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四十二 美食 〜(荀攸+郝昭)×陸遜=千年?〜

 俺は呂蒙。都督の次席という扱いだが、大した自覚もなしに三国を手のひらで転がす師父、魯粛のような手腕もなければ、夏侯惇、趙雲のような武勇もねえ。だがまあ、戦場の勘と、学びから得た論理を合わせれば、人に出来ないこともできて来るだろう。そんな俺たちの国、呉の正義は、国を維持し、漢土の穀倉を満たすことだ。

 そのための十年、百年、千年の計ってのを、全て同時進行で進めていくなんていう、とんでもねえ若者が育って来た。その名は陸遜。こいつはおそらくは先代周瑜殿か、あっちの孔明なんかにも匹敵する力がありそうだが、本人は未熟未熟とうるせえ限り。


 鍋をたらふく食べ、片付けも終わった後。



「それでは、飯もしっかりご馳走になったし、荀攸を連れて来るという任も果たした。妾は建業に向かい、兄上や諸葛瑾らに顔を出して来るのじゃ。

 陸遜や。そなたが自信を未熟と評するは自由じゃ。そしてその心情が、未知への探求と、不断なる努力を生む原動力になることもわかっておる。ならばそなたは一生涯、全力で未熟たるが良い。

 じゃが、過度なる謙譲は、時にいさかいを招く。ゆえにその言を多用するは、気心知れた間でのみとせよ。時には自信を持った言い切りが必要になるのじゃ。その判断は、そなたならもうできるはずじゃ」


「承りました。この陸遜、終生未熟にて、大任をば果たす所存です」


「かかかっ、よう言うたのじゃ。ではの! 魯粛と荀攸殿は、水と食に気をつけるのじゃ! 呂蒙はたまに張遼あたりに絡みにいくと良いのかもしれんぞ! また会おうぞ!」


 その赤き矢は嵐を身にまとうかのごとく、来た時と同じように去って行かれた。残るわれわれは呆れつつ、話を進めたがっているのもいる、という塩梅。


「まさに矢のような。矢で済まぬ気もしますが、あいにく他の表現を待ち合わせておりませなんだ」


「時代が進めば、もっと強烈な兵器として現す語が出て来るかもしれませんな」


 特に先ほどから興味関心を隠せないのが、あちらで最も若い郝昭。若いと言っても結構な歳ではありそうだが。この男、あの張飛と黄忠を城で迎え撃ち、落城することなく耐えたのだとか。だとしたら特異的な才の持ち主。


「り、陸遜殿、先ほどの十年、百年、千年の計について、ご教示願えますでしょうか?」


「かしこまりました。拙い説明になるかもしれませんが、お付き合いいただければ。いずれの術も、私の未熟ゆえに、呉の国の古豪の皆様がそれはそれは丁寧にご教示いただいた手法群。それに対して、一度孫尚香様やあちらの孔明様のご厚意で、一部ですが閲覧が叶いました『鳳雛の残滓』なる叡智の書庫の情報を整理し、再構成したものです」


「こいつこう言ってるけどな、『未熟者ゆえ、そこの部分を詳しく教えてください』なんて言いながら、曖昧なところを次々にえぐってきやがるんだ。そうするとその道の専門家だって、答えに手を抜くなんてできねえから、やたらと議論が精緻になっていくんだよ。

 こいつの上手いところは、その聞き方を大人数の前では決してしねえところだ。もしそれをやったら知恵比べか、嫌がらせにしかなんねえ。一対一か、いても俺や、現場役の若い武官文官だけの時に、純粋に知識を深めたい時だけその聴き方をするんだよ」


「未熟なのは私と若手のみにて」



 郝昭が面白がる。荀攸や于禁も、だれかしら思い当たる者がいるのか笑っている。


「なるほど、時に質問というのは口撃になりますからな。そのような負荷の与え合いは、何の効果も生み出さぬ、というわけですか」


 そのようなやり取りをしつつ、直近で陸遜が質問責めにしていた二人のことを、俺は思い出していた。



――――


「おう、阿蒙か。そしてこいつは、最近そなたのもとで頭角を表しつつあるっていう、陸遜とやらか。どうした? なんか聞きたいことがあるのか? わしもこやつも、すでに実務からは少し遠ざかっておるからな。茶飲み話程度なら、手は空いておるぞ」


