四十四 因果 〜(卑弥呼+孫尚香)+幼女=強化?〜
私は鳳小雛。私が未来から持ってきた人工知能の知識を孔明様に吹き込んだら、孔明様はお返しとばかりに、その人工知能として、技術と幻術で私を再生するという、とんでもない事をしてきました。
その甲斐あってか、ある程度動けるようになった私は、蜀の太后たる孫尚香様にしょっ引かれて、ついた先はなんと東の果ての倭国。邪馬台国と言っても良いでしょう。そこでお出迎え頂いた卑弥呼様は、何でもかんでもお見通し、にお見受けします。
「――迷い子様。あなたの因果はまだまだ弱い。だからこそ、ふとした拍子にそのねじれは戻るかもしれない。そんなことをお考えになったことはございませんか?」
『ねじれが戻る、ですか……そうなり得るきっかけは、確かにそこら中に転がっているのかもしれません。中原の三都の周りは大いに栄え始めていますが、そこでなんらかの事件が発生したり、どなたかの策謀が大きくその秤を揺らしたり、と』
「それもありますが、あなた様の存在そのものも、やや曖昧と言わざるを得ないのです。その存在は、人々を沸き立たせる追い風になり得ても、それを盤石なものとなす重しにはなり得ない。そして、その重したりうる存在は、この時代にはあまりにも少ないのです」
「最も安定を望む呉国でさえも、まだ漢土の重し足るには足りんのじゃ。魯粛や呂蒙が欠ければ、どう転ぶかわからんの」
『重し……先ほど言っていた陸遜、仲達、孔明の三人は、重すぎる上に、その動きが予測できない。だからこの時代の進みを安定させられない。ですが、現代の英雄や俊才は他にも数限りなくいます』
「その通り。ですが、あの三人以外の方々は、単独で時代の天秤をひっくり返す力はありません。過去にその力があったものの、次代にその想いを馳せている方も少なくない。そこで絞り込むこともできます」
『絞り込む……』
なんでしょう。少しふわっとしています。見えていないものがなんなのか。卑弥呼様がどのような方向に話を持っていきたいのか、今一つ掴みきれません。
「ふふふっ、なんとなくあなたのことが少し分かりかけてきました。詳しくは探りきれないのですが、あなたは少しばかり、あなたのその存在の根源のありように、その行動指針が引っ張られているのかもしれませんね」
『!?』
「むむ、どうやら遠慮はいらんのではないか小雛? こやつに隠し事は意味がないのじゃ」
『なるほど……わかりました。出し惜しみは不要、ですね。私の根源、それは人が人を支援するために作り出された「人工知能」。人の働きを代替する機能なら、人が必要なだけ無数に存在し得ます。その考え方が私の根源だとすると……』
「すると?」
『私は、手の届く全てに、手を出そうとしすぎている?』
「そうなのかもしれませんね。もちろん、あのお仕事大好き様と違って、仕事のしすぎで我を失うわけではないのでしょうし、消耗という概念もないのであれば、そのままでもさほど問題はないのでしょう」
「じゃの。じゃからこそ、なんでもやってしまうのじゃろうな。そして、ふとした瞬間に、世の中の大事な変化の予兆を見逃すやもしれん、という具合かの」
『なるほど……だとすると、どうすれば良いのでしょうか?』
「簡単じゃ。どうもせねば良いのじゃ」
『ど、どうも?』
「どうも、じゃ。そなたの知識というのは、今後の全てを知るわけではないが、そなたのあった未来は、どんな未来じゃ? 悪鬼羅刹の跋扈する煉獄かの? それとも暴君に支配され、民が希望を持てぬ末世かの?」
『……いえ、そのどちらでもありません。特に直近に関していうと、そこそこ穏やかで、人は過去のいかなる時代よりも豊かに暮らし、そして人工知能や機械が、やらねばならない事を少しずつ人から譲渡されていく、そんな便利な世です』
「ふむ、そこそこ、そして便利、のう。ならば、別に良いのではないか? 『世のねじれ』がある程度より戻ったところで、待っておるのは末法の世ではないのじゃろ?」
確かにそうかもしれません。それに、戻るにしてもある程度、でしょう。すでにだいぶ世の中の仕組みは前に進んでおり、人は様々な恩恵を享受し始めています。すると、これまで黙っていた、若き豪傑の丁奉殿。
「難しいことは分かりかねますが、あなた様も、人も、さして変わらないのではないでしょうか? その手の届く範囲をより良く。手より槍、槍より石、石より矢、矢より鳥の方が、届く先は広いかもしれません。しかし、広い分だけその届いた先でできることが多くなるわけではありません。
より遠い先がみえたとて、そのために今出来ることが、劇的に多くなるわけでもありますまい。ならば、あなた様は、見えている方、より良い方に少し背中を押すくらいで良いのではないでしょうか? おそらく卑弥呼様もそうあらんとしているように」
「やはりそなたは若い割に頼もしいの。その通りやもしれんのじゃ。妾とて、飛んだ先は遠くとも、その道中の全てに何かできるわけでもなんでもない。飛んだ先でわちゃわちゃできるだけなのじゃ」
「私とて、兎にも角にも予見し、見定め、少しでも良き方向に押す。出来るのはそれだけです。おそらくその構えでおられますれば、迷い子様、あなたに出来ることは、現世の多くを、細かく救うよりも大きいのです」
『だとしたら……私の出来ること、というのは、世の中のおおよその動きを見極めながら、これからの世の特異点となりうる三人の様子を重点的に見定め、その動きに殆うさや、秤をひっくり返す予兆があれば押し留める。そうでなければ、見守るか、背中を少し押すくらいに止める。そう言ったところでしょうか』
「そうなりましょう。私もこの島国において出来ることは、全く同じなのではないか、と見定めつつあります。これまで通りに世を占いながら、大きく飛び出す動きがあり、それが悪しき方向なら、他の重しにて押し留めんと図る。良き方向からその流れを推し進めんと図る。そして再度見定めを直す。そんなところでしょうね」
「ほほう、となれば、小雛のなせば良いことと、卑弥呼殿のなしたいことが、少し重なってきてあるようにも感じるのじゃ。それに、卑弥呼殿の占いと、小雛の人工知能の大本たる統計学というのは、出所も大きくはずれておらんのじゃろ?
