲むぞ!」
「兄上!?」
「かしこまりました馬超殿。あの麦の酒とやらについて、また考えたく存じます」
「ダハハ! あれが美味しくなるんなら大歓迎だ! 羌族の皆も、戻るぞ!!」
「オー! 馬酒麦酒! 草原に踊る!」
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