「ありがとうございます。張昭様、程普様。陸遜と申します。お二人が共にお時間のあるときにお話ができたのはまことに僥倖。私はこの先の呉の国の農政を如何にすべきかを推し進める役をいただきましたが。

 未熟者ゆえ、全体の計画と、現場の式というところにどう整合を取っていくのか、お二方のご教示を頂けたらと思っております。特に荊州、今回は荊南の開墾、治水に関してお伺いしたく存じます」


「なるほどな。確かにその規模だと、全体の計画を立ててからではないと、野放図に進めてしまえば必ず齟齬が出るのう。我らも何だか痛い目を見ておるからな。のう程普よ」


「ああ、そうだな。江東でも、それぞれの街や村の周りだけで考えていたら、水の流れで矛盾がでたり、取れ高の試算が複雑になったりで、結局全体をやり直すことさえあったんだよ」



「それは大変ですね。未熟な私であるがゆえに、皆様と同じ過ちをすれば、なぜ先達にしかと聞かなかったのだと、大いに叱責を受けましょう。それでは、先に全体の計画を立ててから、ここの街区のことを考えていけば良いのでしょうか?」


「否。そうではないのじゃ。規模が大きくなると、一年では終わらぬ。そうすると、毎年どうやって取れ高に不公平が出ぬようにするか、という事を、現場の人手や開発の進み具合から判断して計画を立てねばならん。

 中央集権に近いといえども、今はいつ何が起こるか分からん戦乱の世。どこでどれくらい取れるのか、にも常に気を配らねば、民が安心して農作業が出来んのじゃ」


「外敵や、災害対策への備えも重要だ。中央からの道がどのように繋がっているか。必要物資の調達網と、作物の輸送網をどう整備した上で、外敵が来た時に速やかに部隊を展開できる状況を作らねばならん。その調達網の作り方は歩騭に、部隊の展開を踏まえた土木事業に関しては、父の朱治からおおよそ聞いている朱然にも聞いておくといい」


 誰に聞くといい、というのは、必ずしも責任転嫁ではない。逆だ。その分野に詳しい者、実担当が誰なのか、ということは、時にはその進め方や技術の要諦を上回る重要性をもつ。それは、実際に物事を進めていく上で、より正しい相手に、依頼や承認をえるためでもある。


「歩騭様、朱然様ですね。承知いたしました。

 それでは、こちらはより先々の話となるのですが、今のうちにご意見を伺いたく存じます。

 私はまだ書籍知識しかございませんので、このようなことがまことにできるかが不安なのですが。これから、より強き米、より多く取れる米、そして、より美味なる米、というものを使っていくために、品種の掛け合わせを繰り返したく存じます」


「ほほう、それはこれまでは何となく片手間に行って来たことだが、国の策としてしっかりと進めていけば、必ず成果が見込めるのう。逆に、限られた土地や環境では、その成果に対する目が曇ってしまうゆえ、その正しさはしかと評価せねばなるまい」


「ああ。多くのものが片手間にやっている知識を集めても、なかなか進まないだろうな。だとすると、江東と荊州、南北に版図が広がった今こそ、国策として丁寧に進めていくのがよいだろう。それはまさに、開墾や治水という十年の計にはとどまらぬ、百年の計になるぞ」


「それだけではなかろう。陸遜よ、そなた最後に妙なのを付け加えたな」


「む、それは、より美味しく、でございますか? 私もですが、呂蒙様も、食へのこだわりが強く、少々欲をかいてしまいましたか。これは失礼を」


「否! それこそがこの呉国の要諦、そしてそれこそが千年の計なのじゃ! より強く、より多く取るというのはの、人が皆腹を満たせるようになればそこで終わる。もしそれが過剰になると、今度は作物の価値が下がって来てな、それはそれで民が苦しむ可能性すらでてくるのよ。

 だからこそ、その最後の美味しく、というのが最大の、そして永劫なる計となりうるのよ。そこに終わりはない。どこまでも美味しくなる。ならばそれを追い求めれば、民は農業の価値を高く保ちながら、人の腹を満たすことが、未来永劫できることになるのだ。これこそが『千年の計』たる『食文化』なり。しかと心得よ」


 陸遜も、この呂蒙も、自らの食いしん坊、美食が、千年の計に通ずることを思い知らされ、驚きと歓喜を隠せない。そしてこの『食文化』たる千年の計が、それこそ国の形を変えようとも、この江東江南の地の礎とならんことを、皆で願い続けることとした。