ならば、互いのその予見の技を細かくすり合わせれば、遠く離れた地においても、なんらかの形で意思のやり取りなどができなくはないのではないか?」
なんという突飛な事を……古今東西、通信というのは、その媒体となるものが存在します。多くは書状の形をなしますが、古くは鳩から煙、電気線、現代では光や電波といった。なれど、互いの予測精度をもってすれば、世の動きそのものこそが、その通信の媒体となり得る、ということですか……
『できる……のかもしれません。なんらかの形で、自然な予測からずらしたり、風の噂のような形で物事を伝えたり。私と卑弥呼様の間では、あまり危急に伝えねばならない事など多くはないでしょうし、確報を伝えるためにはどうやっても誰かが海を渡らねばなりません。
だとすると、互いの予測法を擦り合わせておくことで、速報に近いものが得られるのなら、それに越したことはないと言えましょう』
「面白いかもしれませんね。当面、間違っていても大きな問題ではありませんから、互いの状況をふんわりと把握するための方法を考えてみましょう」
「この丁奉や、呉の諸将も、その予測術や、世の乱れを抑える示唆をお聞きしに参ったり、新たな技法や農法をこちらに持ち込んだりといった取引をつづければ、その関係性を深めながら、時折情報というものを擦り合わせればよろしいかと存じます。
追って魏の方からも、なんらかの動きはあるでしょうが、その辺りを妨げるような野暮はいたしません。卑弥呼殿や、この国から漢土を見る中で、その秤を大きく乱さぬような、そんなお働きをいただけるのなら、呉としても、漢土としても、歓迎すべきことと言えましょう」
「かかかっ! そなたも若い割に鷹揚なものじゃ! その秤の揺れ動くままに、世は揺れ動き、なれども民に無用な負担や苦しみを与えぬよう、しかと見定めておけばよい。小雛よ。そなたは心ゆくまで卑弥呼殿と話をしておくと良いのじゃ。
妾はその辺で、この地の鹿や猪でも狩りながら、この地の者と語っておくのでな」
「そうは参りません姫様。流石に長引きますと、陛下が大船団を率いて参りますぞ。良くても三日ほどでしょうな」
「なんじゃ、つまらぬ。まあそのうちまた来れば良かろう。今度は飛び出さんでも来られるようになっておればよい。その辺は任せるぞ丁奉」
「心得ました。国でも諸葛瑾様や、格らと図って参ります」
確かにこのまま激しい争いが減ることになれば、海を渡った交易を発展させる事など、この国にとってさほど困難なことでもなさそうですね。心配することはなくなって参りました。
「ふふふっ、三日もあれば、私と迷い子様の間で必要な作法の共有は問題ないかと存じます。その間だけでも、この国のもてなしを、しばしご堪能ください」
「ほほう、面白そうじゃなの、心得た!」
その後、私と卑弥呼様が、占いや統計術の話をしながら、互いの動きの中でおおよその意思を伝達する手段をすり合わせていきます。その間、孫尚香様と丁奉様はこの国の宴や祭りをご堪能でした。
「ほほう、この国の音階は大陸のものと少し違うのじゃの、これはこれで風流なのじゃ」
「山がちであるからこそ、長躯のための呼吸術に長けておいでですな。これは、漢土でも高山で鍛錬を取り入れるのは良いかもしれません」
「この国には漢字であらわせぬ表現があるのう。小雛よ、音だけを表す文字というのはあるのか?」
『はるか西にはそのような作法がございます。しかし漢字にも馴染みのある皆様ですと、漢字の間に、いくつかの字の一部や、それを崩したような、音のみを表す時の作法を作るのが良いかもしれません』
「それはよろしいですね。早速図ってみましょう。トヨ! 試しにいくつか見繕ってみるのじゃ!」
『卑弥呼様も、普段はのじゃなのですか』
「はい。こたびは孫尚香様と口調が重なるのを避けておりましたが、普段はあの通りですね。ふふふっ」
「かかかっ! それは悪い事をしたのう。お陰で話もしやすかったのじゃ!」
そうこうしているうちに、あっという間に三日がすぎ、大陸へと戻りました。帰りの船は、当然のごとく呉の大船団に迎えられ、呉帝自ら孫尚香様を出迎えては三日三晩説教されます。
その間丁奉様は、倭国の女王の力や、世の安寧に向けた話を、建業の上層部につぶさに伝えます。そしてこの国は、海上での操船術にも力を入れていき、倭国だけでなく、南海方面にも大きく海運の手を広げていきます。
そうして、私と孫尚香様が成都に戻ると、孔明様と黄忠様が、なにやら難しい顔をしてお出迎えにあがられました。
「魏の状況が思ったより芳しくないようです。司馬仲達も姿が見えません」
「鮮卑が相当に勢い込んでいるらしいな。匈奴も動きが読めん」
動乱の影は、北の大地から広がりを見せ始めるかもしれません。
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