――――


「十年の計を聞いていたら、千年の計まで聞いてしまいましたな」


「まあ個別の名前は、あまりに有名なあの二人以外は伏せさせてもらったがな。そのあたりは、そちらの鉄面皮殿のこともあるゆえ、ちと考えどころだったから許せ」


「こちらこそ、それは重々承知にて」


「さて、では順番が逆になったが、百年の計だな。さっきもちらっと出て来たが、品種改良、と、それに必要な大規模試験、実験計画と分析というのが主要技術になるんだよ」


「品種改良、はわかりました。ですが実験計画、というのは初耳かもしれません」


「ああ、これはさすがに戦場でできる奴がいたら、いろんな意味でバケモンだ。多分いないとおもうがな。

 農法のように長い時間をかける必要がある時、少なくとも結果に一年かかる時は、ちゃんとその結果が使える形になるかどうか、それを見極めないといけないだろ?」


「しかしそこは私の未熟にとどまらず、この国の叡智を全て結集しても、答えには辿り着けませなんだ。そこで私たちは、たまたま襄陽に里帰りしていた、と鄧艾という変わった名前の若者から聞いたのです。蜀漢には、龐統様が古今東西の知識を結集し、あらゆる仕事を効率的に行うための叡智が結集された、『鳳雛の書庫』なるものが存在する、と。

 そこで私は単身成都を訪れ、農法と品種改良に関する知識、という限定という形で、孔明様や劉備様に頼み込んで、その内容を閲覧させていただきました。その際に追加で文官負けの仕事術や速読術、防諜術などもご教示いただけましたが。知識の大盤振る舞いでございましたが、あの国の知識はそれでもまだ一部でしかなかったようにお見受けしました」




 陸遜がその内容を話そうとすると、突然、衛兵が入って来る。


「都督様、あ! 荀攸様もこちらでしたか。許昌から魏の急使が来ております。使者は曹仁殿と程昱殿、護衛の許褚殿」


「何!? 程昱ですと? 国外に出て来たら、賈詡の次くらいにまずい謀臣ではありませんか。だからこその許褚ですか。許褚とて、帝をまもる近衛の長。荀攸殿。これは如何に?」


「間違いなく、国家を揺るがす一大事かと。直ちにお呼びして、お話を聞いてはいただけますか?」


「あいわかった。火急ならばここでよい。呼んでくれ」


「ははっ!」




「荀攸殿もおられましたか。曹仁です。この度は火急にて、それを示すためといえど、かようななりふり構わぬ面子にて失礼致します」


「火急度合いは重々分かりました。ですが、いかなる要件で? 匈奴ですか?」


「いえ、であれば私や許褚がこちらには来れません。それこそ皇弟のどちらかが単身向かいましょう。

 今回は大飢饉の予兆です。蝗害で麦が全く実る見込みなし。この前では多数の餓死者を出しましょう。そこで呉国にもし余裕があれば、と駆け込みました次第。言い値で買います故、伏してご支援お願いもう仕上げる」


「うむ。民の命ならば是非もない。こちらにはだいぶ余剰がある故、手配する。呂蒙、いけるな?」


「ああ、任せろ」


 ここで、陸遜が手を挙げる。


「都督様、呂蒙様。ここは私に、魏国へ向かわせていただけないでしょうか? 今年は凌げても、おそらく何年もこのままでは、いずれそれこそ魏が匈奴や鮮卑に押し込まれ、漢土全体が脅威に晒されましょう」


「むむむ……それもそうだが」


「なに、道中で郝昭様に、品種改良と実験計画の要諦をお伝えし、あちらに然るべき方を見つけてお伝えすれば、私は次の春前には戻ってこられましょう。すでに今年分の荊州の手配は済ませておりますゆえ、何卒」


「……あいわかった。許褚殿、程昱殿。頼めますか? 彼は呉の至宝。一筋でも傷あらば、呉国は魏の民の苦しみなど顧みることなく、全兵全智をかけて、北伐を敢行いたします」


「あいわかった。この陸遜の身、魏帝と同列とし、しかとお守り致す」


「感謝する。では陸遜よ、しかと魏の国にも、我らが千年の計、知らしめて参るのだ! 未熟などともうしている場合ではないぞ。そなたこそが呉の名代と心得よ!」


「承りました。己が未熟を封印し、この国の代表として、全身全霊で勤め上げて参ります!」

 お読みいただきありがとうございます。


 素人質問というのはいろんな意味の枕詞ですね。

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